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ショーン


 家の中に案内すると、三人の冒険者は「失礼します」と口先だけの言葉を残し、さっそく物色を始めた。


 リビングの戸棚、デノックの書斎の引き出し、二階の大部屋の寝具の下、エイミの部屋の衣装箱、キッチンの床下収納……。

 扉という扉が勝手に開かれ、軋む木の音と鼻にかかった笑い声が家中を行ったり来たりする。


 乱暴に引き抜かれた抽斗の中身が床に散り、器の蓋がころころと転がった。

 やがて玄関へ戻ってきたとき、彼らの顔には笑顔が浮かんでいた。


「意外と溜め込んでそうだな」

「食料、酒だけでもかなりあるぞ」


 ひそひそと耳打ちをし合っている二人の男に、エイミが声をかける。


「無かったですよね? …もういいですか? 仕事もありますので、早く済ませて欲しいです」


 顔を腫らした男が、ニヤつきながら答える。


「まぁまぁ、まだ探してないところはあるからね。おいお前ら、家の裏だ。資材置き場みたいなとこ、まだ見てねえだろ」


 一人が玄関を抜けて先に裏手へ回る。

 積み上がった木材と縄、古い鍬や柵板が整然と並べられている。


 男は周囲を見回すと、誰にも見られていないのを確かめ、袖から茶色い麻袋を抜き出して、資材の隙間へねじ込んだ。

 そしてわざとらしく大声を上げる。


「おーい! あったぞ、袋!」


 残りの二人が「やっぱりな」と肩を揺らしながら駆け寄る。

 遅れる形で裏へ出たエイミは、その麻袋を見た瞬間に血の気が引いた。


「わ、私じゃありません! 本当に、そんな袋、見た覚えなんて——」

「はいはい。出てきちゃったのは仕方ないでしょー?」


 薄ら笑いを浮かべ、三人はじりじりとエイミを取り囲む。

 木柵の影が足元に重なり、逃げ道を細く削っていく。


「どう責任、取ってもらおうかなぁ?」


 舌なめずりをする男の目は、彼女の体の輪郭を品定めするように見つめている。


「とりあえず、牧場の金は全部、俺たちが貰うか。そうなるとここは潰れる訳だが…。——安心しな、働き口は紹介してやるよ。こんなとこで土いじりするよりも、もっと稼げる仕事あるぜ?」

「な、何言ってるんですか? そんな横暴、許されるはずが──」

「あ? 口の利き方はそれでいいのかな? こっちは三人も証人いるんだよ? ギルドに報告したら俺らの証言の方が強い事、忘れてない?」


 エイミは唇を噛む。


(この人たち。話が通じない。本当にギルドの人なの?)


 疑念を抱いたエイミは、カマをかけてみることにした。


「そ、それは、困ります……」

「だよねぇ? じゃ、どうすればいいか分かるよね? 俺らも平和的に解決したいからさ」


 顔を腫らした男がエイミの肩に手を回す。

 作業着越しに這う不快な感覚に耐えながら、エイミは伏し目がちに言う。


「あ、あの、ギルドの先遣隊のリーダーの人に、言わないでもらえますか? あの人、とっても怖くって……。デノックさんでしたっけ?」


 震えて小さくなるエイミを見た男は勝ちを確信したように、エイミの腰に手を回して自分の方へ引き寄せ、鼻息を荒くしながら口を開く。


「ああ、当たり前だろ! デノックさんはマジでこえーからな! 俺らは直属の部下だから、穏便に済ませてもらうように手配するよ!」


 綺麗に言質をとれた事で、エイミは体に這う不愉快な指を剥がし、後ろに下がる。


「あの、あなた達、ギルドの人じゃないですよね? デノックはうちの農場主です。ギルドに同名の方がいたとしても、少なくとも先遣隊にデノックという名前の冒険者はいませんでした」


 エイミがそう言うと、男たちの顔から笑みが消える。

 次第に顔が赤くなり、語気が強くなっていく。


「てめぇ、騙しやがったのか! 素直な子だと思ってたのに、ふざけやがって!」

「初めに騙してきたのはそっちじゃないですか! もう話になりません! あなた達の事はギルドに連絡させてもらいますから!」


 エイミがそう言って家に向かって歩き出すと、二人の男が道を塞ぐ。


「どいてください!」

「お嬢ちゃん、確かに俺らはギルドの人間じゃねぇ。嘘つきのただのコソ泥みてーなもんだよ。だがな、組織に縛られてないからこその強みってのもあるんだぜ? ……さらっちまえ!」


 号令と同時に体を掴まれ、エイミの動きが封じられる。

 

 胸の奥で、昨日ショーンに言われた一言が、冷たい針のように刺さる。


(——“クズに善意を向けるだけ無駄”)


「ほら、力抜けって。怖くない、怖くない。とりあえずバンザイしよっか? 商品の査定をしとかないとな?」


 嫌悪が背筋を駆け上がる。

 次の瞬間、空気が張り詰め、エイミの目が一瞬光ったかと思うと、男たちの体が吹き飛ばされる。


 光の粒が地面から立ち上る。

 エイミの体表を走る白い光が複層の板金へと組み上がり、瞬時に全身鎧を展開する。

 頭部には兜は見えないが、淡い輪が空に浮かぶ。鈍い銀の光をまとった、首のない騎士。

 勇者兵装レガリア——首無(デュラハン)の出現に、三人の顔色が跳ねて変わった。


「な、なんだよ、これ——!」

「魔具か? いや、違っ——」

「あなた達! いい加減にしてください!」


 一歩。大地が鳴る。

 質量を伴う足音が木板を震わせ、土を揺らす。

 三人はひっと短い悲鳴を漏らしながら背を向けた。逃げる——が、その前に影が一つ、路地から滑り出て彼らの前に立った。


 ショーンだ。

 

 いつもの気だるげな瞳の中に、見慣れない熱が灯っていた。口元は笑っている。


「……ここに来たのは無駄骨かと思ってたが」


 ゆるく首を回し、鎧のエイミを見据える。


「どうやら大当たりを引いたみたいだ」


「お、おい! あいつをなんとかしてくれ!」

「何のために金払ってると思ってるんだよ!」


 さっきまで威圧していた男たちは、途端にショーンの背後へ逃げ込み、盾にするように身を隠した。


「うるせぇなあ。黙って見とけよ腰抜け共」


 ショーンは彼らを見もしない。小さく息を吐き、エイミへ歩み寄る。


首無デュラハンを見るのは久しぶりだ。……まさか、中身がなまっちょろい小娘とは思わなかったが」


 肩をすくめ、嘲るでもなく淡々と続ける。


「ま、どうでもいい。——その勇者兵装レガリアは回収させてもらう」


 鎧の中で、エイミの鼓動が跳ねる。


「“回収”って、どういう……。どうしてレガリアを知ってるんですか?」


 ショーンは坊主頭を乱暴にかきながら、面倒くさそうに口を開く。


「俺はお前の元同僚だ。そう言えば分かるか? なぁ、元勇者隊第四位、エイミ=シュローデン」


 ピタリと名前を当てた事から、彼が語ったのは恐らくブラフでも何でもない。


 やがて、ショーンの足元から、微細な光がぽつぽつと湧き出す。

 光は糸状になり、金糸が織り重なりながら体を縁取り、ショーンの体に薄い板金が貼り付いていく。

 重厚な姿のデュラハンとは異なる、細身で合理的なライン。

 柳の木を思わせるしなやかなフォルム。

 狼を模した兜の切れ目から、緑色の眼光がテールランプのように走っている。

 紛れもない勇者兵装。しかも、纏う威圧感は誰が見てもショーンの方が上だった。


 喉が鳴る。

 今の自分は、一歩踏み出すだけで息が切れる。鎧を纏っても、かつての半分も動けない。

 現役の勇者と戦えばどうなるか——考えるまでもない。


 ふっと、ショーンの輪郭が揺らいだ。空気がわずかに縮む。

 目が追いつく前に、彼の姿はエイミの懐に入り込み、拳が握られているのが見える。——来る、と思うより早く、腹部の装甲がびり、と軋んだ。

 その拳は鎧の少し前で止まっている。だが、内側に針のような痛みがビリビリと走り、息が抜ける。


 その衝撃で、鎧にひびが入り徐々に砕けていく、破片は光の粒となって霧散した。

 足から力が抜け、エイミはその場に崩れ落ちる。喉がうまく働かず、空気が入ってこない。


「かっ、弱え。拳撃だけでこれかよ。レガリアの適応率が下がってんのか? 調整受けてないなら仕方ないのかもな」


 ショーンはゆっくりと顔の兵装を解除し、しゃがみ込んで目線を落とした。


「ごめんな、お前の第二の人生邪魔しちまって」


 声には同情も怒りも混じらない。ただただ冷たい。


「な、何で……こんなこと……!」


 後ろの男たちに目線を向けながら搾り出した声に、ショーンは肩をすくめる。


「言っとくが、あのクズ共に加勢した訳じゃないぞ。だが事情が変わっちまった。ここで俺に会ったことを、ダンジョンを呪いながら死んでいけ」


「おい、何言ってやがる! 殺すなよ!」

「あんまり脅しすぎて壊すなよ! その女は売り物なんだから!」


 背後から、冒険者たちが集まり、下卑た笑いを漏らす。エイミの指先がわなないた。

 ショーンは舌打ちをしたあとに、声を落として話す。


「兵装を見られたからにはアイツらも殺す。シンプルにムカつくからな。ただそれはそれ。これはこれ、だ。お前のレガリアはもらうぞ」


 絶望と無力感が胸を満たす。それでも、膝に力を入れ、地面を押す。

 足は言うことを聞かない。視界が少し暗くなった気がした。


 ——その時、視界の隅で何かが揺れた。

 遥か後ろ、森の小道の向こうに、荷馬車を引く馬の影。

 馬の上にはデノックが乗っている。木漏れ日の中を、ガタガタと車輪を鳴らしながら進んでくる。


(ダメ。今は——来ちゃダメ!)


 血の気が音を立てて引いていく。喉に声が張りつく。腕が上がらない。


「おいショーン! 誰か来たぞ!」


 男の一人が振り向いて叫ぶ。全員の視線が同じ方角へ向かう。


「なんだ、ジジィじゃねぇか」

「どうせなんも出来っこねぇだろ。おい、こっち来るぞ」


 エイミの心配をよそに、デノックはこちらに向かってきている。

 ゆっくりと馬の手綱を引き、家の前まで進んだ。

 軋む車輪がぴたりと止まり、白髪混じりの農場主は、まっすぐ彼らの前まで来てニコニコと場違いな笑顔を浮かべて佇んでいた。


 


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