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九話


 淀みの発生源である森への出立は、ラスティスに話を通してすぐに行われた。

 人目を避けるため、ヒカリやリリシアたちはもちろん付き添う騎士たちもなるべくシンプルな旅支度で王城を出る。

 寄り合い馬車に扮した幌馬車の中で、ヒカリは興味深そうに外を眺めていた。その横顔を微笑ましく見守っていたリリシアに、ふとイリナが問いかける。


「リリシア様までご一緒する必要はあったのですか?」

「レトラン卿を始め護衛の騎士はほとんど男性だし、ヒカリも女性がいたほうが安心でしょう」

「女性の騎士だっているじゃないですか。それに、リリシア様ではなく女性の使用人をつければ良かったのです。ステラナと王女殿下の護衛にしては少なすぎます。なにかあっては……」


 不満そうに続けるイリナは随分とリリシアたちの身を案じてくれているようだ。

 彼女のしかめられた顔を解すように、リリシアは微笑みかける。


「ヒカリの顔はまだ知られてはいないし、わたくしたちが顔を隠していればバレることはないから大丈夫よ」


 それだって貴族でもない限りリリシアやイリナのことを知らないだろう。

 王都からはさほど離れてはいないし、騎士たちは少数ながらラスティスが選抜した先鋭たちだ。

 期日もたった一泊。よほどのことがなければ大きなトラブルにはならないだろう。


「お兄様にも付き添いはわたくしじゃなくてもいいって言われたわ。でもね、わたくしがただあの子のためになにかしてあげたいだけなのよ」


 ふと、熱心に外を見るヒカリへ目を向けた。

 見慣れない景色へと向けられる瞳は輝いていた。そこに知らない世界への不安が宿っていないことが、こんなにもリリシアをほっとさせる。

 あれもこれもと指さしてレトランに訊いていたヒカリは、不意にリリシアの視線に気づいて満面の笑みで手を振ってきた。

 それに振り返しながら無意識に微笑んでいたリリシアの横顔に、イリナは人知れず目を伏せた。


 


 今回の旅の行程はシンプルだ。

 森は湿原を囲うように広がっていて、淀みが大きいであろう中心地域へは徒歩での移動になる。

 そのため、初日は森に入る手前で野営をして夜を明かす。翌日の太陽が高いうちに湿原の中を巡って日が暮れる前に王城まで帰還する予定だ。

 昼頃に王都を出たため、ちょうど日が暮れ始めた頃には野営予定地に到着できた。

 騎士を中心に大きめのテントを立てていく。

 二つは男性騎士たちのもので、一つは女性騎士とイリナが。そしてもう一つにはヒカリとリリシアのものだ。

 リリシアもイリナたちとともに食事の準備に取り掛かる一方で、薪に火をつけるレトランの手元をヒカリは感心したように眺めていた。


「こういうときってルプシャールの人がいてくれると助かりますね」

「騎士団での野営訓練などでもよく言われますよ」


 やっぱりみんなそう思うんだ、とヒカリは親近感が湧いた様子だ。


「はい。あまり大規模な訓練だとあっちへこっちへ呼ばれて大変です。一回それで疲弊しすぎたので、最近じゃ自分たちのキャンプのものにしか火はつけません。みんなやろうと思えば自分で火は焚けますから」

「やっぱり使い続けると疲れちゃうものなんですか?」

「体内のルプを使いますからある程度消費するとやっぱり疲労は出ます。ルプがないと自然が維持できないように、私たち人間も同じです。空になってしまえば命の危険だってありますから」

「そうなんですね……」


 しみじみと受け止めるような相づちが届く。チラリと二人に目を向けたリリシアは、たき火を前に大きなレトランと小さなヒカリが揃って膝を抱えて屈む姿にくすりと笑った。


「あ、リリシアさん! ――レトランさん教えてくれてありがとうございました」

「いえいえ。なにかあればいつでも訊いて下さい」


 こちらに気づいたヒカリがパタパタと駆け寄ってくる。リリシアが持っていた食材を半分持つと言うので、その華奢な腕に譲って並んだ。


「……どうしたんですか?」


 ついじっと見ていたら、ヒカリが不安そうに眉を寄せたので慌てて首を振る。


「あなたは好奇心が強い子だなって思っていたの。随分と楽しそうだったから」


 そうでなければ、突然異世界に来てこうして笑ってはいられないだろう。


「へへ。なにか参考になればいいなあと思って」


 照れくさく笑ったヒカリはふと思い出したように言った。


「ルプシャールの人ってやっぱりそんなにいないんですよね?」

「そう多いものでもないわ。……でも、ルプの量は遺伝するとも言われているし、一つの家系で何人もいたりするわよ」

「へえ、そうなんだ。そういえばレトランさんもゴルスタンさんも家族でルプシャールですもんね」


 ヒカリは納得がいったようにうんうんと頷いていた。


 ◇


 夕飯を終えた二人は、テントの中に敷いた簡易寝具の上で並んで横になる。

 天幕を隔ててうっすらと伝わるたき火の明かりが、ほのかにテント内を照らしていた。


「私、こうやって外で寝るの初めてです」


 見張り番に聞こえないようにか、ヒカリがひっそりと言う。


「なんだかここってお城とは空気が違いますよね……少し重たいっていうか暗いというか」

「ルプが淀んでいるからでしょうね。あなたはルプに敏感だから余計にそう思うのね」

「一人だったら怖くて眠れなかったかもしれないです。リリシアさんが一緒で良かった」


 そろりと身を寄せたヒカリは、リリシアの肩に頭を寄りかからせた。

 慣れない環境だからか淀みが近い影響か、寝付けないようだ。

 湿原が近いせいもあるだろう。たしかにリリシアから見てもここの空気が肌に張りつくようで少し気味が悪い。冬にはいったこともあって、空気が冷えているのも余計に恐怖心をかき立てるのかもしれない。


「ヒカリ」

「なんですか……あっ」


 手をかざすと、ヒカリの頬をそよ風が撫でた。


「これで少しは気晴らしになるかしら」

「リリシアさんもルプシャールなんですか?」

「こんな弱い風しか出せないけどね。まあ今は冬場だしこのぐらいがちょうどいいでしょう」


 本当に大したことがない力だ。空気を動かせたって野営ではレトランのように役には立てない。多分、リリシアがルプシャールなのは父と兄、そして王妃ぐらいしか知らないだろう。


「それでもすごいです。だって私今すっごく気が楽になりました」


 はしゃぐようにヒカリがリリシアの腕に抱きついてきた。あまり大袈裟に褒めるから照れてしまう。本当に気晴らしにしかならないのに。

 そうして身を寄せながらしばらく仰向けで天幕を眺めていると、ふとヒカリが呟いた。


「……明日、上手く出来るかな」

「大丈夫よ。あなたは最初の七日間ルプ酔いで苦しんだでしょ? きっと力が大きくてルプに敏感だからだってお兄様が言ってたわ。わたくしはそばにいることしか出来ないけれど、自分を信じて。ヒカリ」

「はい。頑張ります。……へへ、ごめんなさい。励まして欲しくてわざと弱気なこと言いました」

「いいのよ。いくらでも弱音を言って。その度に、わたくしが励ましてあげるわ。そのままのあなたでいいって。あなたなら出来るって」


 髪を梳いてあげると、ヒカリは気持ちよさそうに目を細めた。


「リリシアさん」

「なあに」

「私、リリシアさんがそばにいてくれるだけで頑張れるんですよ」


 百人力です。なんてずいぶん嬉しいことを言ってくれる。


「まあ。じゃあこのあとのダンスの練習も頑張ってもらわないとね」


 国内の貴族向けのお披露目は舞踏会の名目で開かれる。あまり式典染みていたり食事会だったりでは、ヒカリが緊張するだろうというラスティスたちの配慮だ。

 ヒカリはラスティスと一曲踊ることになっていて、そのダンスの練習がこの遠征のあとに詰め込まれているのだ。

 昨日が初日で、軽く練習に入ったのだが、やはり今まで未経験だったが故にステップや姿勢に苦労していた。

 それを知った上での軽口だったのだが、思った通りヒカリは「ゲッ」と苦いものを食べたような顔になった。


「うう……絶対二週間じゃ覚えられません」

「大丈夫。一曲だけだもの。それにお兄様が上手くリードしてくれるわ」

「でも足踏んじゃったらどうしましょう~」


 泣き言を言いながら抱きつくヒカリをよしよしと撫でているうちに、二人は眠ってしまっていた。


 

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