22.聖騎士パーシヴァル
長くなったので分割しようかとも思ったけどテンポが悪くなるのでそのまま投稿じゃい!
俺だって聖騎士に成りたかった――
少年パーシヴァルは物語の英雄に憧れた。村の大人が語り聞かせてくれた、ある聖騎士の物語だ。
修業を終えた聖騎士が旅の途中に襲われていたお姫様を助け、そのまま恋人となり、邪悪な魔竜や悪の王国を打ち倒して末永く幸せに暮らす……そんな何処にでも有り触れた物語が大好きだった。
『僕は人々を救い、邪悪な奴らをやっつける聖騎士になる!』
そんな憧れが夢になったのは彼が読み書きと計算を教わり出した頃である。
突如として村を襲った魔猪を流浪の騎士が倒してみせたのだ。
使い古された槍の一突きで魔猪の心臓を貫き、村を救った彼の勇姿が脳裏に焼き付いて忘れられない。
あの騎士のように颯爽と現れては強大な敵を打ち倒し、弱き者を救う騎士に成りたい……物語でしか知らなかった英雄が現実に現れた事で、少年パーシヴァルにとって聖騎士は地に足が着いた将来となった。
『アンタには無理よ! 私よりも弱いんだから!』
そんなパーシヴァルにいつも突っかかって来ていたのは隣に住む幼馴染の少女だった。
彼女はパーシヴァルよりも剣才があり、事ある毎に『聖騎士は諦めてこの村で暮らせば良い』と言っていた。
なまじ剣の試合で勝てない事実がパーシヴァルから反論する術を奪っていた。
好きな女の子に負けて年相応に泣きじゃくり、一度は自信を失って、それでも次の日になれば少年はただ黙って夢に向かって剣を振るい続ける。
『ねぇ聞いてるの!? 剣よりもお野菜作りましょうよ!!』
『……』
『ねぇってば!』
『うるさいなぁ……』
パーシヴァルは段々と少女の事を疎ましく思うようになった。
そんなに畑仕事が好きなら勝手にすれば良いじゃないかと、僕の修行を邪魔するなと、少女が突っかかれば突っかかるほどパーシヴァルは態度を硬化させた。
『君は槍の方が向いているね、もちろん剣の才能もあるけれど』
そんな日々を送っていた時、パーシヴァル達の村へと流浪の騎士が再び訪れこう言ったのだ。
国に仕える聖騎士となっていた彼は、旅行中だった皇帝一家の護衛として働いていたが、空いた時間にこうしてパーシヴァルに稽古を付けてくれていた。
少年パーシヴァルの才能が開花した瞬間である。
『まさか聖なる誓いまで覚えるなんてね』
流浪の騎士が滞在していた一週間でパーシヴァルは少女に稽古試合で勝てるようになり、聖騎士になる為に絶対に必要なものを覚えた。
パーシヴァルに負けた事がショックだったのか、それ以降少女は口煩く言うのを止め、彼の隣で黙々と剣を振るうようになった。
何時しか村の中でパーシヴァルと少女の二人が騎士になるのだろうという共通認識が生まれる。
その認識の通り、二人は十五歳になった頃に上京して騎士の試験に見事合格する。
『部隊は別れたが、お互いに頑張ろう』
『……えぇ』
せっかく騎士と成れたのに浮かない顔をしている幼馴染の少女が、パーシヴァルは少し気に食わなかった。
だがそれでもパーシヴァルの胸は騎士としての生活に対する期待と、憧れの人と同じ人物――皇帝に仕える事ができるという事実に浮かれていて、少女のおかしな様子はすぐに頭の中から消えていった。
『お主、その歳で誓いを行えるそうだな』
『はっ!』
試験に合格した者たちを正式な騎士として認め迎える式典の最中、最後に名を呼ばれたパーシヴァルは顔の見えない皇帝から直々に声を掛けられた。
事前に聞いていた段取りに無く、周囲の官僚達の気配がざわめいた事から、これが本当に予定のないやり取りであると察する。皇帝のその場の思い付き、独断であると。
『どうだ? その場限りの誓いだけでなく、生涯に渡る誓い――聖約とも云うべき誓いはもう行ったのか?』
『いえ、まだです』
パーシヴァルは即席でその場限りの制約を自らに課し、一時的な対価を受け取る誓いは日常的に行っていた。
しかし聖なる誓いの本質とも云うべき、生涯に渡る誓約は行っていなかった。
誓いとは自らの道を定める行為であり、一度結んでしまえば途中で修正する事は出来ない。得てして自らの誓いが弱点となり、敵に陥れられて亡くなってしまう聖騎士の話は少なくない。
有名な話で一騎討ちを絶対に断らない聖騎士が、休む暇もなく一万の敵に決闘を申し込まれて最終的に一万と一人目で力尽きて亡くなったという逸話がある。
そのためパーシヴァルは未だに自らの道を決めてはいなかった。
『ふむ、ではどうだ? この場で行う騎士の誓いをそのまま聖約とするのは?』
この式典で騎士となる者は、必ず玉座の皇帝へ『私は主君の忠実な剣となる』と誓わなければならない。
それを本物にしてはどうかという皇帝直々の提案……簡単に断れる筈もないが、当時のパーシヴァルは丁度いいと考えていた。
国に仕える騎士が皇帝に従うのは当たり前の話であり、自らの忠義を裏切らなければ良いだけの話で敵に付け込まれる隙は無いと考えたのだ。
横目で幼馴染の様子を確認すれば、彼女は無言で『やめて』と訴えていた。それをパーシヴァルは無視した。
『――私は主君の忠実な剣となる』
ここがパーシヴァルの人生の分岐点であった。
『村を襲う魔獣を仕留めよ』
『腹心の警護をせよ』
『遠征に参加せよ』
騎士らしい仕事から茶汲みまで、パーシヴァルは皇帝に命じられた事はなんでもこなして見せた。そう誓ったからだ。
皇帝は絶対に逆らわないパーシヴァルを重用し始め、同期とは明確に差がついた。幼馴染とは疎遠になり、憧れだった聖騎士とも顔を合わせなくなる。
少し寂しい気がしながらも、何処に居ようと同じ主君に仕えているという事実がパーシヴァルを楽観的にさせていた。
『〇〇市の代官を拘束せよ』
『重罪人の娘を捕らえよ』
『秘密裏に結成された武装組織を解散させよ』
『村ぐるみで税を納めない者たちを連行せよ』
『謀反を企てた貴族を処刑せよ』
しかし段々とパーシヴァルに下される命令がきな臭い物になっていく。
善政を敷く事で有名な代官を拘束し、世間知らずで何も知らなさそうな令嬢を捕らえ、木の棒や鍬を持った農民達を追い立て、痩せ細って既に死にかけている村人達を連行し、新米騎士であった頃にパーシヴァルの面倒を見てくれていた貴族の邸宅に押し入り、その首を討ち取る。
そういった任務が連続した事でパーシヴァルの中に疑問が生まれる――本当に自分は騎士として誇らしい仕事をしているのだろうかと。
どんなに表向きは良い人物であろうと裏では悪い事をしていたのだろう、何も知らなさそうなのは自分を騙そうとしていたのだろう、木の棒や鍬だって立派な凶器になるだろう、どれだけ見た目が酷くても法は守らなればならないだろう、長く生きていれば野心を抱く事もあるだろう……そう自分に言い聞かせていても違和感は拭えず、最後に見た彼らの顔が忘れられない。
口惜しい顔、無邪気に笑いかける顔、怯える顔、全てを諦め絶望した顔、哀れな者を見る仕方なさそうな顔……彼ら彼女らは本当に騎士が倒すべき悪だったのだろうか。
『それを棄てて参れ』
『……これは?』
『もう必要ないモノだ』
大きな麻袋を渡され、困惑しつつもパーシヴァルはそれを裏庭の焼却場へと運んだ。
騎士の仕事かと思ったが、最近は自分の忠義に疑問を挟む様な気が滅入る命令が立て続いていた事もあり、気楽な命令で良かったと思い直す事にした。
大きな焼却場へと麻袋を投げ入れ、これで終わりかとぼんやりしていたパーシヴァルの目に何かが映り込む。
『――』
それはパーシヴァル自ら捕らえた重罪人の娘であった。
麻袋の口を留めていた紐が切れていたのか、パーシヴァルが投げ入れた衝撃で中から転がり出て来たのだ。
激しい暴行と暴力の痕が生々しく遺るその死体と目が合った。
自分が何故捕まったのかも理解しておらず、無邪気に騎士についてパーシヴァルに質問を続けた笑顔は無い。
『陛下! あれはいったい!』
『なんだ? 中を見たのか?』
『まだ裁判中だった筈です! そうでなくてもあの様な末路など……!!』
パーシヴァルの叫びに煩わしそうに顔を顰めた皇帝は、葉巻に火を付けながら口を開いた。
『常識で考えろ。あのような世間知らずの娘が重罪など犯せる筈がなかろう』
『は?』
『あれの父親が民主派でな、見せしめも兼ねておる。てっきり分かった上で従っていたと思っておったぞ? お前も案外鈍い男よな』
『――』
人々を守り、弱き者を救う――そんなパーシヴァルの夢が壊れた瞬間だった。
『お前は主君の忠実な剣なのだろう? これからも励むがいい』
敵でも裏切り者でもない、自らの神聖な誓いに泥を塗ったのは他ならぬ主君であった。
『……あぁ、そうそう、最近は民主派や反乱分子が調子に乗っておってな、近く民主派の重鎮が帝都を脱出するらしいのでそれを襲え』
何の罪もない、ただ自分にとって都合の悪い臣下の暗殺を命じられ、誓いによってそれに抗う事も出来ず、パーシヴァルはこれ以上の絶望と失望は無いだろうと思った。
『はァ!!』
『ぐぁ!!』
ただ主君に命じられたまま民主派の重鎮が乗った馬車を襲い、それらを守る裏切りの騎士達と切り結ぶ。
彼らは国を裏切った訳では無い、ただ騎士なら誰もが誓う『私は主君の忠実な剣となる』という言葉を翻し、皇帝を見限っただけだ。
それでも誓いを破り、主君を裏切った事に変わりはない。彼らを皇帝は絶対に許さない。
『やめろ! お前だって分かっているんだろう!?』
『……』
『目を覚ませ!! パーシヴァル!!』
兜の奥から聞こえる知り合いの声――護衛騎士の中に同僚が何人か居るらしいと察して、パーシヴァルは唇を噛み締めた。
彼らの呼び掛けは決して打算から来るものではなく、道を踏み外した仲間を想う気持ちに溢れていた。
本気でパーシヴァルを殺そうとする動きはなく、あくまでも制圧目的の戦い方で、苦しくも悲しそうに声を張り上げる。
いくらかつての同僚に声を掛けられてもパーシヴァルはその手を取れない。一度主君に命じられた事は必ず完遂しなければならない。そういう誓いだからだ。
唯唯諾諾と任務を遂行し、殺したくもない彼らの息の根を止めなければならない。
『……』
相手への情で本気で戦えなかった者と、誓いに縛られ全力で槍を奮った者――気が付けばパーシヴァルは戦友達の屍の中に佇んでいた。
『誓いとは難儀なものであるの』
馬車の中から声を掛ける老人。
『世間知らずの田舎者が、ようやく闇を知ったというところか』
これから自分に殺されるというのに、やけにふてぶてしいその老貴族。
『あぁ、陛下に伝えておいてくれるか――悪の王国は聖騎士に打ち倒されるのが常であるとな』
『……遺言はそれだけか?』
『うむ、殺るといい』
命乞いはせず、最期まで前を見据えていた老貴族の心臓をゆっくりと、しかし確実にパーシヴァルは貫いた。
『はァ……はァ……』
引き抜き、血に塗れた槍を持つ手が震える。
足から力が抜け、ズルズルと馬車を背に座り込んでしまう。
戦友の血溜まりの中で、パーシヴァルは己の手を見詰め続ける。
『……だ、から……あな、たは……』
聞こえて来た声に振り返る。
そんな筈はない、有り得ない、違う違う違う――そんな支離滅裂な思考とは裏腹に、パーシヴァルの手はそっと近くに倒れた騎士の兜を剥ぎ取った。
『わたしと、野菜を作っ……てれ、ば……良かったの……よ……』
幼馴染の女騎士が、虚ろな目でパーシヴァルを見上げていた。
パーシヴァルの中で何かが折れた音がした。
『あぁ、本当にそう思うよ』
吐き捨てるように呟いたパーシヴァルは、新たな誓いを結ぶ。
この痛みを、自分の罪を、彼女を……全てを忘れないという誓いを。
この時、決して癒えない心の傷を象徴するかのように不治疵の槍は発現した。第二の聖約が成立したのである。
この槍でパーシヴァルは禁域の魔獣を、隣国に加担した憧れの聖騎士を命じられるがまま討伐し、幼い頃に思い描いてた姿とは程遠い聖騎士と成った。
パーシヴァルは今でもたまに溢す――僕は聖騎士に成りたかったんだと。
皇帝の娘であるルクレツィアは、ひ孫と言われても納得するくらい歳が離れてます。
パーシヴァルの回想に出て来た皇帝と、ルクレツィアの父親は同一人物です。
良かったらブックマーク登録、感想、レビュー、評価ポイントをよろしくね!面白くなかったら星1でもいいよ!




