カミングアウト②
「付き合ってないって……」
突然の咲の衝撃的な告白に、数分、もしかすると数秒程度だったのかもしれないが、固まっていた晃晴が発した言葉でようやく沈黙が終わる。
颯太はなにも言わず、言葉の真意を押し測ろうとしているのか、ジッと咲を見つめるだけだ。
「言葉通りの意味だよ。オレとココは利害の一致で偽のカップルを演じてただけなんだよ」
咲が寂し気にも自嘲気味にも見える力のない笑みを浮かべる。
そんな咲に、晃晴はますます戸惑いを強め、聞き返した。
「利害……?」
「ああ。まあ、ぶっちゃけて言えば、色恋沙汰の人間関係のごたごた」
「……あー、なるほど。そういうことか」
咲の言う利害がなんなのか、分かったらしく、今まで黙って話を聞いていた颯太が得心のいった声を上げる。
晃晴にはまだ、それがどうして利害という話になるのかはまだ分かっていないが、人をよく見ていて、中学から咲と心鳴と付き合いのある颯太だからこそすぐに答えは出たのだろう。
「多分、お前の想像通り」
「なるほど。利害、ね」
「……2人だけで分かり合ってないで当事者以外にも分かるように説明してくれ」
「要するに、さ。オレとココって昔からすげーモテんの」
一瞬自慢かと思ったものの、そういう場面ではないので、黙って続きを促す。
「んで、やたらめったら頻繁に告白とかされてっとさ、周りからめっちゃ敵意向けられるわけ」
「特に同性からね」
咲の言葉に賛同するように、颯太が苦笑を浮かべ、肩を竦めた。
(なるほど、あれか)
最近は晃晴と付き合っているという話になっているので、そういうことは落ち着きを見せているが、少し前までは、告白される回数が多かった侑が、同性からのやっかみに辟易していたのを覚えている。
「晃晴、昨日榎本に会っただろ?」
「……? ああ」
頷くと、颯太が驚いた顔をしていたが、そこには触れずに咲が話を続ける。
「そんで、あいつがココのこと好きって話したじゃん」
「聞いたな」
「で、残念なことにあいつも顔とスペックだけはよくてモテるから、榎本のことが好きな女バスの先輩とかが、ココに嫌がらせとかし始めたんだよ」
「けど、有沢さんは負けん気が強くて、そういう嫌がらせにも屈せず堂々としてたから。それでいて、1年の時からレギュラー争い常連だったんだよね」
「……なるほど。上級生からしたら気に食わないだろうな、それは」
加えて、榎本が心鳴のことを好きとくれば、その女バスの先輩とやらはさぞかし面白くないことだろう。
「んで、咲の方でも似たようなことがあってさ」
「……男バスの先輩が狙ってる女子が咲狙いだったのか」
「ご名答。そろそろ分かっただろ?」
「ああ、大体な」
ここまで言われれば晃晴にも、利害という言葉の意味が理解出来た。
「お前らが付き合っていることにすれば、お互いを取り巻く問題はおおよそ解決するから、利害ってことか」
「ご名答その2。ま、その代わりに元々向いてた榎本からのヘイトが完全にオレに向けられたわけだけど。そんくらいなら安いもんだろ」
咲がやれやれと肩を竦め、「それに」と口を開く。
「オレにとって、こんなに都合のいい話もなかったからな」
「都合のいい?」
「そ。周りの男への牽制はもちろん、嘘とは言え、好きな奴の彼氏になれる。正に一石二鳥だろ?」
咲は口の端を片方だけ上げ、また力なく笑う。
「……咲と有沢さんが本当に付き合ってないってことは分かったんだけどさ」
「うん?」
「咲は、有沢さんに告白して、本当に付き合おうとは思わなかったの? おれから見て、2人はどう見てもお似合いだし、勝算は十分にあると思うんだけど」
確かに、偽のカップルなんてまどろっこしいことをしなくても咲と心鳴は十分に仲睦まじい。
なので、颯太の言う通り、勝算は十分にあると晃晴も思ったのだが、
「……人としては好かれてるだろうし、他の奴よりは勝算もあるんだろうけどさ。ま、無駄だろうな」
「無駄?」
「あいつはオレを異性として見てねえんだよ。そんな状態で告ったところで、振られるか気まずくなるのがオチだ」
咲が弱々しい笑みを浮かべたまま、視線を寂し気に伏せる。
「キスどころか、好きだってお互いに言ったことも言われたこともねえんだ。そんな状態で告白なんて踏み切れるわけがない。誰からなにを言われても、オレは自信を持てない」
「咲、お前……」
「だから、言っただろ? 踏み出せるお前が弱いわけない。だって、この関係が壊れるのが怖くて、踏み出せない弱い奴を、オレは1人知ってるんだからな」
(そうか、それであの時……)
脳裏に先日の晃晴の部屋でのやり取りが浮かぶ。
「昔からずっと好きで、これでも振り向いてもらうおうとガキの頃から色々と背伸びして、やってきてたんだぜ?」
(背伸び……確か、それも前に……昔から習慣になってるって)
記憶が間違っていないのなら、服選びを教えてもらった時に呟いていたはずだ。
咲が時々自嘲気味に笑っていた理由に合点がいった。
「……なんで、突然俺たちに言おうと思ったんだ?」
「……ココがさ。浅宮さんに自分たちの関係を隠してるのに後ろめたさがあったらしくて、さっき浅宮さんに話すって連絡が来たんだよ」
本当のことを言えば、侑の気持ちが晃晴に伝わってしまうので、咲はそれらしい嘘を交えてそこだけは誤魔化した。
「……有沢さんらしいね、それ」
「ははっ、だろ? お陰でオレも話せてスッキリしたわ」
そこに誇張もなく、咲は本当にスッキリしているように見える。
「……まあ、とりあえず歌って更にスッキリしとけ」
「だね。それがいいよ」
「それもそうだな。よっしゃ! 点数勝負といこーぜ!」
「——ってわけなんだ」
咲が意気揚々とマイクを握った頃。
時同じくして、心鳴も侑に自分たちの関係を説明し終えていた。
「……そうだったのですか」
「うん。ごめんね、隠してて。だから、恋愛についてのアドバイスも出来ないや。頼ってくれたのにごめん」
「いえ、気にしないでください」
「そう言ってもらえると助かるついでにさ、あたしの方から聞きたいことがあるんだけど」
「はい。なんですか?」
侑の蒼い瞳に、心鳴は真っ直ぐな視線をぶつけ、口を開いた。
「恋ってどういうことだと思う?」
問いかけると、侑はきょとんとして、ぱちりと瞬きをする。
「えっと……どう、と言われても……すみません。私にもまだ、よく分からないとしか……」
「あ、ごめん。そうだよね。けど、今となってはゆうゆの方があたしより恋愛経験豊富だから」
「豊富って……たった1人なのに大げさですよ」
「大げさじゃないよ。だって、そのたった1人を、あたしはまだ経験してないからね」
ついついふっと、自嘲気味に笑ってしまう。
それをハッと自覚して、侑の反応をうかがうと、気遣わし気な蒼い瞳と視線が合ってしまった。
(やば、気を遣わせるつもりなんてなかったのに)
どうにかして気まずい空気を誤魔化そうと、色々な考えを頭に巡らせていると、
「……心鳴ちゃんは」
「へ?」
「心鳴ちゃん自身は、若槻くんのことをどう思っているのですか?」
おずおずと尋ねてくる侑に、心鳴はぱちぱちと瞬きをし、「咲?」と聞き返す。
すると、侑が無言で頷いた。
「……もちろん好きだけど」
「それは、心鳴ちゃんの知りたい恋ではないのですが?」
「うーん……これが恋愛感情なのかって聞かれたら、やっぱよく分かんないんだよね。ごめん」
「いえ、私の方こそすみません。やっぱり今の私では、心鳴ちゃんの疑問を解決出来る術はないみたいです」
「気にしないでよ。どう考えたって、困らせる質問をしたあたしが悪いんだから」
(とりあえず話すことは話したし、この話はここまでかな)
これ以上この話題を続けてもお互いに困るだけだろうと、別の話題を考えていると、
「……なら、逆に若槻くんの気持ちを聞いてみるといいかもしれませんね」
「へ? 咲?」
「はい」
「うーん、どうだろ。咲もあたしと同じ感じだと思うけど」
カップルを演じているので、人前で適度にそれらしくいちゃついたりはしているが、結局のところ、咲の方からも自分と似た程度のアクションしか起こされていないのだから。
「聞いてみたら、もしかしたら意外と違うかもしれませんよ。そういう部分からゆっくりと探していくのがいいのではないでしょうか」
「……そうかもね」
「まあ、相手の気持ちを確認していない私が言っても説得力はないのですが……」
「そんなことないって。ま、なんにせよ、ひとまずは目下最大の悩みの種であるテストを突破してから考えるとしますか! 勉強したくないけど!」
「ふふ。そうですね」
渋面を作ると、侑が苦笑を零した。




