3.変態が現れた
「クソっ、何故このルートがバレた!?」
そんな悪態を吐くのは第七皇女の護衛騎士の一人であるアレンである。
「無駄口を叩く暇があったら一人でも多く倒せ!」
そんなアレンに即座に筆頭騎士のレオノーレから叱責が飛ぶ。
しかし内心ではレオノーレもアレンと同じく、どうして襲撃者達に自分達が使うルートがバレたのかと誰かに問い質したい気分だった。
飛来する毒矢を馬上から斬り捨て、効果時間の切れた矢よけの守護を馬車に掛け直しながらレオノーレはこの窮地を脱する方法を必死に考える。
(敵の総数が依然として不明であるため、足止めを部下の誰かに任せるのは分断になりかねない――)
現在レオノーレだけでも既に十二人の刺客を切り伏せていた。
それでも敵の攻撃の苛烈さに衰えはなく、間断なく行われる矢や魔法による攻撃に部下が一人、また一人と脱落していくのが現状だった。
未だに諦めず敵を睨み付ける蒼い瞳の力強さとは裏腹に、その顔には既に疲労の色が強く出ている。
レオノーレの豊かな金髪は巻き上げられた土に塗れ、特別な意匠の鎧も傷だらけ。
(こうならない様にわざわざ禁域を通る危険なルートを選んだというのに!!)
道中での襲撃を予測していたレオノーレは行方を暗ませて待ち伏せを回避する、近道を通って目的地に早く着く為という理由から、人類が立ち入ってはならないと、奥へ行って帰って来た者は居ないとされる霊峰エレクティオンへ続く禁域外周部の大樹海へと足を踏み入れた。
しかし自分達の動きは察知されており、こうしてむしろ襲撃者達に有利な地形での迎撃を強いられている。
(信頼できる者たちにしかルートは知らされていないはず――)
『きゃあ!』
襲撃者達からの集中攻撃を風の盾で防いだ直後――馬車から響いて来た悲鳴にレオノーレは急いで振り返る。
「姫様っ!」
運悪く馬車の車軸に草が絡み、馬が足を取られて横転しているのを見てレオノーレは血相を変えた。
「――馬車を守れッ!!」
一度足を止められてしまった状況に歯噛みしつつも、部下達を呼び寄せて馬車の周囲を塞ぐ指示を出す。
「――万策尽きたか?」
「お前はッ!?」
後はもう囲んでいたぶって、少しずつ護衛を削り取っていくだけだと思ったのか木々の隙間から一人の男が出て来る。
その男は帝都に残して来た部下の一人であり、今回の逃避行に当たって情報操作や、もしも気付かれた場合の足止めの役も兼ねていた。
そんな腹心とも言える部下の裏切りに、レオノーレの顔が青くなる。
「な、なぜ……」
「なぜ裏切ったか――そう聞きたいのか?」
「当たり前だ!」
一緒に剣の腕を上げ、切磋琢磨し、共に皇女殿下を護ると誓い合っただろうとレオノーレの悲痛な叫びが周囲に響き渡る。
「簡単な事さ――お前が気に食わなかった」
「……なに?」
「女の癖に俺の上に立つ事も、女の癖に剣の腕を誇る事も、お前の方が皇女殿下に重用されている事も、俺の誘いを断った事も……全て気に入らなかったッ!!」
だから裏切ってやったと、お前の騎士としての誇りに泥を塗り、絶望する顔が見たかったと。
そして俺の働きを認めてくれなかった皇女殿下よりも、俺の才覚を見抜いて引き抜いて下さったあの方に仕えると。
かつての部下はそう好き勝手に怒鳴り散らす。
「勝手な事ばかり言ってんじゃ――ぐあっ!?」
「アレン!」
「忘れてないか? 俺はお前達を何時でも殺せるという事を」
毒矢に倒れ、苦しげな声を上げる負傷した部下の元へレオノーレは駆け付ける事が出来ない。
目の前には裏切り者が居り、背後には護るべき主人が乗った馬車がある。
「そうだなぁ……今ここで裸になって、犬のように服従のポーズを取れば皇女殿下だけでも見逃してやるぜ? どうする?」
「くっ……お前が、そこまで下衆だったとは思わなかった」
「ハハッ! みんな演じて生きてるってこったな!」
裏切り者の男は一頻りかつての上司を嘲笑し、そしてストンと表情を落として詰問する。
「――で? どうすんだよ」
その低く籠る声に、レオノーレは交渉の余地が無いことを悟った。
「……っ」
悔しさと恥ずかしさに顔を顰め、周囲の部下達からの制止の声を無視して自らが着用していた鎧を脱ぎ捨てる――そんな時だった。
「――俺も混ぜて貰おうか」
変態が現れた。
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