ダンジョンとギルド
朝靄がまだ畑の端にかかっている頃、静かな農場の前の道には、見慣れない景色が広がっていた。
荷車を何台も連ねた商隊と、背中に荷物を担いだ冒険者たちが列を作ってやって来る。
二十人ほどの冒険者たちは、いずれも整った隊列で、のどかな農場風景には馴染まない物々しい装備に身を包んでいる。
「ふむ、本当に農場が……」
先頭に立つ背の高い黒髪の男がポツリと呟く。
他の者たちが鎧や剣を身につけている中で、彼だけは一切武装をしていない。
代わりに身に着けているのは、清潔な白いワイシャツと茶色のスラックス。
胸元まで留められたボタンはきっちりと揃えられ、顔には柔和な笑みを湛えている。
人を安心させる雰囲気を持つ人物だった。
人だかりに気付いたエイミは、作業着姿のまま慌てて外に出る。
デノックの姿は、今朝に限って見当たらない。対応するのは彼女しかいなかった。
「あ、あの……ギルドの方ですか? すみません、デノックは少し席を外していまして……」
黒髪の男は微笑みを崩さずに頷いた。
「おや、そうでしたか。失礼しました。あなたはデノックさんの……娘さん、ですか?」
「い、いえ、私はただの居候というか……。エイミ=シュローデンと申します」
エイミが慌てて答えると、男は軽く会釈した。
「そうでしたか。エイミさん。ご丁寧にありがとうございます。私はベル=クライアと申します。ギルド本部の者です。ここに出来たダンジョンの調査と管理を行うのが、今回の我々の任務でして」
彼は落ち着いた声で、ここに滞在する期間や調査の手順を説明し始めた。
少なくとも一週間は拠点を構える必要があるらしい。
少しの間、二階部分を宿泊所として使わせてほしいという依頼も含まれていた。
エイミが真剣に耳を傾けていると、不意に視線を感じた。
ベルの後ろに立つ一人の女性が、興味津々といった目で彼女を見つめていたのだ。
他の冒険者たちとは明らかに雰囲気が違う。
ワインの様な赤色の髪をざっくりとまとめ、狐の仮面を頭に乗せている。
胸元が大きく開いた軽装に、分厚そうな茶色の外套。
動きやすそうな革のショートパンツからは長く白い素足が覗く。
腰にはやたらとポケットの多いベルト、変わった刃の形の短剣が下がっている。
活発そうな外見の彼女は、エイミと目が合うとすかさず片目を閉じてウィンクし、指先で軽く投げキッスをしてみせた。
「綺麗な人……。ギルドの人、なのかな?」
同性から見ても美しい、蠱惑的と言ってもいいほどの色気に当てられて、いつの間にかベルの話よりも狐面の彼女に目が釘付けになっていた。
ベルクはエイミの視線が自分の背後に向いていることに気づくと、後ろにいる彼女を一瞥してから、ため息をついた。
「……紹介します。あちらはメリア=ディッツ。ギルド所属の冒険者ですが、ご覧の通り、少々落ち着きが無く…」
「紹介ありがと、ボス! 初めましてー。メリアよ。仲良くしてね!」
メリアはひらひらと手を振りながら前に出てきた。
近づくなり、エイミの顔を覗き込んで満面の笑みを浮かべる。
「わぁ……かわいい子だね! 目がすごく綺麗! それにその髪色、凄く好み。で、何歳? 彼氏いる? 好きなタイプは? 結婚願望はある?」
立て続けに投げかけられる質問に、エイミは両手を胸の前で振って後ずさる。
「え、その、はぇ? な、何ですか?!」
ベルクが軽く咳払いした。
「メリア……。エイミさんが困ってるだろう」
「えー、でも気になるんだもん。だってこんな若くて可愛い子が、こんな辺鄙で、だーれも来ない森の奥で農業してるなんて、信じられないでしょ? 凄いドラマの香りがするの!」
「……黙ってなさい。すみません、エイミさん。メリアはこんな性格でして。ご迷惑でしたらダンジョンに放り込んでそのまま蓋をして閉じ込めますので、いつでも仰って下さい」
エイミは困惑しながらも、イメージしていた冒険者像よりもまともな人で安心していた。
それと同時に、二人のやりとりが漫才のようで、少し笑みが浮かんだ。
「フフ、お二人とも、面白い方なんですね! ……あ、す、すいません! 中にどうぞ! 大きい荷物は、家の裏手にある倉庫前に置いといて頂ければ、移動させておきますので!」
そう言って玄関へと案内する。
ベルは一礼をしてから、後ろに控える冒険者たちに指示を出し、荷物を置きに家の裏手に回る。
背後では、メリアがまたもやウィンクを飛ばし、今度は両手で大げさにハートマークを作ってみせていた。
エイミが家へ案内すると、冒険者たちは二階の空き部屋に案内され、荷物を下ろす。
大荷物が並び、普段は静かな農場が急に兵舎のような様相になった。
ベルはリビングに冒険者たちを集めると、地図や資料を机の上に広げていった。
周囲を取り囲む冒険者たちは、真剣な眼差しでベルを見つめ、その言葉に耳を傾けている。
「ダンジョン探索は二班に分けます。メリアが第一班。ランクードの班が第二班。どちらも四人ずつの編成で、昼夜交代制とする」
「了解でーす!」
メリアが即答し、唇を舐めながら肩をぐるりと回す。
後ろで腕を組んでいた筋骨逞しい男、ランクードも眉間に皺を寄せながら頷いた。
「残る者たちは、農場周辺の安全確保を優先。モンスターが溢れ出ていないか、生態系に変化は無いか。どんな小さな事も見逃さないように。ただし、安全第一と言うことを忘れないように。危険だと判断したら即時撤退。いいね?」
ベルの言葉に、冒険者たちは一斉に返事をした。
その統率ぶりにエイミは思わず目を見張る。ギルドや冒険者はもっと粗暴で好き勝手な集団だと思っていたが、それは杞憂だったようだ。
誰もが規律正しく、真剣な顔でベルの指示を受け止めている。
さらにベルは続けた。
「また、農場とダンジョンの近くに拠点兼宿泊施設を建設する予定です。補給部隊の皆さんはそちらの作業に回って下さい。エイミさんのお宅に滞在するのは、拠点が出来るまでに限定します」
冒険者たちは頷き合い、各々の役割に散っていった。物資を仕分けする者、森の様子を探りに行く者。
それぞれが行動を始める。
エイミは部屋の隅でそわそわと立ち、何か自分にも出来ることはないかと落ち着かない。
そんな彼女を見て声をかけたのは、メリアだった。
「じゃっ、エイミちゃん、ダンジョンまで案内お願いできる?」
「えっ、あ、はい! わかりました」
農場を出て、ダンジョンに向かい北へと歩く。
周囲の木々を抜け、冷たい風が吹き抜ける道中、自然と会話が弾んだ。
「メリアさんはすごいですね。私と歳もあまり変わらなそうなのに、班を任されてるなんて」
「そうでしょー? アタシってば、可愛いだけじゃなく強いのよー。これでも、一級冒険者ってやつだから!」
「わぁ……。凄いなぁ……!」
得意げに胸を張るメリア。
その様子を見ていた男達が苦笑しながら口を挟む。
「エイミちゃん、姐さんを甘やかしちゃダメだよ。隙さえあれば酒ばっか飲むんだから。ダンジョンにいる時間より酒場にいる時間の方が長いんじゃないか? あのベルトについてるポケットの中、酒の小瓶がビッシリ入ってるんだぜ?」
「こらっ! 別にいいでしょ! アンタらだってアタシにあやかって飲んでる癖にさ!」
くだらないやり取りに一行は笑い、緊張感は薄い。まるでピクニックにでも向かうかのような雰囲気で歩みは進む。
やがて、大穴のある場所に到着した。木柵に囲まれたその中心を、メリアは興味深そうに覗き込む。
「ありゃー、どこまで続いてんの? 暗すぎて底が見えないじゃない。……てか凄いね。もう柵作ったの?」
「はい。……と言っても気付いたらデノックさんがやってくれたんですけどね」
「……えっ。あのボケてそうなおじいちゃんが?」
どうやらメリアはデノックと面識があるようだ。
依頼に行った時にでも会ったのだろう。
エイミは笑いながら肯定する。
「ふふ、そうです。掴みどころの無い人ですけど、凄い人なんですよ」
「ふーん。ま、まぁ、おじいちゃんでも、人間やれば出来る…のかしら?」
メリアは不思議そうに柵を見つめながら何やら逡巡しているようだが、すぐに頭を振って目の前のダンジョンに意識を移す。
近くに落ちていた枝を拾い上げると、指先で火を灯し、ぽんと穴の中へ投げ込んだ。
しばしの沈黙の後、カツン、と硬い音が反響してくる。
「なるほどー。意外と浅そうかな? 下は土って訳じゃなさそう。……舗装されてる感じだね。アタシは先に行って偵察してくるよ。アンタらはロープで降りてきてー。下で待ってるわよ! さーて、今回のダンジョンは何かなー? 面白いものが見つかるといいけど!」
メリアは柵の上にひょいと飛び乗り、狐の面を被ると、軽やかに身を躍らせた。
穴の中へ消えていく背中に、エイミは思わず声を上げかけたが、他の冒険者たちは慣れた様子で動じない。
「案内ありがとう。俺たちも行ってくるよ」
「は、はい。皆さんもお気をつけて!」
「ああ、サンキュ。おし、お前ら、準備しろ!」
そう言い残し、彼らは手際よくロープを体に巻きつけ、順々に穴へと降りていった。
あっという間に姿が消えていった冒険者たちを見送り、エイミはただ唖然とその場に立ち尽くした。やがて深いため息をつき、農場へ戻るべく踵を返す。
戻る途中では、既に数人の冒険者が木の伐採や加工を始めていた。
宿泊施設とやらの建造にとりかかっているのだろう。
皆キビキビと働いていて、エイミも身が引き締まる様な気がしてきた。
(いつもはデノックさんと私二人だけだったから。何だか新鮮。皆いい人みたいだし、少し楽しい、かも?)
農場に帰るエイミの足取りは軽く、顔には少しの期待の色が浮かんでいた。
ギルドの人間に負けないよう、彼女は本来の仕事に戻るべく、畑の方向へと向かっていく。




