荷馬車の中身は
荷馬車のきしむ音が止む。
口角を上げたまま、いつもの笑みを浮かべて立つデノックに、三人の男は馴れ馴れしく近寄っていく。
「おじいちゃーん、娘さん、俺たちと一緒に旅に出ることになったんだよ」
「荷馬車まで引いて何買ってきたの? ね、見せて見せて」
あからさまな悪態をつく男たちに対し、デノックは片目を細めて首をかしげた。
「おお? なんだい君たちは。……ん。マリー、そんな所で寝てたら服が汚れるだろう」
地面に膝をついたままのエイミへ、いつもの調子で声をかける。
「この状況でのほほんとしてるねぇ。耄碌してんのか?」
顔を腫らした男が唇を歪めた。
「殺す手間が省けたわ。おじいちゃーん、娘さんは僕らが貰ってくけど、いいよねー?」
笑いが散る。
男の一人が荷台の幌をめくって覗き込み、怪訝な顔になったまま中へ身を滑り込ませた。
「おい! 誰か乗ってやがる!」
全員の首がくい、と動き、次いで幌の影に顔が並ぶ。
「おじいちゃん、中の人は誰なのかなー?」
軽く脅すような声に、デノックは肩を竦めるだけだった。
「誰だっていいじゃろ。行くあてが無いと言っておったから連れて帰ってきたんじゃ。ほれ、どいたどいた。家に運ぶんじゃから、お前たちも手伝いなさい」
にこにこと笑いながら幌に手を掛け、するりと中へ入る。
その人物は意識が無いようだ。
横たわる男の腕を掴むと、老人とは思えぬ安定した重心で、危なげなく荷台から降りてきた——その時だった。
掴んでいた男の腕が、ボトリと落ちる。
肩口から切り離された左腕が、地面に落ちて、ころりと転がった。
同時に、男の身体もずるりと滑り落ち、地面に倒れる。
顔が太陽の光を受け、輪郭がはっきりした。
浅い金の髪と白髪のツートンカラーはくしゃくしゃになっていて、皮膚の半分は灰色に変質している。
口元の皮膚は裂け、閉じ切らずに白い歯が覗いていた。
「これ、ゾンビじゃね?」
誰かが吹き出し、残りの二人も腹を抱えた。
「マジかよ! 信じらんねえ! ゾンビを人間だと思って連れて帰ってくるとか、ボケが過ぎるだろ!」
「おじいちゃーん、それ、目を覚ましても唸ることしか出来ないモンスターだよー? 冒険者の俺らが処理してあげるから、その報酬として馬車もらってくねー」
がやがやと好き放題に言い合っていると、寝転がっていたゾンビの目がぱちりと開いた。
赤い光。冷たい、しかし意志のある視線が、一直線に彼らを射抜く。
「あ、騒いでたから起きちゃったじゃん。赤い瞳も確認。間違いねぇ。ゾンビだわ」
腫れ顔の男が資材置き場の古鍬を掴み、肩に担ぐ。
「ゾンビの処理で馬車と女貰えるとか、楽な仕事だわ」
鍬が振りかぶられた時、ゾンビの口が動く。
「そんな仕事があるわけねーだろ。ゴミ人間」
地面にいたゾンビの口が滑らかに動いた。
「その顔どうした? お前の終わってる人間性が、遂に顔に出ちゃった? ゾンビに言われたかねーと思うけど、もう少し見た目には気を使った方がいいぞ」
鍬が空中で止まる。笑いが、音を失ったように途切れた。
ゾンビは軽く飛び上がるみたいに上体を起こし、首をこきりと鳴らした。視線を落として左肩を見て、眉をしかめる。
「——コラジジィ! まーた乱暴に引っ張ったりしたんだろ! 俺の左腕と首はデリケートだってあんだけ言ったのに!」
「すまんすまん、ワシってば、忘れん坊だから」
「ぶってんじゃねーよ! 腹立つ!」
デノックは悪びれもせず笑う。そのやり取りは、まるで日常の小言のように自然だった。
あり得ない光景に、男たちは顔を見合わせる。喋るゾンビなど聞いた事も無い。人間が擬態しているのかと疑った。
だが見れば見るほど違う。赤い眼光は不死者特有の禍々しさをまとい、肌の色は半分が灰に沈み、裂けた口元は生々しい。生者の偽装に見えるところが、ひとつもない。
「きもちわりぃな!」
鍬を構え直した男が、踏み込みの重心を深くする。振り下ろす寸前——
落ちていた左腕が、ふっと溶けた。
霧のように粒子になって空気に溶け込み、そのままゾンビの肩口に吸い込まれる。
次いで、肩の皮膚が内側から盛り上がり、細い体からは想像できない密度の筋繊維が束になって走り、瞬きする間に腕が“生える”。
「まぁ、治るから良いけどよ」
肩を回し、出来たばかりの指を握って開く。
新しい腕の力を確かめる様に、ゾンビは軽く腕を振った。
空気の層が、回る。
ゾンビの腕が容易く突風を起こす。
地面の砂埃が一度に巻き上がり、視界が茶色に染まった。
「げほっ……!」
「な、何だァ!?」
男たちが咳き込み、腕で顔を庇う。
ショーンだけが目を細め、ほんのわずかに姿勢を低くした。
混乱しっぱなしのエイミだったが唐突な浮遊感に息を呑む。
いつの間にか地面が遠い。視界が屋根の高さを越え、空の色が広がった。
硬く、冷たい腕に抱えられている。
ゾンビがひょいと抱え上げ、屋根よりも高く跳躍していた。
右手側にはデノック。いつの間にかゾンビの肩へ回してぶら下がっている——その姿勢のまま、にこにこと笑っていた。
すとん、と屋根に着地する。
二人をそっと下ろすと、ゾンビは肩を回し、腿の裏を伸ばすみたいにストレッチを始める。
筋肉が柔らかく波打ち、裂けた口元がわずかに歪んで笑う。
下を見ると砂煙は徐々に晴れていき、男たちの怒号が聞こえる。
「どこ行きやがった!」
その様を見ながらニヤニヤと笑うゾンビの顔は、男たちを小馬鹿にしているように見える。
「大丈夫か? 疲れてるところスマンが、もう少し待っててくれ」
ゾンビがエイミへ顔を向ける。赤い瞳は不思議と穏やかだった。
「……あ、ありがとうございます……? あの、あなたは?」
「あー、ごめんごめん。俺はディアス! 見ての通りゾンビやってます」
エイミの問いにしっかりと答えたゾンビだったが、思考が更にこんがらがって行く。
何故ゾンビが喋っているのか、何故デノックと共にいるのか、腕は何で再生したのか。
疲労もあるからか、上手く言葉がまとまらない。
「ご、ごめんなさい。助けてもらったのに、頭の整理が……」
あわあわするエイミに、ディアスと名乗ったゾンビは肩をすくめ、愉快そうに笑った。
「ハハハ! そらそうだ。俺もほとんど何も分かってない。でもまぁ、アイツらが暴れてて困ってる事だけは分かるよ。とりあえず、俺に任せてみ?」
「うむうむ。ディアハは中々やりおるぞ。マリー」
「ジジィ、名前覚える気ある?」
デノックが満足げに頷く。エイミはその名を胸の中で繰り返した。
ゾンビは軽く「よし」と短く言うと、屋根の端へ向かっていく。
足場を確かめることなく、するりと身を落とす。ちぎれた埃の幕の中へ、赤い瞳の光点が消えた。
地上。
舞い上がった砂塵がまだ薄く漂う。
男たちはバタバタとみっともなく暴れているが、ショーンは腕を組んで何か考え事をしているようだった。
その背後から、音がした。
硬度のある靴裏が土を噛み、刹那の間合い。
埃が左右に割れ、そこにディアスが立っていた。
「おう、お前がリーダーだな? 女の子いじめるな、ってガキの頃に教わんなかったか? おん?」
赤い眼光を揺らしながら、ショーンに近づいていく。
「生憎、俺が育った場所では聞かない教えだ。そもそもゾンビに説教される筋合いなんかない」
「あー、なるほど。今ので分かったわ。お前、環境のせいにして悪事を正当化するタイプだ。ハハハ、だっせー」
「よく喋るな。モンスターの癖に」
ショーンは長剣を引き抜く。
ずるり、と鞘から乱暴に抜かれた剣の刀身は鈍く輝いて、砂埃の中でも鋭利さが伺える。
「シ、ショーン! お前はあの女とジジィを頼む! このゾンビは俺らでなんとかするからよ! 俺らじゃ、あんな高いところ行けねぇよ」
後ろからドタバタと男たちが走ってきて、間に入ってくる。
ディアスはつまらなそうに男たちを見る。
「めんどくせーな。お前らに用はねーんだよ。あ、そうだ。お前らの相手はコイツだ! どーん!」
ディアスが手のひらをポン、と軽く叩く。
すると濃い魔力の気配が漂い、地面に魔法陣が描かれていく。
地鳴りのような音と共に、魔法陣から光が漏れだし、その中を黒い雷が這い回っている。
「な、何してんだコイツ! おい、ショーン! 何とかしろって!」
「黙ってろ。あれは召喚陣だ。……出てくるぞ」
一際大きな雷が走ると、その場を明るく照らして視界を奪う。
男たちは目を塞いでいたが、ショーンは兜を被り、瞬きもせずにその場に現れたモノを凝視していた。
身の丈三メートルはあろうかという巨体は見上げる程大きく、見るものを圧倒する威圧感を放つ。
デュラハンにも勝るとも劣らない重厚な全身鎧は鈍い鉛色で、手に持っている巨大なメイスは骨や折れた木などをかき集めて固めたような、歪な形をしている。
モンスターの鎧はボロボロで、所々腐食が進んでいたり、錆が目立つ。
深く被った兜の奥からは、ディアスと同じ赤い眼光。
不死者特有の光を放ちながら、威風堂々とした立ち姿で、悪漢たちに対峙する。
男たちは急に現れたモンスターにたじろぎ、身を寄せ合っているが、ショーンはつまらなそうに鼻を鳴らすと「なるほどな」と一言だけ呟き、続けて男達に言う。
「あのデカいのはお前らに任せた。俺は女とジジィを捕まえる」
「い、いや! 無理だろ! ショーンがやってくれよ! 俺らじゃ潰されて終わりだ!」
「……クズが。よく見ろよ。あれは死霊騎士だ。シスタリオンのバルト遺跡のボスモンスター。見かけだけの雑魚だ。……お前らも戦ったことあるだろ」
男たちはそう言われた後で、しげしげと死霊騎士を見つめる。
その顔には少しずつ、落ち着きと自信が戻ってきているようだった。
「なんだよビビらせやがって! バルトの最弱ボスじゃねーか! 派手な演出しても無駄だからな!」
唾を飛ばしながら吠える男を見て、ディアスは笑いながら答える。
「お、良く知ってんじゃん。そうそう。バルトのダンジョンボス。アル、いけるか? 喋れるくらいに痛めつけてやれ」
ディアスが死霊騎士の鎧をポンポンと叩きながら話し掛ける。
すると、抑揚のない機械音声のような声が、アルと呼ばれた死霊騎士の口から漏れ出す。
「了解致しましてプリーズ。半殺しモード、起動。ギュイーン」




