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謝罪と雨

「……そっか」


 翌日の学校で、すぐに咲に連絡をして呼び出した晃晴は、侑と一緒に昨日のことを1から話し、説明し終えた。


 全てを聞き終えた咲は、怒るでもなく、ただただ静かに頷くだけだった。


「ま、ココならやるって決めたらやるだろうし、オレに気持ちを聞きに来るだろうなあ」

「本当にすみませんでした。私が余計なことを言ってしまったばかりに……」

「いや、気にしなくていいって。なんか、ココなら遅かれ早かれその行動をしてたような気がするし」

「で、ですが……」

「浅宮さんはオレたちのことを考えてそう言ってくれたんだろ? だったら責められるわけねえじゃん」


 申し訳なさそうに眉根を寄せたままの侑に、咲がニッと笑う。


「それにもしオレが怒ったら隣の保護者がガチギレしてきそうで怖えし」

「誰が保護者だ」


 肩を抱いてわざとらしくぶるっと身震いしてみせる咲にツッコミを入れると、ようやく侑もほんの少しだけ表情を和らげる。


「……俺も悪かったな。事後承諾になっちまって」

「そっちも気にすんな。ココとオレがお前らに話した時点で、こうなるのが当たり前なんだから。むしろ、巻き込んだのはオレたちの方なんだぜ?」

「そうは言うけどな……やっぱ言うにしてもちゃんと許可取ってからにするべきだったと……」

「あーもういいって言ってんだろ? ったく、この似た者真面目コンビが」


 咲が呆れながら、片手で頭を掻いた。


「ひとまず、オレは気にしねえってことで話は終わり! いいな? これ以上言ったらそれにキレるからな!」


 晃晴と侑はお互いに顔を見合わせ、微笑を浮かべる。


「ありがとうございます、若槻くん。……なにかあったらすぐに頼ってくださいね」

「ああ、そうさせてもらう。……ってか、やっぱそっくりじゃん」

「え? なにがですか?」

「いーや、なんでもねえよ」


 侑がきょとんとするのを見て、咲が肩をくつくつと揺らす。


「さ、早いとこ教室に戻ろうぜ。いつまでもオレたちが教室にいなかったらココに詮索されちまうしさ」


 その号令を合図に、3人はそれぞれ教室に戻るのだった。






「……げ。振ってきたか」


 放課後になり、帰ろうとしたタイミングでよりにもよって振り出した雨に、晃晴は空を憂鬱な気分で眺める。


 いよいよ梅雨も本格的に始まるらしく、今日も朝からずっと空は雲で覆われ、どんよりと重い感じだったのだが、それも遂に決壊してしまったらしい。


 当然、雨が降ることは知っていたので、鞄の中に折り畳み傘を入れていた為、濡れる心配はないのだが。


 傘を取り出し、玄関から出ると、


「ん……?」


 1人の女子生徒が困ったように空を見上げ、立ち尽くしていた。


 つい立ち止まって見つめた女子生徒の横顔は、今にも泣きだしそうで、晃晴はある程度状況を察した晃晴は、リボンの色から同級生だということが分かる女子生徒に、近づいて声をかけた。


「……傘、忘れたのか?」

「えっ?」


 声をかけられた女子生徒は驚き、顔をこっちに向ける。


 晃晴は女子生徒のことを知らなかったが、向こうはそうでもないようで、誰に声をかけられたのか分かった瞬間、更に驚いたように目を見開いた。


「う、うん。鞄に入れたと思ってたんだけど、入ってなくて……」

「これ、よかったら使ってくれ」


 手に持っていた折り畳み傘を差し出すと、女子生徒は一瞬きょとんとしてから、慌てたように口を開く。


「い、いや! そんな、悪いよ! それに日向君はどうするの……?」

「……俺はここで人を待ってるところだから。そいつの傘にでも入れてもらう」


 そう返事しても、女子生徒はなおも傘を受け取ることを躊躇っていたが、晃晴が無言で傘を差し出し続けていると、ようやく傘を受け取った。


「ごめん、ありがとう。実は、今日バイトで遅れそうだったから、どうしようかなって困ってて」

「お礼はいいから早く行け。遅れそうなんだろ。傘も別に返さなくていいから」

「う、うん! ありがと! 明日ちゃんとお礼持って返しに行くから!」


 女子生徒はそれだけ言い残し、傘を差して走り去っていく。


「……だから返さなくていいって」


 1人残された晃晴は、独りごちる。


(別に走って帰ってもいいんだけどな……)


 それをすると確実に侑に怒られてしまうので、晃晴は壁に寄りかかり、ぼうっと空を眺め、時間を潰す。


 しばらくそうしていると、


「……あれ? 日向くん?」


 横から名前を呼ばれたので、そっちに視線だけ向けると、侑が不思議そうにこっちを見つめていた。


 実は、女子生徒に言ったことはあながち完全に嘘でもなく、侑が日直の仕事で学校に残っていることを知っていたというわけだ。


「まだ帰ってなかったのですか?」

「ん。まあ、ちょっとな」

「もしかして、傘を忘れたとか?」

「まあ、そんなとこだ」

「……嘘ですね。忘れて困っていた誰かに貸してしまったのでしょう?」


 確信を持って告げてくる侑に、晃晴は誤魔化すようにふいっと視線を逸らす。


 雨音に混じって、くすりというほのかな笑い声が聞こえてきたと思えば、侑が傘を片手に近づいてきた。


「……そういうところ、やっぱり晃晴くんですよね」

「どういう意味だよ。というか、そういう場面に遭遇したら誰だってこうするだろ」

「あなたはそれを輪にかけてそういうことをする人ですよ」


 優しく微笑んだ侑が下から見上げてくるのに対し、晃晴は「……うるさい」とぶっきらぼうに再びそっぽを向く。


 隣から聞こえてくるくすくすという笑い声がどうにも面映ゆい。


 少しだけ顔を赤くした晃晴の横で、侑が1歩前に出て、傘を開いてこっちに向かって振り返ってきて、「どうぞ」とやや傘の右側を空けるようにして立った。


「……俺が持つ」


 晃晴は侑の右側に立ち、小さな手から、そっと折り畳み傘を受け取った。

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