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味覚の抵抗者  作者: ayeaye
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第一章:偶然の出会い

第一章:偶然の出会い (1/4)


ベレニアの首都ヴェロシアは、古き良きものと新しいものが絶妙に融合した都市であった。歴史を感じさせる石畳の道を歩けば、どこかで必ず現代的なオフィスビルのガラス窓が陽光を反射している。そんなヴェロシアの片隅で、ひときわ存在感を放つレストラン「ゼラニア」の扉が静かに開いた。


厨房の奥で、白い料理人服に身を包んだ若い女性が熱心に野菜を刻んでいる。リナ・マロヴィッチ、22歳。ゼラニアの新進気鋭のシェフだ。彼女の手さばきは素早く正確で、まるで野菜に語りかけるかのようだ。


「リナ、今日のスペシャルは?」


厨房に響き渡る声は、ゼラニアのオーナーシェフ、マルコのものだった。リナは包丁を置くと、晴れやかな笑顔を見せた。


「はい、マルコさん。今日は春野菜のラグーと子羊のロースト、そしてベリーのタルトを予定しています」


マルコは満足そうにうなずくと、リナの肩に手を置いた。


「リナ、君の料理は本当に素晴らしい。ゲストを驚かせ続けているよ」


リナはマルコの言葉に感謝の意を示すと、再び野菜に向き合った。彼女にとって、料理は単なる仕事ではない。野菜や肉、ハーブなどの食材と向き合い、それらの持つ本来の味を引き出し、新しい創造へと昇華させること。それがリナの情熱であり、生きがいだった。


彼女が野菜を刻む音を聞きながら、マルコは思わず微笑んだ。リナの料理への真摯な姿勢は、ゼラニアの心臓部だ。そんなリナが生み出す料理は、訪れる人々を魅了し、リピーターを増やしていた。


リナが seasonal野菜を使ったメニューを考案している間も、彼女が切り捨てる野菜くずを1つ残さず使った一品を提供していることを、常連客は知っているのだ。リナの料理への真摯な姿勢と、食材を大切にする姿勢は、まさにベレニアの豊かさを体現していた。


そんなある日、リナの料理人人生を大きく変える出来事が起こる。何気ない春の日の、何気ないランチタイムのことだった。



いつものように昼食の準備に追われるリナだったが、この日は何かが違っていた。厨房のスタッフたちがいつになく緊張している。ゼラニアにVIP客が来るという噂が広まっていたのだ。


リナはこの噂を聞いても、特に気にする様子もなく、いつも通り丁寧に料理を作っていた。彼女にとって、お客様はみな平等だった。VIPだろうが、そうでなかろうが、自分の料理で最高のおもてなしをすることに変わりはない。


しかし、噂は事実となった。昼食時、黒いスーツに身を包んだ警護のような男たちが、一人の男性を囲むようにしてゼラニアに入ってきたのだ。その男性は、他でもない、ベレニアの独裁者、アレクサンドル・カレノフその人だった。


カレノフがゼラニアに来るとは誰も予想していなかった。彼は通常、高級レストランか、自分の宮殿で食事をとることで知られていた。そんな彼がなぜ、このような一般的なレストランに来たのか。店内は一瞬にして緊張に包まれた。


マルコは慌てて厨房に飛び込んできた。


「リナ、大変だ。あのアレクサンドル・カレノフが来店したよ」


リナは驚いたが、すぐに冷静さを取り戻した。


「マルコさん、お客様はお客様です。私たちは、いつも通り最高の料理を提供しましょう」


マルコはリナの言葉に勇気づけられた。彼女のプロ意識の高さと冷静さは、いつも周りの人を惹きつけた。


「そうだね。君の言う通りだ。さあ、ベストを尽くそう」


リナはメニューを確認し、カレノフのために特別なコース料理を考え始めた。彼女は地元の食材を使って、ベレニアの伝統的な料理をアレンジすることにした。リナは、この機会にベレニアの豊かさと美しさを、料理を通して表現したいと考えたのだ。


厨房は緊張感に包まれながらも、いつになくシンクロし、効率的に動いていた。リナのリーダーシップと、彼女の料理への情熱が、チーム全体を鼓舞していた。


リナが心を込めて準備したコース料理は、前菜からデザートまで、見事に調和がとれていた。彼女は伝統的なベレニア料理であるクルバンを、現代的にアレンジしていた。仔羊の肉を赤ワインとハーブでマリネし、じっくりと火を通すことで、柔らかく風味豊かに仕上げたのだ。


料理がカレノフのテーブルに運ばれる際、リナは厨房の扉から様子を伺っていた。カレノフが最初の一口を口に運んだ瞬間、彼の表情が変化したのを、リナは見逃さなかった。その表情は、驚きと満足が入り混じったものだった。


カレノフは料理を堪能しながら、側近の一人に何かを耳打ちした。するとその側近は、マルコを呼び、カレノフとの会話を始めた。リナにはその会話の内容は聞こえなかったが、マルコの驚いた表情から、何か重大なことが起こっているのは明らかだった。


数分後、マルコがリナを厨房から呼び出した。


「リナ、カレノフ閣下があなたに会いたいと仰っています」


リナは驚いたが、落ち着いて頷くと、マルコについてカレノフのテーブルへ向かった。カレノフはリナを見ると、にこやかに微笑んだ。


「あなたが、この素晴らしい料理を作ったシェフですか?」


「はい、閣下。私はリナ・マロヴィッチと申します」


リナは丁重に答えた。カレノフはリナを見つめながら、静かに語り始めた。


「リナ、あなたの料理は素晴らしい。ベレニアの伝統を大切にしながら、新しい味を生み出す。まさに、私が求めていたものです」


リナは、カレノフの言葉の真意を測りかねていた。しかし、次の言葉で、全てが明らかになった。


「リナ、私の宮殿で、私の専属シェフとして働いてもらえませんか?」


その申し出は、リナにとって青天の霹靂だった。独裁者の専属シェフ。それは名誉ある役割だが、同時に大きな責任が伴う。リナは戸惑いを隠せずにいた。


カレノフはリナの沈黙を見て取ると、微笑んだ。


「ご返事は、今すぐでなくても構いません。時間をかけて考えてください。私はあなたの答えを待っています」


そう言い残すと、カレノフは立ち上がり、店を後にした。リナは、自分の人生が大きく変わる予感に包まれながら、そこに立ち尽くしていた。



リナは、カレノフの申し出に対する返事を保留にしたまま、その日の仕事を終えた。彼女の頭の中は、様々な思いで渦巻いていた。独裁者の専属シェフになるということは、単に料理人としてのスキルが認められたということだけではない。政治的な影響力を持つ立場に立つことを意味していた。


帰宅後、リナは両親に今日の出来事を話した。両親は驚き、そして心配そうな表情を浮かべた。


「リナ、それは名誉なことだけど、危険も伴うわ」と母親は言った。

「でも、こんなチャンスは二度とないかもしれない」と父親は付け加えた。


リナは両親の言葉を聞きながら、自分の中で答えを探していた。彼女にとって料理は、単なる仕事ではなく、人生そのものだった。そして、この申し出は、自分の料理を通して、もっと多くの人々に影響を与えられる機会なのかもしれない。


一晩中考え抜いた末、リナは決心した。彼女は、カレノフの申し出を受けることにしたのだ。それは、自分の料理人としての人生を、新しいステージへと導く決断でもあった。


翌日、リナはカレノフの宮殿を訪れた。荘厳な宮殿の前に立ったとき、リナは自分の決断の重みを改めて感じずにはいられなかった。


リナを出迎えたのは、カレノフの秘書官であるエドゥアルドだった。エドゥアルドはリナを宮殿の中へと案内し、カレノフの執務室へと導いた。


「リナ、来てくれてありがとう」


カレノフは笑顔で迎えた。リナは深く頭を下げ、礼をした。


「閣下、私は、あなたの申し出を受けることにしました。私の料理で、あなたとベレニアの人々に貢献したいと思います」


カレノフはリナの言葉に満足そうに頷いた。


「よく決断してくれました。あなたの料理は、ベレニアに新しい風を吹き込むでしょう」


こうして、リナ・マロヴィッチは、ベレニアの独裁者アレクサンドル・カレノフの専属シェフとなった。彼女は、自分の料理が、単なる食事以上の意味を持つことになるとは、まだ知る由もなかった。リナの料理人としての新たな旅が、ここから始まったのだ。


彼女の決断は、自身の人生だけでなく、ベレニアの未来をも大きく変えることになる。料理を通して、人々の心に変化を起こすことができるのだと、リナはまだ気づいていなかった。しかし、彼女の料理の旅は、そんな大きな影響力を秘めていたのだ。

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