8. 王宮の書庫にて
「広い! そして……コホッ……埃っぽいです、ね」
「そりゃ、普段は人があまり立ち入らない場所だからね──こうなるよ」
「ですよね……」
シグルド様の様子に色々思うことはあったものの、やっぱり調べるなら早い方がいい。
そういうわけでお言葉に甘えて早速、シグルド様と一緒に王宮の書庫にやって来た。
「ここでなら、何か分かることがあるかしら……」
並んでいる本の背表紙にそっと触れながらそう呟くも、シグルド様は私の発言には何も答えず黙り込んでる。
「シグルド様?」
「……あ、いや、うん。何か見つかるといいなと思ってね、もう…………だったし」
「もう?」
「───何でもないよ。さあ、まずは何から調べようか?」
「?」
最後の方に何と言ったのか分からなくて聞き返した。
けれど、シグルド様は苦笑いしただけで教えてくれなかった。
「……やっぱり、最初は魔術関連でしょうか」
気を取り直して本を探し始める。
「魔術……か」
「はい」
呪いの類も気になるけれど、やはり最初は魔術関連の書に当たるべきだと思う。
私はキョロキョロと書庫内を見渡す。
「ですが……広くてどこから探せばいいやらです」
シグルド様の貴重な時間を割いてもらってるのだから、あまり時間はかけたくない。
「魔術に関することならこっちだ」
シグルド様はそう言ってサッと私の手を取るとそのまま歩き出した。
(…………ん?)
私は視線を落として自分の手を見た。
どこからどう見ても私たちの手がしっかり繋がっている。
「あ、あの、シグルド様!」
「うん? どうかした?」
「どうかした? ではなく……手、手が」
「手?」
あまりにもここまでの流れが自然だったのでうっかりそのまま流しそうになった。
けれど、どうしてわざわざ手を繋ぐのかと思ったら一気に恥ずかしくて黙っていられない。
「車庫は広いし、初めて入ったルキアが迷子になったら大変だろう?」
「迷子……」
シグルド様はにっこりした笑顔でそう言ったけれど、子供扱いされたようでちょっとムッとした気持ちになる。
私はジト目でシグルド様に抗議する。
「いいえ! いくら広くても迷子だなんて! 私はそこまで子供ではありませんから大丈夫で──……」
「───というのを口実にして、ルキアの手に触れたかっただけだよ」
「!」
握られている手にギュッと力が入ったのが分かった。
(……今、口実と言った?)
私がおそるおそる顔を上げると、目が合ったシグルド様は不思議そうに首を傾げている。
「……今」
「可愛いルキアと手を繋ぎたかった。それだけなんだけど何かおかしかった?」
「なっ! な、な……」
私の頬に熱がどんどん集まってくる。
何故この方はそういう言葉を口に出来るのか。
おかげで私はいつも翻弄されてばかり。
(でも……)
それが嫌じゃないから────困る。
私はドキドキ破裂しそうな胸の前でギュッと拳を強く握りしめた。
「……ルキア。分かってる?」
「はい?」
シグルド様がふぅ、と軽くため息を吐いた。
「他に誰もいない二人っきりのこんな所でそんな可愛い顔を無防備に私に見せるなんて危ないよ?」
「は、危ない、ですか?」
よく意味が分からず聞き返したら、シグルド様は苦笑いを浮かべた。
「ルキア。私の理性はルキアに関することだけはペラッペラなんだ」
「理性が、ペラッペラ?」
何やらおかしなことを言い出したシグルド様。
私が眉をひそめているとシグルド様はさらに続ける。
「不思議だよね、私は他のことならいくらでも自制出来るのに。ルキアを前にしたら常に可愛いと口にせずにはいられないし、隙あらばどんどん触れたい。だってルキアはどこもかしこも柔らかくて触れ心地が最高だから! それから、抱きしめてキスをしたら真っ赤になる所も可愛いくて可愛くてもう私はルキアを──……」
「!?」
そしてシグルド様の中の何かに火がついてしまったのか、今度はペラペラと早口で語り出した。
あまりの速さに半分以上聞き取れなかった。
「シグルド様!? お、落ち着いて下さい……!」
「え? どこが? 私は見ての通り全然落ち着いているよ。それより、まだルキアの可愛いさを語り足りない」
「落ち着いてる!?」
ものすごく大真面目な顔で更におかしなことを言っている!
これで落ち着いているですって!? これは新しい冗談か何かなの?
私の脳内は大混乱に陥った。
「────え、えっと! そ、それ? を私に語る必要は……ないのではありませんか!?」
「いや? この愛しい気持ちとルキアの可愛さを本人に伝えないで誰に伝えるんだ?」
「え?」
「え?」
私たちは互いに顔を見合わせる。
すると、シグルド様はさらに興奮した様子で続けた。
「まあ、私とルキアの仲睦まじい様子を周囲に伝えるのは全然構わないことだし、むしろ推奨もする!」
「は、はぁ……推奨」
「だが……」
ここでシグルド様が思いっきり顔をしかめた。
今度は何? という気持ちにさせられる。
「“ルキアの可愛い所”をたくさん広めることによってルキアに邪な気持ちを抱く男共がわんさか現れたらどうしようとも思っている」
「わ、わんさか? ……それより私に邪な気持ちなんて抱きますかね?」
一応、私はまだ王太子殿下の婚約者。
そんな相手に手を出そうなんて考える強者いるのかしら。
「抱くさ! 常に私がそうだからね!」
「え!」
シグルド様は胸を張って堂々と言い放った。
おかげでもうこっちは困惑しかない。
私は半分呆れながら呟いた。
「…………シグルド様って頭はいいはずなのに……なぜ、時々こう(おかしく)なるの……」
「ルキア、それは私が君のことを好きだからだ」
「!」
私の呟きを拾ったシグルドがそっと私の耳元で囁く。
(ち、近い!)
「─────大好きだ、私のルキア」
「~~~!!」
ここには書物を探しに来たはずだったのに、何故か全力で口説かれて私の腰はそのまま砕けた。
────
「本当に! 大丈夫! 自分で歩けますからお構いなく!!」
「いや、無理だろう」
「ぐっ……」
私の必死の訴えをシグルド様は、あっさりと否定する。
シグルド様は腰砕けになった私を見るなり、素早い動作で私を抱き抱えた。
当然、降ろしてと言って聞いてくれるシグルド様ではない。
(~~っ、どうしてこうなった……)
手を繋がれたことが恥ずかしかっただけなのに、最終的には手を繋ぐどころか抱き抱えられて運ばれるという更なる密着状態になってしまった。
何だかシグルド様の手のひらの上でコロコロと転がされているようにしか思えない。
でも、本音は嫌じゃない。
だから困っている。
(シグルド様のことは諦めないといけないのに)
そう思ったら胸がチクチク痛んだ。
「───ルキア。この辺りが魔術関連の書物が集められている場所だ」
そう言いながらシグルド様はそっと私を降ろしてくれた。
「ふわぁ……」
思わずそんな変な声が私の口から飛び出す。
さすが王宮の書庫。
本の数が凄い!
ズラリと並んだ本、本、本!
その様子はまさに圧巻! の一言に尽きる。
「ここまで多いとお目当ての本を探すのも一苦労、ですね」
「……そうなんだよ」
「うーん、これはどこから手を付ければいい…………あら?」
「ルキア?」
しかし、ここの書架に収まっている本を眺めていたらふと、違和感を覚えた。
「シグルド様。この辺りにある本って全然埃が被っていないですね?」
「え?」
「先程まで居た所にあった本やここに来るまでに見かけた本は結構、埃を被っていたのですけど」
「……」
うーんと首を傾げながら、私は並んでいる本の背表紙に触れてみる。
やはり、他の区画の本と比べてここの本は綺麗。
人があまり立ち入らずに放置されていたようにはとても見えない。
「ここだけというのも不思議です」
「……」
「まるで最近、ここの本だけ」誰かに読まれたみたい──」
「……」
「シグルド様、どうかしました? 先程から静かですけど?」
私は急に静かになってしまったシグルド様に声をかける。
「……」
「シグルド様?」
もう一度名前を呼ぶとシグルド様は少し焦った様子で慌てて奥の書架の方向を指さした。
「ルキア! し、調べるならあっちの辺りからが良いんじゃないかな?」
「…………何故ですか?」
「な、何となく…………」
「……何となく、ですか」
「うん」
なに? シグルド様の目が完全に泳いでいる。
(うーん?)
とりあえず、言われた通りに奥へと足を進めるとそちらにある本は、他の場所で見かけた本と同じように埃を被っていた。
(え? これって、まさか……)
私はチラッとシグルド様の顔を見る。
目が合ったのにふいっと目を逸らされた。
(この反応───)
「……シグルド様」
「あ、ルキア! ほらほら時間が無くなってしまうよ、早く──」
「シグルド様!!」
「……ぐっ」
私の呼び掛けにシグルド様はビクッと肩を跳ね上がらせた。