社員旅行とわたし
岩下鈴:社会人1年目のOL。面倒見がよく思いやりがあり、真面目な性格。田舎を飛び出して都会に上京してきた。過去の輝かしい栄光に苦しめられている。
月岡昴:中途採用されてきた新入社員。イケメンで高身長だが、不器用で仕事ができない。寡黙でシャイだが、誠実で優しい性格。とある過去の記憶を抱えている。
山田真衣:鈴の勤め先にいるとても美人な先輩。勤務歴は10年目。基本的には優しいが、ライバルには絶対に勝ちたいという競争心を隠している。上司のお気に入りになることが得意。
川口晴美:鈴の親友。子供の頃からの夢だった教師になり、新任として奮闘している。気配りができて人に寄り添う優しい性格。仕事で悩みを抱えている。
岩下登紀子:鈴の母親。真面目で家族想い。保育士として働いている。
岩下茂雄:鈴の父親。お茶目で楽観的な性格。消防士として働いている。
「みなさーん!夏といえば、毎年恒例の社員旅行ですよね。今年はなんと!北海道にあるオーシャンビューのホテルに泊まることが決定しましたー!!!」
山田先輩の言葉にその場にいた社員みんなは一斉に歓声を上げた。私がちらっと月岡くんを見ると、彼は状況を理解できていないのかキョトンとしている。
「急なんだけど、2週間後には行きますので各自準備しておいてくださいね。お金はお土産代とか食事代だけで大丈夫って佐藤係長が言ってましたよ!会社の売り上げが上がったおかげみたい。」
ハイテンションの山田先輩はスキップをしながら私の席の近くに来た。
「2週間後!?そんなにすぐなんですね。」
私が先輩に呟くと、彼女はスマホを見ながら「北海道、めっちゃ晴れるし涼しいんだって!」と大はしゃぎしている。するとその時、「岩下さん。」と名前を呼ばれた。私が横を向くと、そこには綺麗な瞳をキュルキュルさせてこっちを見ている人がいた。
「うわあ!…あ、どうしたの?月岡くん。」
「すみません、驚かせてしまって。あの…社員旅行って強制的に行かないといけないんですか?」
彼の言葉に山田先輩が目を丸くする。
「待って、月岡くん。社員旅行…行きたくない感じ?」
月岡くんは慌てて首を横に振った。
「そういう訳じゃないんですけど…ちょっと気になって聞いてみただけです。ありがとうございます。」
彼がそそくさとその場を去ったので、私と先輩は顔を見合わせて首を傾げた。彼は一体何を考えているのだろうか。もしかして本当はあんまり乗り気じゃないけど、それを正直には伝えられなくて遠回しに当日ドタキャンする可能性を匂わせている…とか?私は頭の中で色々なことを考えてしまう。
私は残業で彼と2人きりになった時にも、さりげなく探りを入れてみることにした。
「ねえ、月岡くんってよく旅行行くの?」
彼は頭を掻きながら、しばらく黙り込んだ。
「うーん…あんまり行かないですね。本当は行きたいんですけど、お金がなくて行けないんです。」
「そうなんだ。どこか行ってみたい場所とかあるの?」
私が続けて質問すると、彼は目を輝かせて言った。
「イギリスです。ミドルミスト・レッドカメリアというお花を見てみたくて。」
「ミドルミス…?綺麗なお花なの?」
「はい。世界で最も希少なお花だと言われているんです。赤い椿なんですよ。」
「へえ、詳しい!やっぱり植物好きなんだね。話している時の表情がいつもと全然違うもの。」
微笑む私に月岡くんは真剣な眼差しを向けた。
「岩下さんって、ミドルミスト・レッドカメリアみたいですね。」
「え?」
私が首を傾げると、彼は笑って目を細めた。
「何でもないです。でも、嘘じゃなくて本当のことですよ。」
珍しく、私の頭の上にクエスチョンマークが浮かび上がった。彼の言葉でますます理解できなくなる。
「ちょっとそれどういうこと…?」
「あ、僕そろそろ帰らないとなので。お先に失礼します。」
月岡くんはまるで2倍速しているかのような素早い動きで帰りの準備をした。彼は一礼して、あっという間にオフィスを出て行ってしまった。
「ついに来ました、北海道~!みんな、盛り上がっていきましょう!」
山田先輩は相変わらずのハイテンション。2週間が経ち、ついに社員旅行の日がやってきた。私の予想とは裏腹に月岡くんはしっかり参加している。もっと言えば、彼の表情はいつもより明るく楽しそうだった。
「夕方にホテル着けばいいから、みんな自由に観光して来て下さいね。」
「あの…社員全員で観光しに行くんじゃないんですか?」
月岡くんが目をパチクリすると、ドッと笑いが起きた。
「月岡くん。ちゃんと私の話聞いてなかったでしょ?私たちの会社の社員旅行は自由に観光だって、先週も話したはずよ。仕事は少しできるようになってきてるけど、人の話もちゃんと聞くようにしなさい。」
山田先輩の言葉に「はい、すみません。」と月岡くんが謝ると、またまた社員みんなに笑いが起こった。私がじっと彼を見つめていると、彼もこちらを向いてきた。彼の綺麗な瞳に吸い込まれて行きそうで、私は胸の高鳴りが抑えきれない。
「じゃあ、鈴ちゃんに月岡くん!私と一緒に色々回っちゃおうよ!」
「え!?…あ、了解です。」
私と月岡くんが動揺しているのも気にせず、山田先輩は私たちの腕を引っ張った。
「うわー!見て見て、お花畑だ!360度どこを見ても綺麗だわ~!」
「わあ!めっちゃ美味しそうな海鮮ばっかり!さすが北海道!」
「ラーメン屋さん、いっぱいあって迷うなぁ~!どこがいいかな?全部食べちゃう?」
白い恋人パークに、札幌中央卸売市場、ラーメン横丁…。とにかく山田先輩に連れられるがままに私たちは観光を楽しんだ。最初は先輩のテンションに全く付いていけなかったが、いつの間にか私も楽しんで興奮状態になっていた。月岡くんはグルメが楽しみだったようで、美味しいものを食べる度に子供みたいな嬉しそうな表情を見せた。
「月岡くん、可愛いね。本当に可愛い。」
ラーメンを食べてから居酒屋に入ると、山田先輩が真昼間からお酒を飲み始めている。
「先輩、飲みすぎないでくださいよ。デジャブになっちゃいますからね?」
私が心配そうな顔をすると、彼女は頬を赤くしながら微笑んだ。
「大丈夫よ、鈴ちゃん。同じ失敗は繰り返さないわ。月岡くんみたいなイケメンがいるのに、酔っぱらうなんてみっともないじゃない。」
「いえ、前も月岡くんいましたからね?」
私が欠かさずツッコむと、月岡くんが静かに笑った。
「もしかして前回、僕じゃない人が見えてたんじゃないですかね。」
「…どういうこと?」
首を傾げると、彼はまただし巻き卵を頬張った。
「だって…あっち…イケメンって言ったから…。」
だし巻き卵がかなり熱かったようで、彼は慌ててお冷を飲む。私はその様子に思わず吹き出した。
「ちょっと月岡くん。もう何歳なの?大丈夫?口の中やけどしたんじゃない?」
私がお冷をさらに注ぐと、彼はお礼を言いながらもう一杯飲んだ。
「22歳です。同じです、岩下さんと。」
「それは私も分かってます。」
「本当に2人とも、兄弟みたいねえ!いいね、いいねえ~!」
真ん中で飲んでいる山田先輩が私たちの肩をぐっと引き寄せる。
「先輩…もう酔ってるじゃないですか…。」
私が苦笑すると、月岡くんはなぜか嬉しそうな表情をした。私が彼に目線を送っていると、彼は慌ててだし巻き卵を頬張った。
「ああ!!!また食べた!さっき熱いって分かったのに!」
「あっつ!!!熱い、熱い熱い…!」
月岡くんが口をはふはふしながら涙目になる。苦しそうにしている彼の顔にもやっぱり可愛げがあり、胸の鼓動がまた高まってしまう。
「もう…何歳なのほんとに…。」
私は我に返ってコップを用意し、お冷を注ぐのだった。
すっかりホテルに向かわなくてはいけない時間になった。案の定、酔っ払った山田先輩の介抱をしないといけない羽目になり、私と月岡くんは電車に乗り込んだ。山田先輩は席に座って、あっという間に眠りに就いてしまった。また私と月岡くんは2人きりである。私が彼の横顔を眺めていると、彼がこちらを見て微笑んだ。
「岩下さん…今日もお疲れ様です。」
「あ…ありがとう。月岡くんこそお疲れ様。また先輩酔っぱらっちゃったな。もうこれからはお酒飲ませない方が良さそうだね。」
私が眉毛を八の字にすると、彼はスヤスヤ寝ている先輩を見て苦笑いした。
「なんか…前に話を聞いて、山田先輩も大変なんだなって感じました。」
「話…?先輩、何か言ってたっけ?」
キョトンとしている私に月岡くんは話を続けてくれた。
「チアリーダーの部長だったとか、ミスキャンパスに選ばれたとか。」
「あ、その話ね。耳がタコができるくらい聞いてる気がする。でも、それって大変というより凄かったことなんじゃないの?」
「もちろん凄いことなんですけど…先輩は1番にこだわっているんだろうなって思ったんです。」
私は山田先輩の寝顔を見ながら、とある過去の記憶を思い出した。
「あ!そういえば、山田先輩にこう言われたことがあった。私はいつも1番になりたいんだって。何に関しても絶対誰にも負けたくないって。私が会社に入って半年くらいの時に言われたの。すごく負けず嫌いなんだって思ったんだけど。」
「やっぱり…そうなんですね。」
月岡くんは納得したように頷いて、車窓から景色を眺めた。
「岩下さん。1番じゃなくなったら、山田先輩はどうなっちゃうと思いますか?」
「…え?」
私は彼の横顔を見る。でも、彼はずっと景色を眺めたまま私の方を向かなかった。私の答えをいつまでも待ってくれるようなそんな優しい表情をしている。
「うーん、きっと山田先輩は…。」
私は自分で自分の考えを言うのになかなか声に出して言えない。なぜか自分の胸が縛られて苦しくなってくる。
「先輩は…その…。」
その瞬間、私の手に月岡くんの手が重なった。驚きのあまり、私は唖然として彼を見つめる。彼の透き通った美しい瞳が私を励ましてくれているようなそんな気がした。
「山田先輩はきっと、自分を自分だって思えなくなっちゃうと思う。」
私がようやく声に出して言うと、彼は我に返ったように手を放した。
「す…すみません。急に手を…。」
「いや、いやいやそれは全然大丈夫なんだけど…。」
自分の体温が一気に急上昇するのを感じてしまう。彼の手の温もりがまだ私の手の甲に残っている。気まずい空気になってしまい、私は慌てて口を開いた。
「あ、あの、次の駅で降りないとだね!みんなのこと待たせちゃったら大変だから。」
「そうですね。ずっと乗ってるところでした。」
彼の言葉に私は思わず吹き出した。
「ずっと乗ってる!?それはやばいって。月岡くん、本当に危なっかしいな。」
「なんか今、電車を降りるっていう発想が頭になかったんですよね…。」
自分で言いながら笑いが堪えられていない。私もつられて笑ってしまったが、すぐに立ち上がり降りる準備を始める。山田先輩にも声をかけると、彼女は寝ぼけながらも何とか立ち上がって電車を降りることができた。
「あれ?私、いつの間にここに…?」
先輩はあの日と同様キョトンとしている。私と月岡くんは目を覚ました彼女に微笑みかけた。
「もう、山田先輩。また同じ失敗繰り返してるじゃないですか。酔っぱらって寝ちゃってましたよ。」
私が言うと、先輩は申し訳なさそうに暗い表情をした。
「2人とも…また迷惑かけて…。」
「良いんですよ!」
月岡くんと私が同時に叫んだので、私たち3人はそれぞれの顔を見合わせる。すると先輩は「ふふ、なんでハモってるの?」と笑い出した。私は小さく咳払いをして、真剣な眼差しで彼女を見つめた。
「まあ、あんまり酔っぱらって欲しくはないですけど。でも、私たちには迷惑はかけても良いってことは伝えておきます。」
「鈴ちゃん…。」
山田先輩の目に光るものが見えた。私が目を丸くすると、月岡くんが口を開いた。
「迷惑かけちゃう部分も、先輩の一部だってことです。」
「迷惑…だよね…。やっぱりめっちゃ迷惑だったよね、私。」
月岡くんが「そういうことじゃなくて…!」と慌てて訂正すると、先輩はいたずらっぽく笑った。
「冗談、冗談!2人とも、ありがとうね。そう言ってくれて。」
私たちがわちゃわちゃしている内に、ついにホテルに到着した。社員のみんなはもう既に待っていたので、私たちは急ぎ足でエントランスに向かった。
山田先輩はすぐに上司スイッチをオンにしたらしく、「今から部屋割り、メッセージで送りますね。」とみんなに声を掛けた。私たちは着信が来るやいなや、すぐに自分の部屋を確認する。
「それじゃあ、部屋の代表者がルームキーを取って下さい。あとは夜ご飯とカラオケでお会いしましょう!」
山田先輩はそう言うと、すぐに私の元に来た。私はちゃんとまだ自分の部屋を見れてなかったが、おそらく先輩と同じなのだろうと思っていた。
「鈴ちゃん。うちら3人でまた仲良くしようね。」
「はい、よろしく…って、え?さ…3人?」
私がキョトンとすると、「あの…。」と聞き覚えのある声がした。振り返ると、そこにはやっぱり月岡くんがいた。私は思わず「えー!?」と大きな声を出してしまう。
「僕もお二人と同じ部屋って…本当ですか?何かの間違いでは…?」
「ううん!間違いじゃなくて、むしろ大当たりなの!」
山田先輩がなぜか楽しそうに答えるのに、彼は「大当たり!」と目を輝かせた。
「だって、男性社員の人数が10人なのに3人部屋を3つで済ませるようにって言われちゃったんだもん。男性3人でも部屋がキツキツみたいなのに、4人だとちょっとって係長に言われてさ。仕方がないじゃない。」
「それは係長がおかしくないですか!?男性4人の方が絶対に良いですよ、女性2人と男性1人より…。」
私が眉間にしわを寄せると、先輩が「まあまあまあ。」と軽くなだめた。
「僕、お二人と一緒なのがすごく嬉しくて安心しました。ご一緒させていただくなんて、ありがとうございます。本当に大当たりだと思ってたんです。」
月岡くんの言葉に私は思わず発狂した。
「それを男性から言っちゃうのは、あんまりよろしくないって!!!」
「え…?なんでですか?」
頭にクエスチョンマークを浮かべている月岡くんの横で、「何を想像してるの、鈴ちゃん?」と首を傾げている山田先輩がいる。私が先輩を軽く睨むと、彼女はいたずらっぽい笑顔を作った。
いつの間にかエントランスには私たち3人しかいなくなっていた。私はしぶしぶ2人と同じ部屋であることを承諾し、ようやく部屋に向かった。
「部屋開けちゃうよ!?行くよ?行っちゃうわよ?心の準備は良い?」
山田先輩が扉の前で騒いでいるので、私は「はい、もう行っちゃってください。」と苦笑した。月岡くんはなぜか緊張しているような面持ちで先輩が扉を開けるのを見つめている。
「それでは参ります!オープン!」
先輩が勢いよく扉を開けると、そこには広い玄関があった。私たちは靴を脱いで中に入り、さらにドアを開けた。するとそこには…!窓一面に美しい海の景色が広がっていたのだ!
「うわあ~!」
3人で声を揃えて、私たちは大きくて広い窓に駆け寄った。
「やっぱりすごいな、オーシャンビュー!ファンタスティックだわ!」
山田先輩が悲鳴に近い声で叫ぶと、「ワンダフルだ…!」と月岡くんが小さな声で呟いた。
「なんで2人とも急に英語?」
私のツッコミをガン無視して、2人は海にうっとりしている。私は自分の荷物を開けて、荷物を整理し始めた。
「あ!鈴ちゃん、私もう温泉入ってきていい?」
山田先輩が驚きの発言をしたので、私は彼女を二度見してしまった。
「もう…!?夕飯前にお風呂に入るスタイルなんですか?」
「うん、そうなの。まずは綺麗にしてから食べに行きたくて。」
「そうなんですね。私は全然大丈夫ですよ。むしろ別に私の許可を取らなくても…。」
私が苦笑すると、彼女は「ありがとう、鈴ちゃん!」と顔を明るくした。彼女はすごいスピードでお風呂に入る身支度をして部屋を出て行ってしまった。
私はまた月岡くんと2人きりになってしまった。彼は海を眺めながら、ゆっくりと口を開いた。
「良かった…社員旅行参加して。」
「月岡くん、やっぱり最初は乗り気じゃなかったんでしょ?」
つかさず聞くと、彼は頭を掻いて申し訳なさそうに頷いた。
「実はそうだったんです…岩下さんと山田先輩以外の人と上手く話せる自信が全くなくて。僕がいたら気まずい雰囲気になっちゃうのではないかと…。」
「ええ!?そういうことだったの?イギリスに行きたくてお金を節約したいからじゃなかったんだ。」
すると、月岡くんは「イギリスはまだ行かないです。」と静かに笑った。
「だから部屋も私たちと一緒で安心したんだね。でも…他の社員さんとも話してた方が良いと思うけど…。」
「岩下さん、会社辞めちゃうんですか!?」
月岡くんが大きい目をさらに大きくする。私は慌ててかぶりを振った。
「違う違う!そうじゃないよ。そうじゃないんだけどさ、色々な人と話した方が視野も広がるし、何かあった時にもっと安心できるんじゃないかなって。」
「なるほど…確かにおっしゃる通りです。」
月岡くんが反省しているようなしょんぼりした声で言うので、私はすぐに口を開いた。
「まあ、そう言いながらもね、私だって山田先輩としかほとんど関わってないんだけど。」
「あ…やっぱり、岩下さんって本当にミドルミスト・レッドカメリアですね。」
「え?なんでまたそれ…?」
私が目を点にすると、彼は目を細めて思いっきり笑顔を作った。
「岩下さんはすごく謙虚だってことなんです。いつも気取らず、控えめな素晴らしさがあるってことです。」
彼の言葉に私の胸が一気に熱くなる。
「もしかしてそれって…花言葉?」
「そうです。ミドルミスト・レッドカメリアの花言葉です。」
月岡くんが嬉しそうに何度も頷いた。あどけない彼の表情に私の鼓動が思いっきり大きくなる。
「そういえば…電車の中で岩下さんに質問したことなんですけど…僕、実は岩下さんに伝えたかったんです。」
彼の言葉に私は我に返って「山田先輩についてのこと…?」と尋ねる。彼はこれにも大きく頷いて見せた。
「岩下さんにも自分自身のことを認めてほしいなって思ってて。それであえてあの質問をしたんです。答えるの困らせてしまいましたよね、すみませんでした。」
「自分自身のことを…認める?」
月岡くんはゆっくりと私に近づいてくる。私が彼を見上げると、彼ははっきりした声でこう言った。
「どんな岩下さんも、岩下さんなんですよ。それを忘れないでほしいなって僕は思ってます。」
その瞬間、私の心が温かい光に包まれたようなそんな感覚に陥った。私の全てが肯定されていくような不思議な気持ちが私の胸に一気に広がった。
「ごめんなさい…僕、上から目線でしたよね…。」
月岡くんがいつも通り丁寧なお辞儀をしたので、私は大きく首を振った。
「ううん、全然そんなことないよ。ありがとう、月岡くん。」
彼が頭を掻きながら笑う姿を見て、私の体温が一気に上がっていくのを感じる。
するとその時、部屋についている電話が鳴った。私はハッとしてすぐに受話器を取る。
「はい、岩下と申します。」
私はしばらく話を聞いて、「え!?」と大きな声を出してしまった。自分の顔がだんだん青ざめていくのを感じる。私が受話器を置くと、月岡くんが「どうしたんですか?」と心配そうに聞いてきた。私はゆっくりと彼の方を向いて、やっと思いで口を開いた。
「や…山田先輩が…山田先輩が…!」
「い、岩下さん!?大丈夫ですか!?」
私はそこまで言って力が抜けてしまった。頭の中が真っ白になり、もう何も考えることができなくなってしまった。
つづく
ご覧いただきありがとうございました!次回も乞うご期待!




