後処理
死霊騎士アルに両手をつかまれ、ぶら下げられたままのショーンを先頭に、一行は農場の方へ戻ってくる。
道すがら、エイミは横を歩くディアスにおずおずと口を開いた。
「……あの、こんな事を聞くのは失礼かもですけど、本当にゾンビなんですか?」
「ん? おう、そうだよ。……ま、信じられないのも分かるぞ。俺だって、自分がモンスターになるなんて思っちゃいなかったからな」
エイミはその答えを頭の中でゆっくり噛み砕く。
「つまり、元は……」
「ああ、人間だった。と思う。朧気だけど、そんな記憶があるんだ」
「記憶が無いんですか?」
「ああ。名前と、どう死んだかは覚えてたな。あとは何だ……一応マナーとかモラルの価値観とかも残ってる。こいつらに比べればだけどな?」
ディアスが嫌味っぽく言うと、アルに吊られたショーンがギリ、と歯を鳴らす。
「そう言えば、どこでデノックさんと出会ったんですか?」
「バルト遺跡だよ。ふらふら歩いてるジジィがいてさ、ボケて迷い込んだんじゃないかって心配になって声かけたんだ」
デノックの謎行動に、エイミは額を押さえる。
「ご、ご迷惑をおかけしました」
「いやいや、拾ってもらったのはこっちだ。見た目こんなだし、元人間だーって言っても身分証もない。だからとりあえず、雨風しのげてモンスターでも浮かない場所——つまりダンジョンをうろついてた。で、たまたま愚痴ってたら『うちに来い』ってな。変なジジィだよ、本当に」
同じ“拾われた身”として、エイミの胸に親近感が灯る。
灰色の皮膚も裂けた口元も、話しぶりと表情でだんだんと怖くなくなっていった。
「それで、バルト遺跡のボス……ええと、アルさんとお知り合いに?」
「おう、そうそう! アル、これから世話になるエイミ=シュローデンだ。ちゃんと覚えとけ!」
「エイミ=シュローデン。こんにちは。よろしく。貴方とは一度お会いしました。アットマイハウス」
「え、ええ?! 覚えてるんですか?!」
「はい。とても印象的でした。鎧、重そうでクール。武器、無骨でサイズ感が私好み。ナイスメイス」
アルがサムズアップするとエイミはぽかん、と口を開けて固まる。
ディアスは肩を揺らして愉快そうに笑った。
「ダンジョンのモンスターに自我があるなんて、知らなかったろ? 俺も最近まで知らなかった。……ま、気になることはあるだろうが、まずは後片付けからだな」
やがて、農場の入口に差しかかる。
戦闘の影響で囲いは折れて倒れ、家の周りは砂まみれ、土はめくれ、あちこちが散らかっていた。
「……ちょっと暴れすぎたな。悪い、エイミ。すぐ元に戻す。——おら、起きろ!」
ディアスは資材置き場で伸びている三人組の頬をぺしぺし叩き、ドスが効いた低い声で威圧する。
「起きたかゴミ共。寝てねぇで周りを元に戻せ。さもなきゃ、その腫れた顔の皮を剥いでダンジョンの餌にしてやる」
「す、すいませんでしたぁ! すぐやります!」
半泣きで散っていく三人。ディアスは腕を組んでひと睨みすると、手を打ち鳴らし、地面に召喚陣を描く。
黒い雷が走り、アルの同類たち——死霊騎士が数体、無言で現れる。
「よし、俺らもやるぞ! 家の修復、周辺整頓、柵の立て直し! 二体ずつで分担!」
骸の巨人たちが無骨な手つきで梁を持ち上げ、柵を立て、倒木を運ぶ。
ディアスも手際よく釘を打ち、板を渡し、砂を掃く。
叱咤と悲鳴と金槌の音。三十分後、散らかった景色は嘘のように元の農場へ戻っていた。
それを見届けたショーンが、面白くなさそうに鼻を鳴らし、口を開く。
「おい、エイミ=シュローデン。あの化け物の言うことを本気で信じるのか? あんなのを“飼う”なんて無理だ」
「なんですか、いきなり」
「まぁ聞け。これから俺らみたいなのが増えるんだぞ。ギルドの冒険者だけじゃない。モンスターを不浄と決めつける正教の連中、シスタリオンやカグラからも人が集まる。どう考えてもトラブルの種だ」
言い方は最悪だが、論は立っている。エイミは唇を結ぶ。
「静かに暮らしたいなら、ここに置くべきじゃない。せっかく拾った第二の人生を、またぐちゃぐちゃにしたいなら話は別だがな」
ショーンの嫌味ったらしい言葉に、エイミがふいと目を逸らすと、反対側にはデノックが立っていた。
眉根が寄り、苦虫を噛み潰したような表情。
(ディアスさんを悪く言われて、怒ってるのかな?)
「ど、どうしたんですか、デノックさん!」
「わし、正教きらい」
「え、ええ……? 今の話で反応するの、そこですか……。ていうか、そんな険しい顔するんですね」
デノックは表情を曇らせたままぷい、と家の中へ。
そこへディアスが戻ってくる。
他の死霊騎士達は未だに農場を走り回って何かをしているようだった。
「エイミ、こんなもんでどうだ?」
「はい! 本当にありがとうございます! 助かりました!」
ディアスは後ろで倒れている三人組に指を指す。
「で、こいつらはどうする? ギルドに引き渡すか? それともダンジョンに捨てるか?」
その一言で三人は肩を寄せ合い、ぷるぷる震えだす。
「お、俺ら今はギルドの所属じゃないんで! 言うだけ無駄ですよ!」
「黙れぇ! お前らの処遇はエイミが決める!」
エイミは一拍置いて考え、口を開く前に問いを投げた。
「そう言えば、あなた方はどうやってここを知ったんですか?」
「カグラの酒場だ。隣のテーブルの連中がよ、ギルドの仕事を愚痴っててさ。『報酬はしぶいし、周りは農場ひとつだけ。先遣隊の話じゃ何も無かった』って。場所もベラベラとな。だから俺らにもワンチャンあるかと」
「なるほど。……で、手ぶらで帰るのが嫌で、農場から搾取しようとした。——分かりました。ギルドに引き渡します」
焦る三人。弁明は聞かない——そういう強さが、エイミの声に宿っていた。
「なら、俺がカグラのギルドに報告行こうか? 知り合いもいるし、ジジィと違ってすぐ行ける」
「えっ? ……人間のお知り合いが他にも?」
「まあ、ギルドの人間じゃないけどな。何人か縁がある。あとは“器人”の知り合いもいるぞ」
メリアが普段いる場所、カグラ都市国家群は謎が多い国家だ。
技術力が高く、その技術力を軍事転用することで、小規模の国家ながら、大国と対等以上の関係を築いている。
「器人って、カグラのからくり人形でしたっけ……」
「ああ。初めて見た時は度肝を抜かれた。カグラが小国のくせに攻め込まれないのは、器人の存在がでかそうだ。機会があれば連れてくるよ」
意外な交友に目を丸くしつつ、エイミはお願いした。
「では、お願いします。……来たばかりなのに、面倒を押し付けてすみません」
「気にすんなって。じゃあ、行ってくる」
「も、もう少し休んでからでも……。ここからカグラまでは結構距離がありますし」
「ハハ! 俺はゾンビ、疲れにくい。それにカグラなら“すぐ”だからな」
ディアスが指を鳴らす。
空気がビシリ、とひび割れたように震え、足元に柔らかい光の陣が浮かぶ。
それとその陣の風景が歪み、空間に四角い枠が出現し、その枠内の中には馴染みのない平原が広がっていた。
ショーンが目を見開いた。
「転移魔法か?」
「いや、ダンジョン由来のアイテムだ。たまにすげーのがあるだろ?」
「なんでそれがゾンビの手に……」
「ハハハ。意識を取り戻してから三ヶ月くらい使って、ダンジョンに潜りまくった成果だ。羨ましいか?」
ショーンはアルに持ち上げられたまま、がっくりとうなだれる。
「じゃ、パッと渡してくる。夕方には戻る。アル、エイミとデノックを手伝ってやってくれ」
「了解。護衛・労務支援モード、オン。ピピッ」
ディアスはアルからショーンを受け取り、三人組の縄もまとめて掴み、ズルズルと引きずって行く。
「おい! 離せ!」
「うるせぇ狼男。お前には別でお仕置するからな!」
瞬き一つ。光がふっと消え、五人の姿は跡形もなく消えた。
残されたのは、エイミと、巨大な骸の護衛。
アルは無言でエイミを見つめ、親指を立てる。
「ご指示どうぞ。私は掃除も好き。任務開始レディレディ」
ぽかんとしながらも、エイミは笑って頷いた。やる事は山ほどある。囲いの見回り、畑の点検、家の中の片付け——そして、戻ってくるであろう“新しい日常”の段取りも。
不思議な巡り合わせに、少しだけ胸が温かくなるのを感じながら、彼女は袖をまくった。




