第3話 せめて、人間らしく
どんな感情よりも先に、体が動いていた。
エリカの両手の中に2丁の短銃が現れる。見た目こそはフリントロック式のピストルだが、実態は魔力を放つ魔導具だ。暴力団御用達のトカレフやマカロフといった拳銃とは威力は桁違い。
(魔力が尽きるまで撃ち続けてやる)
首が動かない不自然な姿勢だけれど、両手を持ち上げ正確に目標を捉える。そして躊躇なくその引き金を引いた。銃口からは炎そのもので形作られた赤い弾丸が白い尾を引いて発射される。
しかし、エリカの思惑を外れて弾丸は明後日の方向へと飛んでいってしまう。
激痛が走り、両手の感覚がないことに気づく。
両手両肩計4発。それぞれが正確にエリカの身体を貫き、少女の戦闘能力を奪っていた。
シキは違法薬物の入ったケースを手に取ると、悠然とエリカの前に戻ってくる。
「跳弾撃ちって奴です。私には弾道操作なんて器用な真似はできませんから」
外套の隙間からライフルが見える。その銃口は地面を向いたままだ。
地面を打ち、弾丸を天井で反射させエリカを打ち抜いたと、この女は言っているのだ。
「しかし、迷いもなく仲間である魔法少女を殺そうとするとは、アナタ本当に終わってますね。」
シキは愚痴をこぼすように繰り返してつぶやく。
エリカの顔にはただ絶望の表情しかなかった。もはや抵抗は諦めたとばかりその両目を閉じる。
そして、そのすべては芝居だった。心の底ではエリカは諦めたわけではなかった。むしろ、勝利を確信してさえいた。
彼女の銃弾は、敵を貫くためだけのものではない。すべての炎は彼女のコントロール下にある。炎の弾丸はいくつもの仕掛けの起点となる。それがエリカのスタイルだ。
飛び去った弾丸は、シキの死角へ回り込むと方向を変え、その首筋めがけて一直線に迫っていた。とっておきのプランBだ。
(貫け!)
だが、エリカが完全に掌握していたはずの「それ」は、突如として掻き消えてしまった。不意に目が開き、事態を確認しようとする。
「ふふふ。猿芝居。嫌いじゃないですよ。慢心せず予備のプランを用意する姿勢はさすがはエースといったところでしょうか。しかし、頭の方はあまり良くないようですね。いま、貴方が考えるべきは、なぜ私があなたを殺さないかですよ。まさか、首皮一枚残っているのが私の腕のせいだと思っていますか。アナタの命を握っているのが私だと理解してもらえば十分だと言ってるじゃないですか」
そこまでいうとシキは右足を大きく持ち上げ、エリカの頭をめがけて勢いよくそれを振り下ろした。
足の軌道はわずかにズレ、右耳を掠るようにして地面を打つ。
「アナタは屈服させるだけなら、そのお顔を踏みつけたっていいんですが、私は淑女ですから、そんなことはしませんよ。こうやって丁寧に1から10までお話しているのは、アナタが人間だからです。人間は、他人の言葉を理解し、己が行動を反省し、他者を信頼して、自分を変えることができる。分かりますか? ね、分かります? 」
シキは作り物のような笑顔でエリカの顔を覗き込む。
エリカはもう完全に打ちのめされていたが、それでも屈服しないのは、生来の強すぎる個性ゆえか。シキが求めているものがエリカの肯定だとは気づいたが、敢えて無視した。
「わざわざ喉を打ち抜いた理由はもう一つあります。私もまだまだ未熟でして、無駄ってのが嫌いなんです。たーとーえーばー、人が話してるところに割り込んで口を動かすような馬鹿です。言い訳や命乞いを繰り返されるのだけは、どうにも我慢ができないのです。つまり何が言いたいかというと……」
シキは、懐からガラスの瓶を取り出すと、ドロリとした薄緑色の液体をエリカの傷口に振りかけた。
液体は体の中に吸い込まれるように消えるとともに、傷口がぶくぶくと泡立ち瞬く間に塞がっていった。
エリカはゆくっりと喉をさすると、声が戻ったことを確信した。悪態の一つもつきたかったけれど、無駄口をたたけばもう一度、喉を撃ち抜くとこの女は言いたいのだ。それは理解した。
「馬鹿ではない、良いことです。その調子。ちょっと手荒なことをしましたが、これからは人と人の関係を築いていきましょう。まずは、このいけない白い粉を焼却してもらえますか」
エリカは黙って状態を起こすと、ライターでシキの手にしたカバンを炙る。炎は真っ赤なガラス玉のようにカバンを包み込む。煮えたぎるマグマの様に輝いたそれは、少しずつ半径を小さくしていき、やがて点となって消滅した。
「素晴らしい。これで殺人の件は水に流すとしましょう」
満足したようにうなずくシキ。
「何?帰っていいの?」
「そんなわけないじゃないですか。そろそろ頭を使ってください。私が説明するばかりじゃ、アナタもつまらないでしょ」
「私も十分痛い目にあったし、今回はこれで終わりかなって?」
すっかり傷も癒え、心の方も落ち着いてきたエリカ。
命のやり取りを終えたばかりだが、すでに緊張感を失っていた。
「はぁ。罪の意識が全くないようですね。殺人はあくまで人の法です、本来は私が関与するところではありません。が、魔法少女のルールに違反したことが許されるわけではないですよ。それももう、ほとんど取り返しがつかない状況です」
呆れたように首を振る。
「私のどこが取り返しのつかない状況だって!!あんたに何が分かるんだ……なーんちゃって、実はもうすっかり自覚してたりしまーす。やっぱり、私ダメな子だよね、てへぺろ」
一瞬、激高する振りをみせて、すぐにお道化た調子で答える。
「すぐに自分を卑下するのは、甘えた人生観の裏返しですよ。アナタはアナタなりにこれから頑張ってもらう必要がありますから」
「なんだよう。勿体ぶらずにあんたが何をしに来たのか話してよ」
シキというのが只モノではないことは十分に理解できている。そんな大物がわざわざやってきて、何をさせるつもりだろうか。
(私だったら不良品は始末するか、徹底的に無視をするかだと思うのだけれど。)
「今日から私のことは師匠と呼びなさい。そして人間と人間のつきあいをしていきましょう」
シキはとても充実した様子で笑顔を見せ、エリカの両手を握る。得体のしれないこの女だが、どうやら、この瞬間だけは嘘偽りなどが全くないのだとその澄んだ瞳が証明していた。
「はぁ? なんかものすごく面倒くさいんですけど!!」
エリカはシキが死神よりもずっと恐ろしい類の魔法少女なのだと、理解した。