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私の星~異世界からきた女子高生は王女様に愛を誓います~  作者: 瀬川香夜子


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十六話


 舞踏会からほどなくして、グラヴァスからステラナに関する文献が届いた。

 しかも使者ではなく王子がわざわざ出向いてきたという話にリリシアは驚いた。ステラナの情報がどれほどの重みを持つか実感できる。


「初めてお目にかかります。テンジョウ・ヒカリ様、リリシア王女殿下。シュレン・グラヴァスと申します」


 そう言って、シュレンは胸元に手を当てながら悠然と微笑んだ。


「まさかこうしてステラナにまみえることが出来るとは……お会いできて光栄です」


 たしかグラヴァスに降臨したステラナはそのまま当時の王太子と婚姻したはず。ということは、シュレンは先代のステラナの血をひいているのだ。

 シュレンはまだ年若い青年だ。聞くと、ヒカリの一つ上だと言う。


(シュレン王子にはお兄様がいらっしゃるはず。彼はたしかラスティスお兄様と変わらないぐらいだったかしら……)


 国を代表としたステラナへの挨拶が目的ならば、王太子である兄のほうが来たはずだ。けれど、今回ヒカリと年の近いシュレンが来たという事実は、いろいろと邪推してしまうものがある。

 無意識のうちにリリシアの胸に苦い思いがこみ上げてきて、顔には出さず気を引き締める。

 リリシアが察せるのだからもちろんラスティスもそうだ。

 それとなく二人の会話に割って入っては楽しげに談笑に加わっている。内心でどう思っているかは分からないが、シュレンは終始にこやかだった。


 ヒカリも少し緊張している様子ではあるが、怯まずに会話に参加している。

 ラスティスに言われたことを気にしているのか。もし無理しているなら、そんなことしなくていい――そう言いたかったけれど、前向きに頑張る彼女の姿勢に水を差すようで気が咎めた。なにより、その言葉が真にヒカリを慮った言葉なのか自分でも自信が持てなかったのだ。

 ヒカリはあの会話をリリシアが聞いていたことを知らない。けれど、彼女はわざわざリリシアに向かって「頼りすぎないように頑張ります!」と舞踏会のあとに宣言して見せた。

 その言葉通り、ヒカリは講義やダンスに付き添ってくれとは言わなくなったし、ラスティスともリリシアを通すのではなく自分で対話を持ちかけている。

 そんな姿を成長と喜ぶ一方で、リリシアは淋しいと思ってしまったのだ。

 だから、「無理しないで」なんて言葉が過ったとき、これは自分がヒカリ離れをしたくないが故に思ったのではないかと疑心暗鬼になっている。

 自分のためだけに彼女を縛り付けようとしているようで、気分が悪かった。

 今もシュレンと話す姿を見ていると、心に影が落ちそうだ。


「もちろんヒカリ様だけではなく、リリシア様に会えるのもとても楽しみにしていました」

「わたくしに……?」

「はい。センフィール国の秀でた王太子殿下の噂はよく聞きますが、リリシア殿下の話はグラヴァスまではあまり届きませんので……けれど、こんなに美しい方だったとは。たしかにこんなにお綺麗な方ではラスティス様もあまり外には出さないでしょうね」

「はあ……ありがとうございます」


 急に話を向けられてつい覚束ない返事になった。てっきりラスティスと違って話も出回らないと揶揄されているのかと思ったが、リリシアの手をとった彼に皮肉るような意図は見えない。


「今回の文献に関してもヒカリ様のことを思ったリリシア様の提案だと伺っています。事情があって国外への持ち出しが許可されなかったものもありますので、もしよければ今度は我が国へ直接お越しください。いつでも歓迎します」

「そのようにおっしゃっていただけるなんて光栄です。機会があればぜひ」


 その後、ラスティスが貴賓室へ案内して今日の夜は歓迎会をと誘ったが、シュレンは約束なく来訪したのはこちらだからと辞退した。今回は文献を届けるためと、本当にステラナに一言挨拶だけをする予定だったという。

 しかも明日には国に帰還するというのだ。ラスティスは残念だと表情を作り、今度来るときはゆっくりして行って欲しいとつけ加えた。


「ヒカリがもう少しこちらの生活に慣れれば他国も招いたお披露目をする予定です。ぜひまたいらしてください」

「はい。そのときは兄上と一緒に参りましょう」


 と、シュレンはそこで生真面目な顔になった。


「すでに把握していることとも思いますが、いくつかの国で不穏な動きも見られます。どうかお気をつけください」

「はい。肝に銘じておきます」


 忠告に、ラスティスも真剣な顔で頷いた。

 基本的にステラナは降臨した国で保護されることとなっているが、その力の独占は許されていない。そのため今までのステラナもその降臨国も、他国の淀みも問わず浄化に尽力してきた。しかし、一方でその力を独占的に使用して自国の権力拡大に用いようという卑しい人間は存在する。

 どれだけ他の国に領土や軍事力で劣っていようと、淀みを浄化できるのはステラナのみ。ステラナに頼らねばいつか国も人も滅ぶこととなるのだ。そうなるとステラナの浄化を人質とすれば、他国はどうしても下手に出ざるを得ない。

 もしかしたらシュレンは、センフィールにそう言った思惑がないか見極めることも目的だったのかもしれない。

 シュレンと別れてラスティスたちと戻る途中、リリシアは改めてヒカリへ語った自身の発言がどれだけ世間に後ろ指さされるものかと肝が冷えた。

 けれど、泣いていたヒカリへの慰めは全て本心だ。一人の少女の心身を犠牲に救われるなど冗談ではない。

 その点、ヒカリがこうして浄化に積極的であることでリリシアは救われているのだ。


「ああ、そうだ。ヒカリ。今度の遠征先の資料が欲しいと言っていただろう」


 ちょうど通りかかった執務室の前で、ラスティスは少し待っていてくれと告げる。すでにまとめてあったのだろう。すぐに戻ってきた彼は、いくつかの紙の束をヒカリへ渡した。


「すでに遠征部隊のメンバーも決めてあるから挨拶がしたいなら時間を取らせよう」

「本当ですか? じゃあお願いします」

「彼らときみの日程を調整してから詳しい日取りを教えるね」

「はい! ありがとうございます」


 張り切った声でヒカリは頷いた。執務室に残ると言うラスティスと別れて二人は自室のほうへと向かう。

 手元の資料を大事そうに抱きしめる無邪気な横顔に、じくじくと胸に鈍い痛みが押し寄せる。嬉しいのに淋しい。そんな自分がとても小さい人間に思えた。


「……リリシアさん、なにかありましたか?」

「え?」

「なんか元気がないような気がして」


 自分の小ささを見透かされたようでドキリとした。けれど、窺うようにじっと見てくる瞳を見返すうちに、リリシア嘘も誤魔化しも出来ずに白状してしまった。


「その、最近ヒカリは一人で色んなことを頑張ってるでしょう? それは喜ばしいのだけれど、その……少し淋しくて」

「淋しい……?」

「ええ。なんだかわたくしだけ一人置いて行かれてしまったようで淋しかったの」


 ごめんなさい、と苦く笑う。ヒカリだってこんなこと言われて困るだろう。

 おずおずと顔色を窺う。けれど、ヒカリに困惑や戸惑いは見えなかった。ぽっとほのかに頬の赤みが増した気がした。

 言葉を探すように瞳が右往左往して、けれどそれはリリシアの言葉に戸惑うというよりは照れ隠しのように見えた。


「私、リリシアさんに頼ってばっかりなのが嫌で、一人でも頑張ろうって思ってたんです」

「ええ」


 もちろん知っている。直接宣言してくれたことだから。


「でも、やっぱり不安なときもあって……その、だから、」


 肩を竦めたヒカリが資料を持つ手にぎゅっと力がこもった。もう一方の手が、そろりと伸びてきてリリシアの指先を捕まえる。


「みんなの前では私はステラナなんだってちゃんとします。だから、二人きりのときは少し甘えてもいいですか?」


 上目遣いにそう頼まれて、リリシアは胸を衝かれたように心臓がきゅっと切なくなった。

 ここ最近でヒカリが前向きに堂々とした姿を見ていたからか、不安そうな仕草を見てももう憐れみや同情は過らない。むしろ、甘酸っぱい衝動が胸を占めるから困ってしまう。


「ええ、もちろんよ」


 上擦るのを抑えた声で答えると、子どものような無垢な顔でヒカリは嬉しそうに笑った。無限に甘やかしてしまいそうになる自分を抑えるために、リリシアは気づかれないように深呼吸をした。



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