二十一話
(今日もヒカリに避けられてる……)
朝食を終えたリリシアは、忙しそうにあっちへこっちへ動き回るヒカリを目で追っていた。
朝食の後片付けの手伝いからテントの撤収作業。あきらかにヒカリがしなくていいことまで、わざわざ騎士に声をかけて手伝わせてもらっていて、その理由はリリシアと顔を合わせづらいからだろう。
(起きたときにはもういなかったし、今日はまだ話もしてないわ)
淋しい気持ちで目を向けていると、不意にヒカリがこちらを見た。パチリと視線がかち合った、するとヒカリの顔が赤くなったり青くなったりしてわたわたと隠れるようにどこかへ行ってしまった。
昨日のようにつれない態度をとられているわけではない。どちらかというと昨夜のことが気恥ずかしくて顔を合わせられないのだろう。
そう思うと、昨日よりはずいぶんとやきもきした気持ちは少なく思えた。
このあとは王都に向けて馬車での移動だ。そうすれば必然的にヒカリと二人になるので話す機会はあるだろう。
そう考えたリリシアは、自分も荷物をまとめるために一度テントへ戻った。
しかし――。
馬車に乗ってそう経たず、ろくな話も出来ないうちにリリシアたち一行は謎の集団に襲われた。
一体どこに潜んでいたのか、彼らは一瞬でリリシアたち一行を囲い込んだ。
すぐに臨戦態勢に入った騎士たちだが、黒い外套を纏った男たちに防戦を強いられていた。
護衛の騎士とて、普段は近衛兵として王族をも守る任につく精鋭たちだ。その彼らが簡単に押されるなんてことはあるだろうか。
馬車の窓から外を警戒していたリリシアは、賊が武器だけなくルプを使った攻撃手段を持っていることに気づく。
(まさか全員がルプシャール……!?)
だが、ルプシャールが能力に使えるのはあくまで自身の器に余ったルプのみ。それ以上は生命活動に支障が出る。
そのため、使用できるルプなどたかがしれたところで、ルプシャールとてそんな大層な真似は出来ない。
あまりにも膨大なルプを有した限られた人は地形や天候を変えるような能力も使えると言うが、まさか賊全てがそんな稀有な人材のみで構成されているなんて考えられなかった。
(狙いはいったいなに……?)
わざわざこの一行を襲った目的はステラナなのだろう。だが、ヒカリをどうするつもりだ? 可能性として高いのは連れ去りだろうか?
もしそうならば、相手の素性はいくつか思い浮かぶ。
とくにある小国では、最近他国への牽制行為がよく目立ち、領地拡大を目論んでいるのではと水面下でひっそりと噂されている。
大国相手にも通じるような力を欲すれば、ステラナという存在は他の類を見ないほど魅力的だろう。
「大丈夫よ、ヒカリ。落ち着いて」
「は、はい」
顔を真っ青にして震えるヒカリを強く抱きしめる。出来るだけ頭を低くして身を潜めていると、不意に馬車の扉が開けられた。
思わず前に出てヒカリを隠す。しかし、現れたレトランの姿に二人揃って安堵の息をついた。
「賊はヒカリ様の居場所を知っているようですので、足止めしているうちに裏手からほかの馬車に移動を」
「分かったわ」
降りると、リリシアたちが死角になるように馬が並んでいた。騎士たちは出来るだけ反対方向に賊を集めているようだ。
「ひとまず騎士用の移動馬車へ。中には用具が置かれているので、そこで身を隠していてください」
「ええ。――ヒカリ、大丈夫?」
並ぶ彼女の顔色はひどく真っ青だ。以前ちらりと聞いたことのある彼女の住んでいた世界は、こんなふうに剣を携えた戦闘などあり得ないと言っていた。そう考えると、誰かが戦うところは初めて見るのだ。当然怖いだろう。
騎士用の移動馬車はそう遠くないところにあった。
レトランが周囲を警戒しつつ二人に乗るように指示を出す。ヒカリを先頭に乗り込もうとしたとき、強い風が吹き抜けた。次の瞬間――。
「ぐっ! 貴様どこから……!」
突如レトランの背後に男が現れた。振りかざされた剣を、レトランはすんでのところで受け止める。さっきまでは影も形もなかったのに、まるで風が運んできたかのようだ。
いきなり近距離で剣の交わる光景に、ヒカリは馬車の手前で呆然としてしまう。レトランに目をとられていたリリシアがハッと我に返って彼女を中に入れようとしたが、それよりも早く彼女に手を伸ばすもう一人の男の姿が見えた。
「ダメ――!」
すり切れた悲鳴が飛び出た。手を伸ばすが、どう考えても男のほうが早い。
間に合わない――頭の中で冷静に判別がつくより早く、リリシアは無意識下で咄嗟にルプを消費していた。
リリシアの身体を浮き上がらせるように地面から風が吹き上がった。
風に攫われた身体は瞬く間にヒカリとの距離が縮め、リリシアは男から庇うようにヒカリを抱え込んだ。
男は突然割って入ってきたリリシアに驚き、反射で剣を振りかざす。
背中に鋭い熱い痛みを感じて、視界が明滅する。刈り取られるように、意識が急に遠のいた。
「リリシアさん――!!」
焦りや恐怖や絶望――さまざまな感情がない交ぜになったヒカリの悲鳴が空間を切り裂くように周囲に響き渡るのを最後に、リリシアの意識は完全に閉ざされた。




