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矜持


 赤い瞳のゾンビは、首をぽきりと鳴らしながら立っていた。

 頭はつい先ほどまで手乗りの“置物”だったが、今は何事も無かったように首に収まり不敵な笑みを浮かべている。


 左肩はまだひしゃげているが、灰色の肉が蠢き、勝手に形を整えていく。ディアスはそれを気にも留めず、口の端で笑った。


「よう狼男。さっきは良くもやってくれたな!」


 ディアスの左腕が、ぐにゃりと形を変えた。灰色の筋肉が波打ち、表面に黒い線が浮かび上がる。

 その線が光り、次の瞬間、金属の質感へと変わっていく。見る間に、ディアスの腕はショーンのレガリアと同じような見た目に変わる。


 指を握ると、関節がカチリと鳴る。

 その異様な光景に、ショーンの顔色が変わる。


 ディアスは新しい腕を振り回しながら、ニヤリと笑った。


「おー、サイズぴったり。まぁ、そんな訳で、改めて相手してやるよ」


 ショーンはひとつ鼻で笑い、長剣を斜めに構える。

 周囲の風が震え、彼の足元だけ重力が薄くなる。鎧がふわりと浮き、剣先が揺れた。


(——あの程度の魔法が俺の全力だと思っているのか)


 今使用している、ショーンの“風乗(フィン・ライド)”は、風そのものを制御下に置き、方向と風量を操ることで自己強化をするオリジナルの魔法だ。

 軽く踏みこむと、ショーンの体が弾丸のように射出され、景色が置き去りになる。

 風が背を押し、一瞬で距離を詰めようとする。


 ほぼ同時に、ディアスの足元もふわりと揺れた。

 彼もまた、同じ角度、同じ姿勢、同じ速度で宙を舞う。

 靴裏が地を離れ、二人の軌跡が交差した。


 刃と刃が噛み合う。

 金属音が火花を散らし、押し合う圧が目に見えない波紋を地面へと流す。ショーンは刃を滑らせ、ひねり、踏み込む。

 だが、ディアスもひねり、踏み込んでくる。まるで鏡合わせで自分と戦っている様にも感じる。


(……俺の魔法を、初見で?)


 この魔法は燃費がすこぶる悪い。

 魔力を放出し続けるこのオリジナル魔法を使いながら近接戦闘をするのは、魔力量が多いショーンだから成立する芸当だ。

 普通は二合と持たない。にもかかわらず——目の前のゾンビは余裕そうに笑っている。


 ショーンは舌打ちし、わずかに距離を取って息を吐く。狙いを変える。


 狙うは生身。頭を潰した時は、一時的に止まった。頭、足首、胴——動きの要を断ち切るべく遠距離からの攻撃に移る。


 魔力を練る。頭の内側で、薄刃が幾筋も組まれていく。


「フィン・スマイト!」


 呪文と同時に見えない風刃(フィン・スマイト)が弾け、あらゆる角度でディアスへ押し寄せる。

 ゾンビは赤い瞳をゆらめかせ、口角を釣り上げて——


「フィン・スマイトォ!」


 同じ数、同じ軌跡。

 中空で風刃がぶつかり合い、空気が爆ぜた。

 突風が木々を揺らし、屋根の瓦をカラカラと鳴らす。


(後手で、全部落とすだと? スピード、角度、密度を即座にコピーしてるとでも?……反射と魔力制御の化け物か)


 しかも、まだディアスはショーンに対して能動的な“攻撃”をしていない。


 撤退の二文字が、ショーンの中で一瞬だけよぎった。


(だが、ここで引けばレガリアは手に入らず、目撃者も残る。リスクが大きすぎる)


 その少しの隙をついて、赤い一本の線が風を切り裂き、先程よりも明らかに早いスピードに乗ったディアスが瞬時に接近した。

 長剣を振りかぶっているディアスの瞳は燃えるような赤色を帯びており、瞳孔は開き、笑っていた。


「おいおい、どうした。そんな怯えた顔してよ? 狼の兜越しでも分かるぜ。逃げるなよワンコロ!」


 金属の悲鳴。

 ショーンは咄嗟に長剣で受け、衝撃を利用して真後ろへ吹き飛ぶ。

 あまりの衝撃にショーンの長剣は砕け散り、同時に霧のように姿を掻き消す。

 後ろに吹き飛びながらも体勢を整え、木立の間をすり抜けながら風を縫って疾走する。


(勝てない。何だ、あのゾンビは)


 鬱蒼と生い茂る森の木々と、太陽光が雲に遮られていて、視界が悪い。

 追いかけてきている気配は無いが、いくつか魔力の反応を感じる。


 ふいにショーンは光っている場所を見つける。

 それは、先程見た魔法陣で、いつの間にか地面に刻まれ、そこから再度悪夢が蘇る。

 銀に濁った重鎧、鈍く灯る赤光、歪なメイス。地面からせり上がるように出現したアルを見て、ショーンは速度を落とし、方向転換を試みる。


 だが――周囲にも同様の陣。

 林立する光の盤から、ぞろぞろと死霊騎士が這い出してくる。


「は——?」


 呼吸が止まる。その刹那、アルに足首をがしりと掴まれ、空中から地面へ叩きつけられた。

 鎧が悲鳴を上げる。三半規管が揺れ、骨と臓器が内側から叩かれる。


 容赦はなかった。

 アルが、淡々とショーンを掴み、力いっぱい叩きつけている。。

 やがて“十分”と判断したのか、アルがショーンを適当な方向へ投げた。二、三本の木をへし折り、四本目でようやく止まる。


 レガリアの光が弾け、手足の装甲を除いて消えていく。喉が酸を吐き、口内に血の味が広がる。

 ふらつく膝でどうにか立つと、砂埃の幕が割れ、ディアスが現れた。


「降参だ」


 ショーンは短く言い、両手を上げてレガリアを解除する。

 ディアスは冷たい目でしばらく見下ろし、深くため息をついた。それから、ショーンの肩に手を置く。

 変質した腕の鎧が、光の粒子になって消えていき、風にかきけされる様に消える。

 ディアスの腕は灰色の細い枯れ枝の様になってしまった。


「しおらしいなぁ。さっきまでの威勢はどうした?」

「……お前には勝てないと理解した。今はな」

「次があると思ってる? 自分勝手だなぁ、お前」


 氷のような声音。

 背後で、アルが無言でメイスを構える。


「人の命を狙ったんだ。死んでも文句は言えねぇよな?」


 ディアスが冷ややかに「やれ」と言いかけたその時。


「待ってください!」


 エイミが飛び出した。

 ショーンの前に両手を広げて立つ。肩で息をし、それでも目は真っ直ぐだ。


「一度助けてもらった義理があります。この人は、確かに悪い人かも知れません。で、でも、更生の余地はあると思うんです!」


 ショーンが目を瞬かせる。


「……どんだけお人好しなんだ。クズに情けをかけるなって教えただろ」

「私の尊敬する人は、いつも“根っからの悪人なんかいない”って大真面目に言ってました。私はそれを信じています。それに——私は勇者としてはもう戦えませんけど、元勇者として弱者を守る義務がありますので!」


 ショーンの眉がぴくりと動く。


「弱者……俺が? ふ、ふざけるな! 俺に手も足も出ずにギアを渡したお前に言われる筋合いはない!」


 ディアスは辛抱たまらんと言った様子で大笑いする。


「ハッハッハ! ま、今の状況見りゃそれも納得だな。狼男。お前はすぐにギブアップしたけど、こいつは今、俺に立ち向かってきてんだ。それにしても、成人男性を女の子が弱者呼ばわりかよ。ひでー言い様だな」

「ご、ごめんなさい。でもやっぱり、命を取るのはやりすぎだと思って」

「——ま、それでいいなら、俺に異論はないけどな。また来てもボコすし」


 ディアスは緑の石——ギアをつまみ、エイミへ放る。彼女は両手で受け取り、胸に抱える。


「おーい、みんなお疲れー! もう帰っていいぞー! あ、アルは居残りで。狼男の見張りな」


 三人を取り囲んでいた死霊騎士たちは、ディアスがそう告げるとすすのように崩れて消えた。

 最後に残ったアルだけがのしのしと近づいてきて、ショーンの両手首をむんずと掴み上げる。


「また会いましたね。坊主頭ですか。反省が見られていいですね。グッボーイ」

「坊主は元からだ! いてて! 離せ、バケモノ!」


 エイミは胸を撫で下ろし、ペンダントへギアを丁寧に戻す。

 安堵と同時に、目の前の“助っ人”への疑問が胸に積もる。

 ハチャメチャに強く、破天荒で、表情がころころ変わる変なゾンビ——ディアス。


「あの、ディアスさん。ありがとうございました」

「おん? ああ、気にすんなよ。……まぁ、家賃の前払いってことで」

「家賃……? 前払い?」


 意味が飲み込めず首をかしげるエイミに、ディアスはあっけらかんと言った。


「あ、聞いてないのか。俺、今日からここに住むから。ジジィに用心棒頼まれてな。よろしく、エイミ!」

「え、ええ?! きょ、今日から!?」


 驚愕で目を丸くするエイミ。


 風はようやく静まり、森の匂いが戻ってきた。

 空の端で雲が切れ、陽が差す。新しい“日常”が、また始まろうとしていた。


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