帰宅途中
カラオケルームを出た晃晴たちは、大型の娯楽施設内の遊べる場所を片っ端から回り尽くしていった。
そして、回り尽くして建物を出た時には、空にはすっかり夕日のオレンジ色が混ざっていたのは至極当然のことだろう。
「……さすがに疲れたな」
ボウリングから始まり、カラオケ、バッティング、卓球、バドミントン、バスケなどなど、施設内には身体を動かすものが多大に含まれていたので、疲れて当然だ。
更には、颯太たちと並んでいるせいなのか、道中でやたらと異性から声をかけられ、精神的な疲弊もあった。
以前に比べて、晃晴も学校などで異性から声をかけられることは増えているのだが、そう簡単にあしらうことに慣れるものでもない。
その点、颯太と特に咲はさらりと躱していたので、場数の違いを思い知らされることとなった。
「そりゃあんだけ回ればな……オレもさすがに限界……」
咲と2人で疲弊した顔を見合わせる中、1人けろっとした顔をしている颯太が不思議そうに口を開いた。
「え、そう? おれはまだまだいけるけど」
「お前と一緒に済んじゃねえよ! この体力オバケ! オレたちが一般的なんだよ!」
「えー? そんなことないって」
「……ちなみに普段トレーニングとかしてるんだよな?」
「うん。そりゃあね」
「参考までにどんなことしてるか聞いてもいいか?」
自分自身も主人公を目指す一環として身体を鍛えているので、主人公然としている颯太がどんなことをしているのか、純粋に興味があったのだが、
「えーっと、まず朝起きてストレッチ、ランニング10キロでしょ? 学校で部活して、帰ったらその日鍛える部位をトレーニングして、そのあとランニング10キロを……」
「……それを毎日?」
「もちろん。サボったら取り返すのが大変だし」
ストイック過ぎて軽く頬が引き攣ってしまった。それだけやってどこに自主練や勉強、娯楽に費やす時間があるのだろうか。
(……いや、侑の横に立つならそのくらいやらないとダメなのか?)
実際、目の前の友人はそれで結果を出しているのだから、一考の余地があるのかもしれない。
「いや、一考の余地がみたいな顔すんな。こいつがおかしいだけだから、マジで」
侑のことを真面目だなんだと言いはするが、やはり晃晴も真面目過ぎる部類なのだった。
「……悪い。せっかく教えてもらったけど、やっぱり俺には難しそうだ」
「そっか、残念。トレーニング仲間が増えると思ったんだけど」
爽やかな見た目の割に颯太は意外と脳筋気質なのかもしれない。
あはは、と笑う颯太を見て、晃晴は意外過ぎる一面を感じてしまい、驚愕を禁じ得なかった。
「で、こっからどうすんだ? 解散?」
「このまま晩ごはんも、と言いたいところなんだけど、おれこれからジムに行かないとだから」
「「え゛」」
「だから、ごめん! おれはここまでってことで! じゃ、今日はありがと! また明日!」
思わず身体を硬直させてしまった晃晴と咲を置いて、颯太は今しがたの体力オバケ発言が嘘のように爽やかに笑いながら、片手を挙げて去っていく。
その場から動けずに立ち尽くしていた2人は、ようやく颯太の姿が見えなくなってから、
「……な? あいつバケモンだろ?」
「……さすがに否定出来ない」
(悪い、桜井)
主人公というよりは、晃晴にはもはや魔王のように見えてしまったのだった。
さすがに疲労もあったので、今日はもう解散となったその帰り道。
「……なあ」
咲と並んで歩いていた晃晴は、ふと切り出した。
「ん?」
「お前、心鳴とこれからどうするつもりなんだ?」
「んー……どうって言われてもな」
咲が視線を上に向け、やや考える仕草をしてから、ふう、と息を吐いた。
「分かんねーけど、とりあえず偽のカップルは続けるんじゃね?」
「……それでいいのか?」
「いいもなにも、やっぱオレにとってココの横に居続けられるってのは都合がいいからな」
「……」
寂しそうに見える咲に、かける言葉が見つからず口を噤んでしまう。
視線を彷徨わせ言葉を探したが、結局今の晃晴に言えることも出来るもことも見つからず、ただただ「……そうか」と空っぽの返事を返す。
「けど、ま……いつまでもこのままじゃいられないってのはもうとっくに自覚しちまったしな」
静かだが、どこか決意に満ちたような声が、鼓膜を震わせる。
「だから、完全にこれまで通りじゃねえ。少しずつでも、前に進むって選択を選んでみるつもりだ」
「……ああ」
「晃晴も浅宮さんも、ココも、皆前に進むことを選んでるのに、オレだけビビッて立ち止まったままなわけにはいかねえ」
咲がいつも通りの軽薄そうな笑みを浮かべて、まるで自分に言い聞かせるように呟く。
「それにさ。主人公の親友ポジが自分だけビビり続けてるなんてダセェだろ?」
「そこは譲らないのかよ」
こんな時でもブレない発言に、思わず笑ってしまう。
「ま、今のとこは近くで地道にアピールしてくぐらいしかねえだろうけどな」
「そこは変える必要はないだろ」
「だよな。そんなわけで、なにかあったらすぐに頼らせてもらうんで、そこんところどうかよろしく」
「ああ。力になれるかは分からないけど、頼ってくれ。……親友なんだろ?」
少しだけ口角を上げて、不器用ながらにニッと笑ってみせれば、咲がわずかに目を見開いてから、「おう!」とお手本のようにニッと笑い返してきて、こっちに向かって拳を突き出してくる。
晃晴は真似をするように拳を軽く伸ばし、咲の拳にとん、と当て返すと、お互いに顔を見合わせて同時に吹き出したのだった。




