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元勇者


 ダンジョンの探索が始まって四日が経った。


 新たに建てられた拠点兼宿泊施設は、二日と経たずに骨組みから屋根まで一気に建てられて、窓から漏れた光が林の影に点々と浮かんでいる。

 冒険者たちは拠点へ移り、デノックの家には入り切らなかった装備や物資の一部と、少しの荷が残るだけになった。


 ランプ農場にはそれなりに蓄えがあり、加えて畑の野菜と家畜の肉は新鮮だ。エイミはそれらを使って冒険者たちに食事を用意していた。

 エイミが作る料理は想像以上に好評で、気がつけば拠点の炊事も手伝うようになっていた。

 そうしていくうちに、挨拶だけだった冒険者たちとも、最近は世間話を交わし笑い合えるようにもなっていた。


「森の南側で野兎が増えたって?」

「ああ、あの大穴から逃げてったんだろう。半径20メートル、深さ40メートルの大穴だ。結構な数が今も移動してるだろうな。農場に迷い込む猪や鹿なんかもいるし、しばらくは落ち着きそうもない」


 ギルドの一団には冒険者たちに混ざって、技術者や学者や商人もいた。

 色々な国を渡り歩き、知見が豊富な彼らとの会話からは得られる物が多く、積極的に話を聞きに行っていた。

 調査隊の一人に、バレンシアという男がいた。

 普段は商人をしており、ギルドと協力して現地でのサポートを行っているという。

 バレンシアはエイミとギルド側の連絡係も兼ねており、自然と話す回数は多くなり、彼の話からは得るものが多かった。


「今日はランクード隊がダンジョンに行ってて、今のところ危険は報告されてないよ。何か質問はある?」

「あ、じゃあ質問なんですが、バレンシアさんは何で調査隊に?」


 バレンシアは笑みを浮かべながら、自身の髭を触りながら話し始める。


「表向きはギルドのサポートだけどね、僕は商品を探してるのさ」

「まだ知られてないような特産品とかって事ですか?」

「まぁ、そんな所だね。あまり人の手が入っていない場所には思いもよらない資源や発見があるからね。そういった場所に行けて、しかも護衛までついてるんだから、ギルドへの同梱は商人や学者からしたら願ったり叶ったりだよ」

「なるほど……」


 バレンシアと話していると、数人の補給部隊が近づいてきて、片手をあげて挨拶をする。

 

「エイミちゃん、この辺に元々いるモンスターはいる?」

「いえ、見かけません! あ、たまにゾンビやスケルトンは見かけますけど」

「うん、俺らも見た。気のたってる猪に体当たりされて吹き飛ばされてたよ」


 笑いながら話す補給部隊に混じって、エイミの表情も柔らぐ。


 夜の帳が濃くなった頃、食堂は冒険者たちで賑わう。料理を机に配膳しているエイミに、ベルが声をかけてきた。


「お疲れ様です。エイミさん。しばらく経ちますが、デノックさんはまだ戻られてないのですか?」


 デノックがいなくなってから、もうすぐ一週間が経とうとしている。

 エイミは苦笑いを浮かべながら答える。


「はい。心配ですけど……以前、一ヶ月帰ってこなかったこともあるので。きっと大丈夫です!」


 エイミは笑ってみせ、手にしたトレイを卓に置く。

 ベルは相槌を打ちながらも、わずかに眉根を寄せた。


「い、1ヶ月? それは……大丈夫とは言わないのでは? いえ、部外者が口を挟むことではないかも知れませんが……」

「あはは……。私も初めはビックリしましたけど、もう慣れちゃいました」

「家庭の形は様々ですので、これ以上は詮索しません。……ですが、あまりにも遅い場合には、こちらで探索をーー」

「エイミちゃーん、一緒に飲もーよ!」


 ふらりとした足取りとともに、ほのかに酒の香り。

 酔ったメリアが腕を絡め、ぐいぐいと引っ張ってくる。


「ちょ、ちょっと、メリアさん! 私まだ仕事が!」

「いーのいーの、息抜き息抜き! ほらボスもいこー!」


 ベルはやれやれと肩をすくめ、それでも同じ卓に腰を下ろした。


「おらー! 男どもー! 綺麗どころを連れて来てやったぞー!」


 メリアがウィンクを飛ばしながら叫ぶ。

 だが周囲の冒険者は、酔って上目遣いで頬を赤らめるメリアではなく、エイミの方へぞろぞろと集まってきた。


「その髪飾りどこで手に入れたの? 俺も欲しいな!」

「今日のスープ、あれ何の出汁? うま過ぎない? 花嫁修業完璧だね!」

「エイミさん、森の北側の獣道についてですが、大型の動物のものも見かけました。危険が危ないので、僕と一緒に行動するのをオススメしますよ」


「ちょ、ちょっと待ってーー」

「はいストップー!」


 メリアが卓をばんっと叩く。先程までの色気たっぷりの朱色刺した頬が、怒気を孕んだ怒りの色となって男たちを威圧する。


「エイミちゃんはアタシのだからー! アタシより強い奴じゃないと口説けません! というわけで、エイミちゃんを口説きたいならまずアタシを口説けぇ!」

「なんでそうなる!」


 男たちのブーイングに、食堂の空気が一層賑やかになる。

 エイミは困り顔で頬を赤くしながらも、口元には笑み。そんな反応に、今度は男たちの鼻の下がのびる。


 乾杯しなおした冒険者たちの話題は、自然とダンジョンの話になっていく。


「中は広い。まだまだ底が見えないな」

「モンスターの気配が薄いんだよなぁ。ずっと同じような部屋が続くだけで、面白みにかけるよな」


 メリア班の男達が肩をすくめる。


「確かに変なダンジョンだけど、油断はしないのよ。いーい? モンスターがウロウロしてるダンジョンも確かに危ないけど、一番怖いのはああいう未知! 死にたくないならアタシからはなれないことね!」


 メリアは指を一本立て、酔いの笑顔の中に鋭さを含ませる。


「そりゃ、そうですがねぇ。トラップも無ければ、お宝も魔道具も落ちてないと、なぁ?」


 冒険者たちは顔を合わせて少し不満そうにしている。


「ボス部屋はまだ見つかりませんか?」


 ベルが問うと、メリアがジョッキを飲み干してから答える。


「うん。迷路みたいで、入れない区画が多いのよね。アタシらが入れないなら、今潜ってるランクードなんかもっと無理じゃない? 行き詰まると全部腕力で解決しようとするじゃん?」

「ランクードは成長してます。もうそんな短絡は——」


 そう言いかけ、ベルは不安になったのか、グラスの縁を指でなぞりながら落ち着きなく視線を彷徨わせた。


「……心配になってきましたね」


 メリアはそれを見てニヤニヤと笑い、隣のエイミの腕に絡みつく。


「ところでエイミちゃんは、ダンジョンに入ったことある?」

「はい。一度だけですけど。ボス部屋で……ボスとも戦いました」


 ざわ、と卓が揺れる。


「あるの? どこ? つか戦えたのか!」「どこのダンジョン?!」


 冒険者達は食い入るようにエイミを見つめている。


「シスタリオンのバルト遺跡です」

「あー、あそこね」

「懐かしいな。モンスターも弱くてトラップも分かりやすい。ボスは威圧感だけでそんな強くないから、俺らもダンジョンデビューはバルトだったよ」 


 冒険者たちの熱が、少し落ち着く。

 バルト遺跡は近国シスタリオンで有名な初級向けの簡単なダンジョンだ。


「へえ、じゃあエイミちゃん、前はシスタリオンにいたの? 何してたのー?」


 メリアが身を乗り出す。エイミの表情がわずかに曇った。


(ど、どうしよう。なんて説明すればいいかな……)


 その気配をいち早く悟ったのはベルだった。彼はぱん、と手を叩き、声の向きを変える。


「はい、そこまで。メリア、飲み過ぎです。今夜はもう休んでください。皆さんもそろそろ解散を」

「えー! まだ飲めるし!」

「ボスが言ってるんです! 解散!」「風呂ー!」「明日早いぞ!」


 不満と笑いの入り混じる声が立ち、椅子が引かれ、冒険者たちはそれぞれの部屋へ散っていく。メリアは「足りなーい!」と騒ぎながら、仲間に引きずられて階段の影に消えた。


 卓に二人きりが残る。エイミは小さく頭を下げた。


「ありがとうございます、ベルさん」

「いえ、むしろ申し訳ない。彼らは優秀で、剣も魔法も訓練で身につけましたが……その、デリカシーだけはどうにも」


 苦笑混じりの声音に、エイミはふっと笑みを返す。そして、少しの間を置いて口を開いた。

「いえ、私が悪いんです。——実は、私、シスタリオンの勇者部隊にいました」


 ベルの表情が静かに変わる。


「勇者、というと、対魔族の精鋭ですね。一人で一騎当千、と聞きますが……」

「はい。……そうは見えませんよね」


 エイミは自嘲めいた笑みを浮かべた。


「今の私は、もう勇者だった頃みたいには戦えません。……その、見捨てられちゃって。多分シスタリオンでも死亡扱いされてると思います」


 先程までの食堂のざわめきが少し遠のいたように感じられる。


「この先、海を渡った先に魔族領があります。二年ほど前に、そこで決戦がありました。魔族と戦って、戦って、魔王の都の手前まで行ったんです。でも、そこで——魔族同士の内戦に巻き込まれて、私たちは大きな損害を受けました」


 唇を噛みながら、エイミは当時のことを語り出す。


「魔王の本拠地は、魔族同士が殺し合っていて……。空はずっと赤くて、地獄みたいでした」


 言葉が震える。エイミは俯き、テーブルの木目を見つめる。


「多分、そこで力を使いすぎたんだと思います。気を失って、目が覚めたら、体は痛くて、魔力も能力も満足に使えなくなってて。周りには誰もいませんでした。それで、偶然通りかかったデノックさんが……拾ってくれたんです」


 ベルは長く息を吐き、小さく頷いた。


「話してくれて、ありがとうございます。……辛かったでしょう」


 静かな言葉に、エイミは目尻を指で押さえる。


「誰かに話したの、初めてです。少し、気持ちが軽くなりました」

「よかった。この事は誰にも言いませんので、ご安を。それでは、おやすみなさい。エイミさん」

「はい。——おやすみなさい、ベルさん」


 エイミは立ち上がり、食器をまとめてから、外へ出る。夜風は冷たいが、森の匂いは落ち着く。

 石畳を渡り、拠点から離れていくと、遠くで木を切る乾いた音と、どこかの部屋の笑い声が微かに重なった。


 灯りの数は増え、この場所の気配は確かに変わりつつある。

 それでも——帰る場所は変わらない。林の奥、二階建ての木の家。窓にともった暖色が、道しるべのように揺れていた。

 エイミは胸の奥でひとつ息をつき、足を早める。今夜も明日も、やるべき仕事は山ほどある。新しい人々と、新しい日常と、それでも続く畑の暮らしと。

 扉を開け、静かな家の中へ入り、いつも通りに静かに眠りについた。


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