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新たな客人


 それから更に三日が経ち、先遣隊が帰路につく朝が来た。


 拠点の前には荷車が並び、樽や木箱が手際よく積み込まれていく。

 革や鎧のきしむ音がする家の前で、エイミは一人ひとりに頭を下げ、握手を交わし、笑って礼を言った。


 外の情報を教えてくれた者、包丁捌き褒めてくれた者、森の知識を分けてくれた者——この一週間で顔と声に覚えができた仲間たちだ。


「またな、エイミちゃん!」

「スープ美味かったぜ!」

「今度は土産持ってくるから!」


 どこか誇らしげな歓声に送られて、最後にエイミの前へ来たのはメリアだった。狐の仮面は頭に乗せたまま、相変わらずの眩しい笑顔で。


「よっ、エイミちゃん。楽しかったね。お姉さんと別れるの寂しい?」

「……はい。久しぶりにこんなに沢山話して、沢山笑いました。あの、あと、えっと」


 言葉が喉でほどけ、涙がこぼれそうになる。メリアはそれを見て、わざとらしく大げさに肩をすくめ、鼻にかかった声で明るく言った。


「泣いたら連れて帰るよ? ボスー! いいよね?! アタシちゃんと世話するから! 散歩も一日三回する!」

「い、犬じゃないですよ! もう!」

「お、涙は引っ込んだ? じゃ、また会おうね! 今度はもっとエイミちゃんの事、聞かせてくれると嬉しいな!」


 二人は短く抱き合い、ぱっと離れた。メリアはウィンクをひとつ投げ、駆け足で列へ戻っていく。


 荷の最終確認を終えたベルがエイミの前に立ち、柔らかな笑みをたたえたまま、近づいてくる。


「エイミさん、長い間お世話になりました。炊事や洗濯などもやって頂けて、お陰様で我々も調査に集中する事ができました」

「いえ! こちらこそお世話になりました。それで、ダンジョンは大丈夫そうなんですか?」

「内部には、モンスターの確認ができませんでした。罠や瘴気の反応も薄く、特筆すべき危険は感じられません。ゆえに先遣隊としての調査はここで打ち切ります。ただし、構造が広大、かつ未踏区画が多いため、継続調査の冒険者を今後も派遣する可能性があります。その際は、拠点を宿として提供いただけると助かるのですが…」

「はい、もちろん。いつでもどうぞ」


 エイミが即答すると、ベルは安堵したように頷き、それから少し砕けた口調になる。


「……デノックさんは、結局一度も姿を見ませんでしたね」

「はい。すみません、気を揉ませてしまって」

「いえ。デノックさんのこともですが、エイミさん、あなたのことが心配なのです。ダンジョンの傍に、一人でいるというのは——」


「俺、残ります!」

「じゃあ俺も!」

「交代で見張りに——」


 周りの冒険者が口々に名乗りを上げる。エイミは思わず笑って、首を横に振った。


「大丈夫です。皆さんに頼ってばかりではいけないので。……それに、私、少しは自衛できますから」


 そう言って、一歩下がる。静かに目を閉じ、腹に力を込める。

 微細な光の粒が地面から浮き上がり、やがて彼女の身体に吸い込まれていく。

 光は形を取り、銀の装甲が重なるように出現した。

 肩、胸、腕、脚には銀色に鈍く輝く分厚い銀色の装甲。

 兜は見えないが、頭上には淡い輪が浮かぶ。威風堂々たる首のない騎士——勇者兵装が、朝の陽射しを鈍く返す。


 どよめきが起き、数人が息を吞む。

 ベルだけが穏やかに目を細め、先に拍手をした。


「この通り、自衛くらいならできますので! ご心配なく! ……あ、でも、遊びに来たくなったら、いつでもどうぞ!」

「ちょっとー! エイミちゃん?! あんた、そんなことできたの!」


 メリアが目を丸くして駆け寄る。装甲がふっと光に戻り、エイミは地面に降り立った。笑顔のままだが、呼吸は浅く、こめかみに汗が滲む。

 

 ベルは軽く肩を竦め、エイミに向き直る。


「まさかギフト持ちとは。お見逸れしました。……では我々はこれで失礼します。何か困ったことがあれば、カグラ都市国家群のギルド支部にお越しください。メリアはいつも、そこで飲んだくれていますので」

「ちょっと! “飲んだくれ”は余計!」


 笑いが起き、明るい空気のまま、荷車の列がゆっくり動き出す。


 見えなくなるまで、エイミは両手を振り続けた。手先にしびれを感じてから腕を下ろす。

 胸の奥には、温かい余韻と、ほんの少しの寂しさ。

 彼らから聞いた外の情報、ダンジョンの話、知らなかった物語。

 全てが背中を押すように、彼女を前向きにしていた。


 やがて、彼女はいつもの道具小屋へ向かい、農場の仕事へ戻った。


 ※


 数日後。

 晴れ間の強い午前、畑の畝に水をやっていると、家の方から人の気配がした。

 ドアをどんどん叩く音。顔を上げて覗くと、四人組の若い男たちが立っている。

 腰の剣、背の盾、肩の袋。

 先遣隊ほど整った装備ではないが、それなりに武装しているのは遠目からでも分かった。


 エイミが駆け寄る。


「何のご用でしょうか? ギルドの方ですか?」

「お、そうそう、ギルドの冒険者! ここらに新しいダンジョンができたって聞いて来たんだよ。それより……こんな可愛い子がいるなんてラッキー!」


 言うが早いか、ひとりが馴れ馴れしく肩に手を置いた。エイミは一歩下がって会釈でかわす。


「アハハ、ど、どうも。冒険者用の拠点がありますので。ご案内しますね」

「おー、助かる助かる」


 拠点に入るなり、彼らは棚や樽を勝手に覗き、歓声を上げた。


「お、すげぇ、酒あるじゃん!」

「やった、ついてる! 先遣隊様々だな!」


 栓が抜かれ、ジョッキにエールが注がれる。

 エイミは少し眉をひそめた。

 先遣隊と違い、誰かが束ねている様子もない。

 好き勝手に椅子へ腰を下ろし、脚を投げ出している。


 その喧噪から少し離れた柱の影で、愛想のない男が荷を下ろしていた。

 坊主頭に近い短髪。白いタンクトップの上に浅葱色のベスト、黒いズボンに堅牢なバックパック。

 防具らしいものは見当たらない。武器は鞘に収めた長剣一本だけ。

 軽装で、体の軸がぶれない。周囲の空気とは違い、落ち着いている。

 だが彼の表情はどこか不機嫌そうにも見えた。


「おい、ショーンさんよ。アンタもやれよ! けっこう上物だぞ。お近付きの印ってことで!」


 陽気なひとりがジョッキを差し出す。男——ショーンは顔だけ向け、低く短く言った。


「いらねぇよ。ダンジョン入る前に酒? 死にてぇのか」


 差し出されたジョッキが宙で止まり、空気が一瞬だけ冷える。


 ショーンは剣を確かめると、壁際に背を向け、そのまま床に横になった。


「怒られてやんの」

「なんだよ、ノリ悪ぃなぁ」


 ぶつぶつ言いながらも、他の三人は酒を煽るのをやめない。


 エイミは無理に笑みを作り、仕事口調で告げた。


「この拠点にあるものは基本お使いいただいて大丈夫です。何か困りごとがあれば遠慮なく言ってください」

「じゃあさ、お姉さんも一緒に飲もうよ!」

「あ、すみません、まだ仕事があるので。ダンジョンはここから北に真っ直ぐ進んだ場所にあります。大穴ですので、ロープを忘れないようにしてくださいね! で、では!」


 軽く会釈して踵を返す。

 背中に軽口が飛ぶのが聞こえたが、振り返らなかった。

 扉の外に出ると、昼の光がまぶしい。握った手に、少しだけ汗が滲んでいる。


 不躾な態度に不安はよぎる。

 けれど——一週間、彼女は多くを学び、心構えも変わった。

 彼らも先遣隊と同じ冒険者なのだ。

 少し態度が悪いからと言って、追い出す訳にもいかない。

 それにベルは「定期的に調査に人をよこす」と言っていた。

 快諾した手前、仕事としてやりきる義務がエイミにはあった。


 少しの不安を覚えながらも、時間は進んでいる。

 農場の畑の土は、今日も変わらず水を欲している。

 エイミは息を整え、畑へ戻った。

 余計な雑草の根をむしり、水をやり、家畜小屋に餌を巻き、肥料を回収する。

 

 ふと、デノックの事が頭をよぎる。


(もうそろそろ二週間…。デノックさん、何処にいるんだろう? 早く帰ってきてくれないかな…)


 エイミは手が止まっている事に気づくと、頭を軽く振るい、仕事に戻る。

 家畜小屋の動物達が心配そうな目で、エイミの後ろ姿をそっと見つめていた。




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