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料理の練習と頼み事

「……で、なにを作るんだ?」


 買い出しの為に最寄りのスーパーにやってきた晃晴はカートを押しながら、隣を歩く侑に尋ねる。


 侑は「そうですね」と白魚のような指を顎に添え、やや考える素振りを見せてから、


「ひまりちゃんが材料を切ったりして包丁の扱いを練習出来るようなものがいいのですが……」

「ならなるべくその機会が多い料理の方がいいな」

「……わたしが教えてほしいと言ったのに、献立を決めることすら戦力外で申し訳ない……」


 侑との会話を傍で聞いていたひまりが、肩を落として小さくなってしまう。


 まあ、料理をまともにしたことがない人間にとって、献立を決めるということ自体も難易度が高いものなので、そこまで落ち込む必要はないだろう。


 大事なのは自分でやりたいと言い出し、挑戦する姿勢を見せたことなのだから、これから覚えていけばいいのだから。


「では、1口サイズで食べられるカツと付け合わせにポテトサラダとお味噌汁なんてどうでしょうか」

「メニュー自体はいいと思うけど、初心者にいきなり揚げ物は難しくないか」

「大丈夫ですよ。揚げずに作れるものにしますので」

「なら、大丈夫そうか。……まあ、主に作るのは俺じゃなくて侑たちなんだけど」


 傍から見れば、完全に自分の子供に料理を教えようとする父親と母親のような会話なのだが、2人がそれに気がつくはずもない。


「ひまりちゃんもそれでいいですか?」

「うん、大丈夫。メニューがなんだろうと、わたしにとってはどれも難易度が高いことには違いないから」

「自信満々に言わないでください。……まったく」


 呆れつつ、仕方ないなという表情を浮かべた侑は、今言った献立の材料を探して、歩き出した。


 それから、買い出しを終えてひまりの部屋へと戻ってきた。


 侑とひまりはそれぞれエプロンを着用し、早速キッチンに立っている。


 晃晴はそんな2人をたまに補助をする役目だ。


「ひまりちゃん、玉ねぎをこういう風にみじん切りにしてくれますか」

「う……いきなりなんて難しそうなことを……!」

「きちんと教えますから、ほら」

「う、うん」


 侑が慣れた様子で包丁を操り、リズミカルに玉ねぎを刻んでいけば、それを見たひまりが真似をするようにぎこちなく、とん、とん、と1回1回確かめるようにゆっくりと慎重に切っていく。


 その様子をキッチンの外から眺めていると、思わず頬が緩んでしまい、ついつい写真を撮ってしまう。


(あとで送ってやるか)


 2人の邪魔をしないように、今は写真を送らないことにし、スマホをポケットに戻す。


 そんなこんなありつつ、いつもよりも時間がかかりはしたが、テーブルの上に料理が並び始めた。


「で、出来た……」

「お疲れ様です。上手く出来ましたね」

「そ、そうかな……」


 晃晴から見ても、見た目はまったく変に思わないのだが、作った本人からしてみれば不安だらけらしい。


 ひまりの表情はどことなく不安そうに見える。


「……うん、すげえ美味そうだぞ」

「ほ、ほんとに……? 嘘言ってない……?」

「そんなこと言うかよ。それに、先生がいいんだし、そこまで心配する必要ないだろ」


 ちらりと先生の方を見ると、侑がわずかに胸を張った。


「ええ。なので、絶対大丈夫ですよ」

「……うん」


 侑と共に席につくと、不安そうだったひまりも同じく席につく。


「じゃ、いただきます」

「はい。召し上がれ」

「め、召し上がれ……!」


(そこまで緊張されると、俺まで緊張してくるというか、食べづらいな)


 不安そうにしていると、ひまりに心配をかけてしまうと思い、それを表情に出さずに箸を取り、ポテトサラダを口に入れ、咀嚼した。


「ん、美味いぞ」


 素直な感想を告げると、固唾を呑んでこっちを見守っていたひまりがまだ自信なさそうに「ほんとに……?」とおずおずと問いかけてくる。


「本当だ。というか味見したんだろ?」

「そ、それはそうだけど……やっぱりいざとなったら不安で……」

「よかったですね、ひまりちゃん。さあ、私たちもいただきましょう」


 侑が「いただきます」と食事を始めたのを見て、ようやくひまりも食事を始める。


「うん、やっぱりちゃんと美味しいです」

「あ、ありがと」

「これならきちんと練習を続ければきっと上手くなりますよ」

「そ、そうかな……?」

「もちろん。ちゃんと出来るようになるまで、私が教えますから」

「それはありがたいけど……それだとお姉ちゃん、わたしの家事を見ながら晃晴の方に行くことになるよね」


 困ったようにこっちを見てくるひまりに、軽く肩を竦めた。


「俺は自炊をしないってだけで家事が出来ないわけじゃない。せっかく仲直りしたんだし、姉妹の時間を大切にすればいい」

「で、でも……」


 ひまりが今度は侑の方を見る。


 すると、侑が目を伏せて考える素振りを見せてから顔を上げた。


「あの晃晴くん。……少し提案というか……その……お願いがあるのですが……」

「ああ、いいぞ」

「え? あ、あの、まだなにも言っていないのですけど……」

「侑が頼み事を苦手にしてるのはよく知ってるし、するにしても侑が変な頼み事してくるわけがないからな」

「……信用してくれて嬉しいのですが、ちゃんと話させてください」


 侑が困りながらも、くすぐったそうな身を浮かべ、口を開く。


「晩ご飯の時、ひまりちゃんも晃晴くんのお部屋に呼んでもいいでしょうか」

「え?」

「確かにそれなら俺の部屋で料理教えればいいし、侑の負担も減らせるな。俺はそれでいいけど、ひまりはそれでいいか?」

「い、いや、でも……どう考えてもわたし、邪魔になるし……」

「邪魔だなんて言わないでください」


 ひまりの声を侑の真剣な声音が遮った。


「確かに晃晴くんと過ごす時間は大切ですけど、ひまりちゃんとこれから過ごしていく時間だって、私にとっては比べられないほど大切なものなのですから」


 温かい微笑みと共に告げられた言葉。


 その声に、ひまりは少しだけなにかを堪えるように唇を浅く噛み、「……うん」と小さく微笑みを返した。


 かつて2人は、お互いの気持ちをちゃんと話し合わなかったから、すれ違ってしまっていた。


 言っても上手く伝わらないことだってあるが、この2人はもう、ちゃんと気持ちを伝え合うということ学んだのだ。


「……あの、ほんとにお邪魔してもいいの?」

「いいって。これでダメって言ったら悪者だろ。ダークヒーローは俺の趣味じゃない」


 冗談めかして言うと、ひまりが一瞬きょとんとし、軽く吹き出す。


「ふふふっ……なにそれ、おかしい」


 どうやら、上手く雰囲気を和ませることが出来たらしい。


 さっきまでなんだかよく分からないが、罪悪感のようなものが表情に出ていたので、それを少しでも無くしたかった。


 もはや、考えて動いているのではなく、反射に近い。


 ヒーローではなく、主人公になると決めてからも、自分の周りの近しい人間には笑っていてほしいという想いはなくなるどころか、むしろ自分の中で強く育っていた。


 そんなこんなで、ひまりが料理を覚える為に晃晴の部屋で一緒に食事をすることが決まり、しばらくそのまま3人で談笑をしながら、食事を続けていると、


「そう言えば、晃晴」

「なんだ?」

「明日の試合は勝てそう?」

「……まあ、正直に言えばだいぶ旗色が悪いだろうな」

「……お姉ちゃんから少しは聞いてたけど、やっぱりそうなんだ」

「こっちは出場人数ギリギリで、初戦は層の厚い強豪。前向きに捉えられる部分の方が少ない。というかない」


 現実的な観点から自分たちが勝つ可能性を淡々と述べると、ひまりはかける言葉に迷っているようだった。


 ひまりは侑のように晃晴たちの事情を知らないので、晃晴が負けを悟っているように見えているのだろう。


 だからこそ、次に晃晴が言おうとしている言葉は、きっと予想もしていない。


「――でも、勝つ。絶対にな」


 まるで理に適った前言を全て撤回するような、根拠がないのにやけに熱が込められた言葉にひまりがきょとんとする。


 侑はそんなひまりを横目に、晃晴の言葉を信じて疑わないように、くすりと微笑んだ。


「だから2人とも、応援頼む」

「はい、任せてください」

「……うん、分かった」


 不安などまるで感じていないという様子の侑と不安そうに頷くひまり。


 2人の対照的な返事を受け、晃晴は少し口角を上げる。


 その後、食事を終えた3人はまだ多少残っていた作業をこなし、晃晴の部屋に移動してから少し遊び、解散した。


 ――そして、大会の日となった。

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