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母親からの電話

『あ、もしもし、晃晴ー?」

「……なんだよ、なんか用?」

『用があるからこうして電話してるんでしょ』


 思いっ切り嫌そうな声で応じたのだが、瑞穂はそんなこと気にしないと言わんばかりにあっけらかんと言ってのける。


「なら手短にしてくれ。今テスト勉強で忙しいから」


 本当は休憩中だったのだが、そろそろ再開しないといけないのも事実なので、嘘ではない。


『晃晴、夏休みはこっちに帰ってくるんでしょ?』

「……まあ、そのつもりだけど」

『侑ちゃんはどうするの?』

「聞いてないけど、そんなの俺じゃなくて本人に聞けよ」

『そういうことじゃなくて、こっちに一緒に来るのかってこと』

「は!?」


 滅多に大声を出さない晃晴が急に大声を出したせいで、対面に座る侑がビクッと驚いていたが、それどころではなかった。


「なんでそういう話になるんだよ!?」

『だって晃晴たち付き合ってるんだから、せっかくの長期休みなんだし、それなら侑ちゃんをこっちに連れてきてもなにもおかしい話じゃないじゃない』


(だから付き合ってないんだって……!)


 声に出して否定しても無駄なことだと分かっているので、晃晴は頭を抱えて嘆く。


「……あのなぁ、だからって急にそっちに連れていくなんて話になるわけないだろ」

『侑ちゃんがなんて言ってるわけ?』

「そもそも夏休みの予定なんて今初めて出たくらいだ。こっちはテストやら試合やらで……あ」


 勢い余って言わなくてもいい情報まで出してしまい、咄嗟に口を閉じるが、


『試合……? ちょっと、晃晴。どういうこと? あんた部活とか入ってないわよね?』

「……友達がバスケの試合に出るから応援があるんだよ」

『ふうん。なら侑ちゃんにLAINEで聞くけど、いいわよね?』

「……俺が助っ人を頼まれたんだよ」


 侑が友達の親に嘘をつけるわけがない。

 

 早々に秘密の保護を諦めた晃晴は、自らの失敗を呪いながら口を開いた。


『へえ、そうなの! 休み取って応援に行こうか?』

「絶対にやめてくれ」

『分かってるわよ。そもそも、そんなことしてたら晃晴たちがこっちに来る時に合わせて休み取れなくなっちゃうし』

「さりげなくたちって言うな。連れてくことを確定さすな。連れていかないっての」

『なんでよ。最悪晃晴は帰って来なくてもいいから侑ちゃんだけは絶対連れて来なさい』

「それこそなんでだよ! それもう俺じゃなくて侑の里帰りじゃねえか!」

「あの、さっきからなんの話を……? 私の里帰りって……?」


 今まで黙って晃晴と瑞穂のやり取りを見守っていた侑が、不思議そうにしつつ、声を発する。


『あら。侑ちゃんそこにいるの?』

「ああ、いるよ」

『なら代わってよ。侑ちゃんに直接聞くから』

「……まあ、ちょうどいいか。侑からもなにか言ってやってくれ」


 ため息をつきながら、スピーカーをオンにして、侑にも瑞穂の声が聞こえるようにした。


「え、言うって……ですから、なんの話を……?」

『もしもし侑ちゃん?』

「は、はい。こんばんは瑞穂さん」

『元気にしてた?』

「はい。特に大きな病気も怪我もしていません。瑞穂さんもお元気でしたか?」

『もちろん元気よ』


 瑞穂の返答を受けた侑が「よかったです」と微笑んだ。


「あの、それで……私になにかご用ですか?」

『そうそう。侑ちゃん、夏休みの予定はもう決まってる?』

「いえ、特に大きな予定は」

『あらそう! それなら、ちょうどいいわ! 今晃晴に話してたんだけど、侑ちゃん、晃晴と一緒に夏休み中にうちに来ない?』

「うちに……って、ええ!? 私が晃晴くんと一緒に!?」

『そう。晃晴、夏休みのどこかでこっちに帰ってくる予定だったし、だったら侑ちゃんも一緒にどうかなと思って』


 侑がちらりとこっちを見てくるので、疲れた顔で片手で手刀を立てながら、謝罪の意を示す。


 自分の身内が無理を言っているので、なんだかとても申し訳がなかった。


「あの、さすがにそれは……ご迷惑になりますし……」

『いいのよ、全然! 迷惑ならそもそも誘ったりしないんだし! それに2人は付き合ってるんだから、息子が未来の娘を連れて帰ってくることはおかしいことじゃないでしょ?』

「むすっ……! い、いえ……ですから以前にも説明した通り、私と晃晴くんは……!」

「ほら、侑もこう言ってるんだし無理に誘うのは悪いだろ」


 侑が真面目にも自分たちの関係を否定しようとしているので、それが無駄だととっくに諦めている晃晴は話を途中で遮る。


『えー、本当にダメなの?』

「ダ、ダメと言いますか……」

『侑ちゃんが来てくれたら、私も晴くんもすっごく嬉しいんだけどなー』

「う、うう……!」


 なおも食い下がる瑞穂に、侑は断ることに罪悪感を覚え始めていた。


 それを見て取った晃晴は「あまり侑を困らせるなよ」と苦言を呈す。


『そうね。それなら侑ちゃんの気持ちを聞かせて? もし、嫌だって言われたら、これ以上誘ったりしないから』

「……嫌では、ないです。誘ってもらえて嬉しいです。……本当にご迷惑にならないのでしょうか」

『ええ、もちろん!』


 侑が再びこっちを見て、唇をきゅっと引き結んだ。


「あの、晃晴くん……私……」

「……はあ。侑が嫌じゃないなら、好きにすればいいだろ」


 結局、なんだかんだ言いつつもこうなる予感はしていた。


『決まりね! 日程が決まったらまた連絡してちょうだい!』


 いつもの明るく元気過ぎる声から、より一層明るくなった声音に、「……ああ」と短く返し、通話を切ろうとすると、


『晃晴』


 瑞穂にしては静かな声音が耳朶を打ち、指が画面に触れる直前で止まる。


『今更だけど、本当に帰ってきて大丈夫なのね?』


 侑がハッと目を見張ったのが見えた。


 なにがあったのかを詳しく話したわけではないが、地元でなにかがあったから、逃げるようにこっちへ来たのはもう既に知られている。


「……本当に今更だな。大丈夫、もうそこまで引きずってない」

『そう』


 瑞穂の安堵したように嬉しそうなトーンに「うん」と返し、今度こそ通話を切った。


 途端にやってきた沈黙の中、侑がどう声をかけていいのか迷っているように、こっちを見ている。


「……すみません。やっぱり断るべきだったと思います」


 地元での出来事が気になっているはずなのに、侑はそれを尋ねてこず、自らの選択を悔いるようなことだけを言う。


「いや、いい。侑がそうしたいと思ってるのに、俺が止めるのはおかしいだろ」

「……ですけど」

「……1人にしないって言ったしな」


 ぼそりとぶっきらぼうに呟くと、侑は目を見開いてから、


「はい。私も1人にはしません」

「……?」


 侑の返事には、やけに決意のようなものが込められているように感じて、少し違和感を覚えてしまう。


 それはまるで、晃晴の口から1人になりたくないと聞いたかのような口ぶりだった。


(けど、俺は自分のことなにも話してないし、考えすぎだよな)


 結局、気のせいだと思うことにしてから、「ん」と答え、


「……あのさ、ちゃんと話すからもう少しだけ待っててくれるか?」

「……はい。待っています」

 

 こうして、夏休みの帰省に合わせて、侑も晃晴の実家に来ることが決まったのだった。

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