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流月記  作者: 吾之去
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1-1 七月十五日

孟秋の頃、暑さは和らいだものの、乾いた風が黄葉や悲しみ、数多の願いや失望の物語を運んでくる。このような季節には、人々、特に詩人、さらに言えば試験に落ちた詩人たちは、景色に心を動かされ、数多くの拙い戯れ歌を詠むものだ。大多数の庶民は風雅を解さず、詩を吟じる余裕もないが、空気中のかすれた寂しさに触れ、周囲への不満を募らせる。

清水旅館の前に立つ少女は、複雑な心境にあった。目の前には奇妙な見知らぬ女性が立ち、彼女をじっと見つめている。

商人としてまず学ぶべきは「顧客第一」であり、どんなに奇妙な客でも最大限の寛容を示すべきだ。しかし、この客は何も買わず、数日間も立ち続けているとなれば、退去を求めるのも無理はない。

「あの、姉さん、ずっと私の屋台の前に立って見つめているけど、飴を買うわけでもなく、他のお客さんが怖がってしまいます。どいてもらえませんか?」

数日間の我慢の末、少女はついに不満を口にした。

約五日前、屋台のそばに突然現れた少女が、飴細工をじっと見つめていた。少女は気にしないようにしていたが、問題はその人物がただ見ているだけで、買う気配がなかったことだ。

五日間も続けば、少女の忍耐も限界に達する。

「あ、そう。」屋台の前に立つ少女は、少し横に移動し、黙って立ち続けた。

少女は目を瞬きし、活発な瞳に苛立ちの色が浮かぶ。

「横に立っていても同じじゃない?こんなふうに立っていたら、誰も飴を買いに来られないでしょ?」

少女は両手を広げ、上から下へ、左から右へと自分を見渡し、真剣に言った。

「変じゃないし、人を怖がらせることもない。」

この言葉は自己評価であるが、非常に的を射ている。少女は青い衣をまとい、髪には青い鳥を彫った玉の簪を挿している。両手を背後で組み、目は屋台をじっと見つめている。このような気品は、市井の中でも違和感がなく、むしろ言葉にできない美しさを感じさせる。

しかし、問題は……

「でも、腰に剣を差してるじゃない!こんな大通りで剣を持ってる人を見たら、誰も私の屋台に買いに来られないよ!」

少女の目には苛立ちから諦めの色が浮かび、呆れたように言った。

少女は理解したようだが、受け入れるつもりはなさそうで、真剣な表情で言った。

「剣は手足のようなもの、手放せない。」

真剣な表情とはいえ、その清楚な顔立ちには厳しさは感じられない。

「じゃあ、どいてよ。私は商売をしなきゃいけないの。」

少女は非常に困った様子で言った。

「でも、私はこの飴細工を見たいの。」

「じゃあ、いっそ買って持って帰って見ればいいじゃない?」

「……それもそうね。じゃあ、買うわ。」

「いくつ買うの?」

「全部。」

「え?」

「うん?」

沈黙の後、少女は銀貨を取り出し、すべての飴細工を買い取り、屋台を離れた。

「変な人、でもお金持ちの変な人。」少女は呟きながら、片付けを始

#

璞玉城ふくぎょくじょうは、大珩帝国だいこうていこくと古特斯聯邦(グーテス連邦)の国境に位置する城であり、琥珀関こはくかんの先にある最初の街でもある。その名のとおり、この城の周囲にそびえる山々は、まるで磨かれる前の玉石のように青々としながらも、玉のようなまろやかさと透明感はなく、辺境の鋭さと荒々しさを帯びていた。早朝には霧と薄雲が山の中腹から頂を覆い、まるで帝国が星々へと突き進む剣のように見える。

もっとも、この景色が見られるのは春と夏だけ。

冬になれば、山の頂に積もる一抹の雪はまだ清らかで心地よいものの、秋には一面の枯葉と鋭い山の稜線がまるで錆びた剣のように映り、薄霧の残る山並みに寂寥とした趣を添える。見渡せば、胸の奥にひんやりとした虚しさが湧き起こり、思わずため息が漏れるほどだ。

「こんな憂鬱なときこそ、飴細工を食べるのが一番のお薬でしょ?」

二年前、この考えを思いついた少女は、家族に内緒で城内の大きな宿屋の前に小さな屋台を出した。他にはない特徴を出そうと試行錯誤し、季節の風景を飴細工で描くようになった。

二年の月日が流れ、少女の腕はますます磨かれた。最初は麦芽糖のみだったが、紅糖、白糖、さらに商売がうまくいってからは様々な砂糖を取り寄せるようになり、描き出す絵もどんどん豊かになっていった。最近では、風景を描いた薄い飴煎餅——彩飴煎さいあめせんも作り始め、食後に数枚の銅貨で買っていく常連客も多い。それがきっかけで少女は城内や周辺の風景を積極的に巡り、飴で表現する題材を集めていた。

七月十五日、満月の夜。

少女は半ば銀白、半ば墨色の山に紛れ、一面の樹海を抜けると、目の前にひとすじの渓流が現れた。皎々たる玉のような月が空に浮かび、無数の星々はその輝きにかすみ、秋風が枯葉をさらい、霧を含んだ黄葉は月光に照らされながら、まるで小舟のように夜空を渡る。澄んだ水面には月の影がゆらゆらと揺れ、さざ波の歌に合わせて踊る。月光の下、あらゆるものが銀の縁取りを纏い、秋の夜にひっそりと咲く清らかさと孤独を湛えていた。

この光景に、少女は大いに満足し、目をぱちぱちと瞬かせながら、帰ったらこの情景を飴細工に描こうと心に決めた。その瞳には星の微かな光が映り込み、ことのほか美しかった。

だが、ひとつだけ気に入らないことがあった。

流れる水音に混じって、一筋の笛の音が響いていたのだ。普通の笛の音と違い、その音色は穏やかさの中に鋭さを含み、渓流と呼応するようでもあり、月明かりと競うようでもあり、もしくは誰かの気を引こうとしているかのようだった。

「来たね、リン

笛の音が止み、聞き心地の良い男の声が響く。

だが、この少女はあまり歓迎していない様子。

「何度言わせるの、名前を呼ぶなって。呼ばれるとどうも落ち着かない。」

少し間を置いて、さらに言った。

「それとさ、夜中に笛吹くのやめなよ。蛇が寄ってくる。」

「僕たちの間柄で、今さら“ばく嬢さん”と呼ぶのもよそよそしいだろう?」

男の声はいつものように柔らかい。

「どんな間柄よ。せいぜい何度か飴を買いに来ただけの客と店主。それ以上でもそれ以下でもない。呼ぶなら“莫店主ばくてんしゅ”、私はお前を“奪少爺だつしょうや”と呼んでるでしょ。勘違いしないで。」

奪少爺はそれを聞いてふっと笑い、静かに尋ねた。

「じゃあ、どういう関係になれば本当の名前で呼ばせてくれる?友達とか?半年も顔を合わせてるんだし、もう他人行儀もないだろう。」

「毎回それ言うよね。はっきり言うけど、あんたが私の親にならない限り、この名前を呼ぶ権利はない。」

「半年も知り合ってきて、不思議だったんだ。修行者なら名前は世界における己の錨。君もかつて修行の道を目指したのなら、その大切さはわかるはずだ。どうしてそんなに“莫零ばくれい”という名を嫌うんだ?」

「関係ない。」

莫零はそう言い捨て、踵を返して山の麓、璞玉城へと戻って行った。




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