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試合当日

(なんか、この雰囲気懐かしいな)


 大会が行われる体育館は中も外も人でいっぱいで、これから試合なのだということを否が応でも意識させられる。


 そう言えば、部活の時もこんな感じだったな、と感慨に耽っていると、


「よっす、晃晴」


 ぽふんと肩の辺りを叩かれたので、振り返る。


 声からして分かっていたが、少し視線を下ろすと、こっちを勝ち気な笑みを浮かべて見上げている心鳴がいた。


「はよ。……咲は一緒じゃないのか?」

「さっきまで一緒だったけど、応援に来てる知り合いに少し挨拶してくるってさ。そっちこそゆうゆと一緒じゃないんだ」

「学校の奴らも見に来るわけだし、わざわざ一緒に来るのはな。周りは俺たちの住居事情なんて知らないんだし、待ち合わせしてまで来たのかとか思われるだろ」


 周りからの視線に少し自意識過剰過ぎかとも思ったが、わざわざ自分たちから進んだ話題という薪を提供する必要はない。


 どのみち、会場で合流するという話になっている上、そろそろ侑たちも着く頃のはずだ。


 などと思っていると、人混みの中でも目立つ2人分の白髪を見つけた。


 向こうも偶然こっちに気がついたらしく、周りからの視線を引き連れて、こっちに向かってくる。


「おはようございます、心鳴ちゃん」

 

 ぺこりと侑がお辞儀をした。


 晃晴に挨拶がないのは、既に朝、会っているというよりは、朝食を共にしているからだ。


「おっはよー、ゆうゆー。って、もしかしてそっちの子が噂の妹ちゃん?」


 心鳴の視線がひまりの頭に向かい、それから顔へと向かう。


 ここまで侑と似たような容姿をしていれば、誰でも血縁関係があると判断するだろうが、心鳴の口ぶりからして、恐らくどこかしらのタイミングでひまりの存在を聞いていたのだろう。


「え、えっと……初めまして。お姉ちゃ……侑の従姉妹で義理の妹の姫川ひまりです」


 表情からは分かりづらいが、初対面の相手を前に人見知りを発動しているのか、ひまりの雰囲気と声は硬いように思える。


「初めましてーお姉ちゃんの大親友やらせてもらってます! 有沢心鳴です! よろしくね、ひまりん! あたしのことも心鳴でいいから」

「え、あ、う、うん。よ、よろしく……」

「急にあだ名呼びはやめてやれよ。距離の詰め方を考えろ」


 初対面の距離感など関係ないと言わんばかりにアクセル全開で踏み込む心鳴に呆れてしまう。


 あと、咲然り、勝手に人の親友を自負しないと気が済まないのだろうか。


「いやいや、考えた結果だから。この人なら大丈夫そうとか判断してるに決まってんじゃん」


 そうだとしてもよく一瞬でそこまで判断出来るものだ。


「……ちょっとビックリしただけだから。距離感は向こうにいた時、周りは皆大体こんな感じだったし、慣れてるよ」

「コミュニケーションの取り方がアメリカン染みてるってさ」

「つまりあたしは世界でも通用するってことだね。さすがあたし」

「それはさすがに過言なのでは?」


 胸を張った心鳴に侑が苦笑を漏らす。


 和やかな雰囲気は、いい感じに緊張を解してくれているが、そろそろ開会式の時間が迫っているので、いつまでもここで談笑を続けているわけにもいかない。


「晃晴ー、そろそろ行くぞー」


 ちょうどそこに咲が呼びかけてきた。


 隣には途中で合流したのだろう、こっちに向かって片手を挙げる颯太の姿もある。


 ああ、と返事をして駆け出しつつ、侑たちの方へ振り返る。


「じゃあ、またあとでな」


 晃晴は返事を待たずに小走りで咲と颯太の元へ向かうのだった。






「はい、これ。日向のユニフォーム」


 開会式に出る前に着替えようと、入った更衣室で颯太から袋を手渡された。


「ああ」


 受け取り、袋から中身を取り出せば、16という番号と晃晴たちの学校名がローマ字で記された、青色と白色のユニフォーム。


 青色の方はロゴが白色で、白色の方はロゴが青のよくあるタイプだ。


「どっちから着ればいいんだ?」


 ユニフォームの色は相手チームと被らないようにしないといけないので、隣で着替えていた咲に問う。


「青だってさ」


 答えながら青の15番のユニフォームに着替えた咲が、上からシャツを着用する。


 それを横目で見ながら、「ん」と短く返し、晃晴も同じようにユニフォームに着替え、シャツを着ていると、


「日向、お前結構いい身体してるな」


 先に13番のユニフォームに着替え終わっていた大樹が上から下まで視線を流し、声をかけてきた。


 褒められているのは分かるのだが、あまり他人からジロジロと身体を眺められるのはいい気分はせず、思わず眉を寄せてしまう。


「……なんだ急に」

「おっと、悪い。身体を鍛えてると他人の筋肉もどうにも気になっちまってな」

「これ大樹のいつも通りだから。発言はちょっとあっちの人っぽいけど、他意はまるでないから安心していいよ」


 12番のユニフォーム姿の颯太がフォローになっているのかよく分からないフォローを口にすると、


「もしそうならイケメンを目の敵にしねえよ」


 大樹がケッと説得力があり過ぎる言葉を吐き出した。


「けど、大樹に身体のこと相談すると的確にアドバイスしてくれるし、僕はいつも助かってるよ」


 そこに今まで黙って話を聞いていた14番のユニフォーム姿の宗介がニコッと大樹に笑いかける。


「……なるほど。お前はその笑みで今の彼女を落としたんだな。参考になるぜ」

「いや、大樹がそれをやると女子は泣くだろ」

「てめえ若槻この野郎誰の顔が極悪人だあぁん?」

「自分で言ってんじゃねえかよ」


 持ち前の三白眼を活かし、絵に描いたようなガンを飛ばす大樹をけらけらと笑いながら、咲があしらう。


 そんな2人の様子を見ていた晃晴たちもそれぞれが笑うと、開会式が始まるというアナウンスが流れたので、フロアに移動する。


 フロア内にはそこそこの数のチームがいて、予想以上の参加人数に少々驚いてしまう。


 すぐに開会式が始まったのだが、開会式と言っても名ばかりのもので、主催者らしき人物の挨拶だけという簡素なものだったので、そこまで時間がかからずに大会は始まった。


 式が終わってから、試合開始までは少し時間があるので、一旦颯太たちと別れ、咲と一緒に観客席にいた侑たちと合流する。


「へえ、浅宮さんの……! オレは若槻咲、こいつの幼馴染で、晃晴の親友やらせてもらってます。よろしく」

「う、うん。よろしく」


 咲とひまりの簡単な自己紹介が終わると、心鳴がスマホを片手に構えた。


「咲、晃晴も。ユニ姿見せてよ。写真撮りたい」

「いいけど、見てもそんな面白いもんじゃないだろ」

「いやいや、レアっしょ。部活入るわけじゃないんだし、これが最後なんだから。ね、ゆうゆも見たいよね」

「はい、私も見てみたいです」


 元々断るつもりもなかったが、侑に言われればなお断るわけにもいかない。


(……やっぱ俺、侑に甘過ぎかもな)


 軽く鼻を鳴らしてから、上に着ていたシャツを脱ぎ、咲と並んで立つ。


「おーいいじゃん2人とも。似合う似合う」

「ま、モデルがいいもんで」


 咲が得意気に笑い、肩を組んできて、心鳴が構えるスマホに視線を送る。


 晃晴は特に肩を組み返すこともなく、自然体のままでレンズの方を見ると、


「あの、晃晴くん」

「なんだ?」

「……とても似合ってます。カッコいいですよ」


 微笑みと共にそんなことを言われ、面映くなった晃晴はレンズから、というよりは、正確には侑から目を逸らし、ぶっきらぼうに呟く。


「……そりゃどうも」

「ふふっ、ひまりちゃんもそう思いますよね?」

「……うん。似合ってると思うよ」


 照れ隠しだということは気づかれているらしく、追撃に侑のくすくすという笑い声と、ひまりの賛辞が聞こえてきて、晃晴は更に仏頂面になった。


 表情を直す間もなく、「いくよー」という声のあと、パシャリという音がして、晃晴と咲のユニフォーム姿が撮影されてしまう。


「ん、オッケー。よく撮れてるよ。ほら」


 見せられたスマホには、ニッと歯を見せて笑う咲と、視線をレンズから逸らし、照れ隠しの仏頂面を浮かべる晃晴の姿が写っていた。


「……なにもこんなタイミングで撮らなくてもいいだろ」

「いいじゃん、晃晴らしいよ」

「仏頂面が俺らしいのかよ」

「うん。ね」


 心鳴が同意を求めると、侑は苦笑を漏らし、ひまりはスッと視線を逸らした。


 咲もうんうんと頷いているので、どうやらこの場に味方はいないらしい。


 自覚はあるが、他人から言われるのは受け入れづらいものがある。


 どうにも釈然としないままでいると、


「——よぉ、若槻」


 この場にいた誰でもない、第3者の声がして全員が反射的にそっちを向く。


 すると、「「げっ」」という咲と心鳴の心底嫌そうな声が重なった。


 そこには、咲と心鳴の中学時代の同級生であり、今日の初戦で当たる相手でもある榎本が立っていた。


 榎本は、咲と心鳴が嫌そうな顔をしているのに気がついているはずなのに、それを無視するようにニヤニヤと笑いながら近づいてくる。


「……なんか用か」

「おいおいなんだよ冷てえなあ。ただたまたま近くを通りかかったから挨拶しに来ただけだよ」

「はんっ、どうだか」


 あまりに白々しいもの言いに、心鳴が鼻を鳴らした。


「んじゃ、用は済んだな? とっととチームのところに戻れよ。それともハブられてんの?」

「はっ、雑魚が女の前だからってイキってんじゃねえよ」


 咲の嫌味にも榎本は不遜な態度を崩さない。


 それどころか、嫌な感じの笑みを深め、口を開いた。


「今日は彼女の前で無様にボロボロになる姿を晒しに来たんだろ? わざわざご苦労様。これがきっかけで破局することになって、有沢と俺が付き合うことになっても恨むなよ?」


 まるで、どうあっても、自分が心鳴と付き合うことは確定しているという口ぶりだ。


 榎本の妄言を聞いていた心鳴が「付き合わねえっての」と毒を吐いているのは果たして聞こえているのだろうか。


「……確かに、オレじゃ100回やっても99回は確実に負けるだろうなー」


 咲がいつも通りの軽薄そうな笑みを浮かべ、やけに軽い口調で言いつつ、肩を竦める。


 そんな咲に対し、榎本が勢いづいて、更になにかを言おうとするより早く、咲が榎本の前に躍り出た。


「——けど、その1回。今日だけは死んでも勝つ」


 そう宣言する咲の顔には、さっきまでの軽薄そうな笑みは既に浮かんでおらず、必ず勝つという強い意志を感じる目で榎本を睨みつけていた。


 榎本はそんな咲の気迫に押されたように「……っ」と息を呑んだ。


 それから、一瞬だけ怯んでしまったという事実に気がついたらしく、恥じるようにギリリと咲を睨み返す。


「絶対ぶっ潰してやる……!」


 榎本はそれだけ言い残し、踵を返して去っていった。


 ようやく、緊張感がこの場からなくなり、咲が「ふう」と息を吐き出す。


「ごめん、姫川さん。事情も知らないのにいきなりこんな空気に巻き込んで」

「……ううん。わたしは別に大丈夫」

「そっか、ならよかった。ま、気になるならココに聞いてくれ」


 話を区切るように、グイーッと伸びをした咲が「おしっ」とこっちを見る。


「んじゃ、行くとしますか」

「ああ」


 頷き、咲の横に並ぶ。


 すると、咲が振り向き、「ココ」と真剣な声音で名前を呼んだ。


「……なに?」


 咲の真剣な雰囲気を感じ取ったらしい心鳴は、真面目な面持ちで応じる。


「オレを見ててくれよ」


 ニッと笑う咲に、心鳴が少し目を見張った。


 それから、少秒ほど間が空き、


「うん。見てるよ」


 真っ直ぐな視線が返ってきて、咲が言葉を返さずに振り返り、その視線に背中を押されるように歩き出す。


「じゃあ、俺も行ってくる」

「はい。……頑張ってください」

「頑張れ、晃晴」


 侑とひまりのエールに「おう」とだけ返してから、咲のあとを追いかける。


 先を歩いていた咲に追いつき、一緒にコート内に入ると、そこには既にチームが揃っていた。


 チームに合流し、試合前のアップをこなし、そして、いよいよ試合が始まる時刻となった。

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