月岡くんとわたし(3)
岩下鈴:社会人1年目のOL。面倒見がよく思いやりがあり、真面目な性格。田舎を飛び出して都会に上京してきた。過去の輝かしい栄光に苦しめられている。
月岡昴:中途採用されてきた新入社員。イケメンで高身長だが、不器用で仕事ができない。寡黙でシャイだが、誠実で優しい性格。とある過去の記憶を抱えている。
山田真衣:鈴の勤め先にいるとても美人な先輩。勤務歴は10年目。基本的には優しいが、ライバルには絶対に勝ちたいという競争心を隠している。上司のお気に入りになることが得意。
川口晴美:鈴の親友。子供の頃からの夢だった教師になり、新任として奮闘している。気配りができて人に寄り添う優しい性格。仕事で悩みを抱えている。
岩下登紀子:鈴の母親。真面目で家族想い。保育士として働いている。
岩下茂雄:鈴の父親。お茶目で楽観的な性格。消防士として働いている。
「部活で頑張って活躍したのも…結局は、人のためじゃなくて自分のためだったんだよ。」
私は話していて自分の胸に大きなやけどを負っているのに気付いた。その傷を私は今、自覚し始めているのだ。
「何か活躍してないと、誰かに注目してもらっていないと、私は私じゃないみたいで仕方がなくて。それは今もずっと変わらない。だからすごく…今の自分が嫌いなの。」
「それは…どうしてですか?」
月岡くんが私の目をじっと見ながら尋ねた。彼の目は今までにないほど真剣な眼差しをしている。
「だって…だって、今の私は…昔みたいに輝いてない。平凡な人間なんだもん。」
「岩下さん。」
月岡くんは私の名前をはっきり呼んだ。私が首を傾げると、彼は私の頭に手を乗せた。
「平凡でも良いんですよ。」
キョトンとしている私に彼は話を続けた。
「そのままで十分なんです。過去を輝かしく感じているからこそ、今の状況にギャップがあるのかもしれません。でも、何者でなくても、岩下さんは岩下さんのままで良いんです。絶対に。」
「私の…まま?」
私の胸が少しずつ軽くなっていくようなそんな感覚だった。彼の言葉が私の傷に優しく寄り添ってくれている。彼は私の頭から手を離し、何かを思いついた表情をする。
「岩下さん。ちなみになんですけど、僕は輝いてますか?」
「…え?」
彼の意外な問いかけに私は戸惑ってしまった。少し考えてから、私は何度も頷いてみせた。
「すごく輝いてるよ、月岡くんは。一生懸命生きてるもん。仕事も頑張って覚えて、少しずつ出来るようになって、会社を辞めずに続けているし。素晴らしいと思う。」
「嬉しいです!ありがとうございます!」
月岡くんが声を弾ませたので、私は思わず吹き出してしまった。
「本当に素直だなぁ、月岡くんって。いつも真っ直ぐだよね。」
すると彼は頭を掻いて恥ずかしそうに呟いた。
「あの…今、岩下さんが言ってくれた言葉、僕も岩下さんに対して思ってることなんですよ。」
「私に対して?」
私が目を丸くすると、月岡くんは大きく頷いた。
「岩下さんも輝いているんです。自分に厳しく人に優しく、いつも丁寧に仕事と向き合って、周りにも気を遣って、一生懸命生きている方だと思います。僕は会った時から、岩下さんの優しさを感じたんですよ。」
彼はそこまで言うと、「覚えてます?僕が来た最初の日のこと。」と遠い目をした。私は月岡くんが初めてオフィスに来たあの日を思い出した。山田先輩や課長、係長に一気に話しかけられて困り顔をしていた彼の顔が鮮明に浮かび上がってきた。
「うん、覚えてる。歓迎されすぎてどう対応すればいいのか分からないって感じだったよね。」
「そうなんです。でもそうやって、あの時の僕の心を感じ取って下さったのは…岩下さんだけでした。」
月岡くんの言葉に私はハッとした。彼は微笑んで、くっきりとした二重の目を細める。
「岩下さんは、他の人の気持ちに寄り添える人なんです。こういう人はなかなかいません。すごいことです。だから僕…岩下さんには自分自身を認めてほしいし、受け止めてほしいんです。」
その瞬間、私の目に涙が込み上げてきた。視界がぼやけて月岡くんの顔が歪んで見える。
「岩下さんは今のままで素敵な人なんです。僕の言葉を信じてくれませんか?」
頬に涙が伝って、私はいつの間にか嗚咽を漏らしていた。彼は私の肩に手をかけてぎゅっと私を引き寄せ、手で涙を拭ってくれた。今まで押さえつけてきた感情が一気に溢れ出てくるのを感じた。
「良い自分も、悪い自分も、全部許してあげましょう。そしたらきっと大丈夫ですから、ね?」
月岡くんは全ての私を許してくれた。高校時代に色んな人に注目されていた岩下鈴も、社会人になって人並みに働いて生きている岩下鈴も、どちらの私も彼は優しく包み込んでいる。私は思った。きっと私は許しが欲しかったんだ、と。今の何の変哲もない自分自身を認めてほしかったんだ、と。
「月岡くん…。」
ようやく声を出せるようになった。彼は私の腕をゆっくりと擦って私の次の言葉を待ってくれる。
「ありがとう。本当に…本当にありがとね、私と出会ってくれて。」
視界がまだはっきりしていないが、月岡くんの端正な顔立ちが目の前にあるのを感じる。
「岩下さん…こちらこそです。」
月岡くんの声が震えているのに気付いた。私は彼の頬を両手で包み込んだ。冷たい雫の粒が私の指に触れる。
「大好きです。心の底から愛してます。」
彼のド直球で飾り気のない言葉に私は黙ってしまう。それでも、私はゆっくりと口を開いた。
「私も…私も愛してる。大好きだよ。」
月岡くんは私の両手を降ろして、優しく口付けした。私は彼の唇も温もりも全てを受け止める。
「それじゃあ、岩下さん。テレビ出演、するんですね?」
私から離れると彼は目を輝かせた。私は少し考えて、それから小さく頷いた。彼はベンチから立ち上がって両手を勢いよく空に突き上げる。
「わあ~嬉しいな!岩下さんがテレビに映るなんて!最高ですね。」
「ちょっと、なんで私より喜んでんの。子供みたいに騒ぎすぎだよ。」
私が呆れた顔をすると、月岡くんは突然吹き出した。
「岩下さん、きっと緊張して顔が強張っちゃうんだろうなって思ってました。」
「ねえ。それ、馬鹿にしてるでしょ?」
「いやいや、違いますよ!岩下さんだったらそうなるかなっていう想像で。」
「うわ~ひどいなぁ。ちゃんと爽やかにやってみせるからね!もう帰るよ。」
私たちは夜の小さな公園を抜け出して、駅に向かった。今日感じた夏の終わりの夜の香りを、私はずっと覚えておきたい。そう思っていた。
いよいよテレビ番組に出演する日がやってきた。私の両親もテレビ局の見学をしたいという理由で、同行できることになった。必死に拒んだが、両親の圧の強さに負け、私は母と父とテレビ局に到着したところだ。
「すごいわね、これがテレビ局!お母さんの方が緊張してきたわ。」
「大丈夫だ!鈴なら完璧にやってこなせるさ!頑張れよ、鈴。」
2人が盛り上がっているのを横目で見ながら、私は受付を済ませて担当者を待っていた。裏口から入った建物のエントランスはとても広いスペースで、ここがスタジオでもおかしくない程に感じる。
「すみません、お待たせしました。岩下鈴さん…それに、鈴さんのご両親も。私は大宮と申します。よろしくお願いいたします。」
小柄で美人な女性が駆け足でやってきた。私と両親は丁寧にお辞儀をし、挨拶をした。大宮さんは私たちを『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉の奥に案内する。そこは楽屋のような部屋だった。
「こちらに座っていただいて大丈夫ですよ。」
大宮さんが椅子を3つ並べてくれた。私たちはお礼を言って、腰を掛ける。私の心臓の鼓動が少しずつ速くなっていくのを感じる。
「早速打ち合わせを始めさせて頂きます。台本に書いてある通りの流れなので、ご安心頂ければと思います。この椅子に座ってて頂ければ、くるっと回転するようになっているので真正面を向いたら立ち上がって頂くようにお願いします。」
「はい、分かりました。」
私は急いで台本にメモを取った。いつも騒がしい両親も今は真剣な表情で私と大宮さんの打ち合わせを見守っている。緊張感のある雰囲気である。
「あと1時間ほどで生出演なので、ヘアセットとメイクアップをして頂きますね。鈴さんはこちらにいらしてください。ご両親はどうぞゆっくりされててください。そちらに置いてあるお菓子なんですが、食べて頂いて全然大丈夫ですよ。」
「あ…私たちも少しばかりですが、菓子折りを持ってきましたので、こちらに置いておきますね。」
母が大きな紙袋を見せると、大宮さんは眉を八の字にして「お気遣いいただきありがとうございます。ありがたく頂戴します。」と何度もお辞儀をした。私は両親が菓子折りを用意してくれていると知らなかった。思わず目を丸くして両親を見ると、2人ともドヤ顔をしてみせた。
「それでは、鈴さん。こちらへどうぞ。」
「はい、ありがとうございます…。」
私は笑いをこらえながら何とか大宮さんに付いて行った。違う部屋に入ると、そこには長髪でこれまた美人でベテラン感のある女性が鏡の前に立っていた。
「初めまして。私はメイクアップとヘアセット担当の小野寺と申します。まあ、とても可愛いじゃない!」
小野寺さんは距離感が近い人で私の顔を凝視した。私が対応に困っていると、「それでは、また後ほど。」と大宮さんが早足で去っていった。彼女も小野寺さんのテンションに付いていくのが苦手なのかもしれない。
「さーてさて!鈴ちゃんに似合うとっておきの魔法をかけてあげるわね!」
「ま…魔法?」
私が苦笑すると、彼女はウインクした。
「メイクっていう魔法よ!私の手にかかれば、誰でも10倍は可愛くなるのよ。鈴ちゃんも期待しててね。」
「あ…ああ、メイクのことですね。ありがとう…ございます。」
鏡に映る私の顔が引きつっていたので、私は慌ててニコッと微笑んだ。
「じゃあ早速取り掛かっちゃいまーす!行きまっせ~!」
彼女は鼻歌を歌いながら私の顔にメイクをし始める。私は彼女の指示に従って目を閉じたり目線を上に向けたりするだけだ。15分程して小野寺さんは大きな拍手を送ってきた。
「はい、完璧!スーパー可愛い!」
私は鏡に映る自分を見て思わず目を疑った。いつもナチュラルメイクしかしないものだから、自分がまるで芸能人になったようなそんな感覚だった。私がポカーンとしていると、彼女は満足げに頷いた。
「よし!メイクはバッチリね。それじゃあ、新しい魔法をかけてあげるわ!」
「ありがとうございます。新しい…魔法ですか?」
私が小野寺さんをちらっと見ると、彼女はキリっとした表情で言った。
「ヘアセットっていう魔法よ!」
「やっぱりそう来たか…。」
心の声が漏れてしまった。小野寺さんには全く聞こえておらず、彼女はヘアアイロンを片手に笑顔を作った。
「鈴ちゃんはきっと、ストレートよりカールの方が似合うの。だから今日は特別に、カールの魔法にしちゃおっと!うわ~絶対に可愛い!120%保証する!」
小野寺さんは私の髪の毛に触れて、優しくヘアアイロンを当てた。
「鈴ちゃん、恋してる?」
突然話題を振ってきて、私は危なく首を動かしそうになる。
「え…?あ、まあ…その、そうですね。」
「やっぱりね~!恋してる女の瞳って感じがするのよ。」
「どんな…感じですか?」
私が鏡の向こうの小野寺さんに尋ねると、彼女はいたずらっぽく笑った。
「真っ直ぐで、自信に満ち溢れた瞳よ。鈴ちゃんはそんな瞳をしてるわ。」
「い…いえいえ、そんなことは…。」
謙遜する私の髪の毛を彼女はゆっくりと撫でた。
「自分じゃ分からないのよ。いつの間にかそうなってるの。私の瞳はどう?」
一番されたくない質問をされてしまい、私はしばらく黙り込んだ。
「うーん、そうですね…恋していると思います。」
「おお!大正解!」
小野寺さんは手にオイルを馴染ませて、私の髪の毛に指を通した。
「テレビ出演、緊張するだろうけどその瞳のまま行きなさいね。」
彼女は「できた!」と拍手を送ってニコッと微笑んだ。私は鏡の中の自分を改めて見つめ、それから小野寺さんの方を向いた。
「小野寺さん、ありがとうございました。こんなに素敵にしてもらえて、すごく嬉しいです。」
「鈴ちゃん、可愛い!私の娘にしたいくらいね。あなたのこと、応援してるわ。」
小野寺さんとお別れの握手をし、私は部屋を後にした。先ほどの部屋に戻ると、大宮さんも両親も私に驚いた顔をする。それからあっという間に賞賛の嵐が私を襲ってきたのは言うまでもないだろう。
「本番まで…あと5、4、3、2、1!」
ついに生放送が始まった。私に会いたいと言ってくれた男子高校生(名前は五十嵐直くんと言うらしい)は、学校の後に来るようでまだ話すことができていない。私の両親はお客さんの観覧席に座らせてもらっているんだ。
私は舞台の裏でスマホを見た。そこには月岡くんと山田先輩からのメッセージが届いていた。
『岩下さん、いつも通り頑張って下さい。上手くいくことを願っています。』
『鈴ちゃんならできる!応援してるわ!パワー送っておくね♡』
私は2人にお礼のメッセージを送り返し、静かに深呼吸した。すると大宮さんが「あ、五十嵐くん来ました。」
と私に教えてくれた。視線を移すと、そこには月岡くんと同じくらい長身で顔の小さい美男子がいた。私がじっと見ていると、思わず目が合ってしまった。彼も驚いたような表情をしたが、すぐに会釈してくれた。私も慌てて会釈すると、彼はスタジオの中に歩いて行った。
「わあ、なんてかっこいい高校生なの!」
「モデルさんとかやってるんですか?」
案の定、アナウンサーやゲストの芸能人にべた褒めされている。
「いえ、芸能界に興味はなくて。俺は普通の高校生です。」
「謙虚で性格も完璧なんですね。そんな五十嵐くん、実は高校でこんなことをやったんです!」
効果音を合図に、アナウンサーが画面に書いてある文章を読んだ。
「高校の生徒会制度を一から見直して、制度の改革をしてしまった!」
「え!?すごくないですか?」
ゲストの芸能人たちもお客さんもザワザワし始める。「簡単に説明してもらっていいですか?」とアナウンサーに聞かれると、五十嵐くんは表情を変えることなく口を開いた。
「生徒会活動がやりづらい制度だったので、生徒会活動がしやすくなるように生徒会長をメインにする制度に変更したんです。でも…俺の背中を押してくれた存在がいたからできたことなんです。」
「もしかして…彼女さんとか?」
芸能人の発言に会場がドッと笑いに包まれる。五十嵐くんは大きく首を横に振った。
「いえ、恋愛にも興味がなくて。岩下鈴さんという方です。」
私は自分の名前を呼ばれて心臓の鼓動が速くなるのを感じた。私は回転椅子に座って登場の準備をする。
「実はですね…その、岩下鈴さんに来てもらっています!登場してもらいましょう、どうぞ!」
アナウンサーの声で私の座っている椅子がくるっと回転した。私が正面を向くと、そこには多くの人がいた。私は手汗を握りながら立ち上がり、何度もお辞儀をした。大きな拍手が私に送られている。
「あら、鈴さんも可愛らしいわね。」
「あ…ありがとうございます。」
芸能人に褒められるなんて夢みたいだった。私は五十嵐くんの隣に並んで笑顔を作った。それから私は色々なことを質問され、それに淡々と答えていった。芸能人の方も観客席の方たちも、みんな良いリアクションをしてくれるので気分が良かった。
「どうですか、五十嵐くん。実際に岩下さんにお会いして。」
番組の終わり際にアナウンサーが尋ねる。五十嵐くんは私を見て、それからすぐに視線を反らした。
「とても素敵な方だと改めて思いました。こんなに近くでお会いできて光栄です。」
「いえいえ、こちらこそです。」
私が苦笑すると、「2人とも良い感じなんじゃなーい?」と芸能人がいじってきた。
「そんなことないです…私、付き合ってる方がいるので。」
思い切って言ってしまった。観覧席から「ええ!?」という大きな声が聞こえた。その声の主はもちろん…私の両親である。私はしまったと思ったが、時すでに遅し。
「それはそれは!失礼いたしました。お幸せにね。」
こうして生放送は終了した。私は複雑な感情のまま、カメラに向かって手を振るのだった。
つづく
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