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カミングアウト

 晃晴が待ち合わせ場所に行くと、早めに出たせいか、まだ誰も来ていなかった。


(着いたって連絡しとくべきか?)


 少し逡巡し、急かすようで悪い気がして、結局連絡をせずにスマホをポケットにしまう。


 待つのは嫌いではないし、のんびり待てばいい。


 そう思いつつ、建物の壁に寄りかかるようにして、空を見上げた。


 一応梅雨には入っているみたいでなのだが、まだそれを感じるほど雨は降っていない。


 今日も雲は多いが、十分晴れていると言ってもいい青空だ。


 手で日差しを作るようにしたまま空を見ていると、


「よっ」


 正面から近づいてきた足音の主が声をかけてきた。


 視線を下ろすと、片手を挙げた咲がいつも通りの軽薄そうな笑みを浮かべてこっちを見ている。


 ん、と片手を挙げ返せば、咲が晃晴の隣の壁にもたれかかり、胸元を掴んでパタパタと空気を送り込む。


「なーんか、今日蒸し暑くね?」

「時期が時期だからな。明日あたりから降り出すらしいぞ」

「ゲッ、マジか。もっとジメジメするじゃん。髪のセット決まらなくなんだよなぁ……」


 2人で壁に寄りかかりながら、そんな他愛もない話をしていると、遠くの方から走ってくる颯太の姿が見えた。


 颯太は晃晴たちと目が合うと、更に速度を上げ、一気に走り寄ってくる。


「ごめん、待たせた!」

 

 開口一番に放たれた謝罪と共に、颯太が頭を下げた。


「おせーぞ。なにやってたんだよ」

「いやー、お年寄りが困ってたからつい手を貸しちゃって、そのあと駅で複数の女子から凄い連絡先聞かれちゃって、それから……」

「あーもういい。要するにいつも通りってことな」

「……それがいつも通りで通るのか」


 どうやら常日頃から随分と波乱に満ちた日常を送っているらしい。


 驚愕を滲ませて呟いていると、颯太が申し訳なさそうな顔をして、パンッと両手を合わせた。


「ほんっと、ごめん、日向」

「俺たちが早く着いただけで、実際の時間には遅れてないから。だから気にするな」

「いや、誘ったのはおれの方だし、誘った側が遅れるのはさすがに気にするよ」

「……んじゃ、どっかいい感じの飲食店とか教えてくれ。それでチャラ。どうだ?」

「オッケー! それぐらいならお安い御用!」


 晃晴の提案に颯太が顔を明るくし、快く頷く。


 晃晴もそうだからよく分かるのだが、自分に非がある時、相手が気にしていないと言っても簡単に心は晴れたりしない。

 

 そういう時は、敢えて飲み物を奢ってもらうなど、軽い交換条件を出すことで相手の気持ちは軽くなりやすいのだ。


「じゃあオレは飯奢りな」

「や、それは話が違うかな」

「なんでだよ! 待たされたのはオレも一緒だろ!」

「だって今日は日向と親睦を深める為の集まりだし。今更咲と仲良くなってもね」

「出たよ爽やか詐欺! へっ、いくらお前が仲良くなっても、晃晴の親友の座は揺るがねえからな!」

「あはは、油断してると足元掬われるよ?」

「やめろ。野郎どうしで人の親友の座を勝手に争うな気持ち悪い」

「お前はお前で辛辣だな……」


 思いっ切り顔を顰めて気持ちを込めて言うと、咲がトーンが落ちた声音で呟き、颯太が楽しそうに笑う。


「さて、立ち話はこの辺にしておいて、ご飯とラウワン。どっちから行く?」

「運動する前に飯食うのはつらいだろ」

「ってか、中にカラオケあるんだし、そこのフードでよくね?」

「あ、それもそうだね。じゃあ早速行こうか」


 にこにこと笑う颯太に続いて、晃晴も歩き出した。






 そうして、晃晴たちが大型娯楽施設で遊び始めた頃、侑の部屋では。


「んぁー! ダメだ、頭回んなくなってきたー!」


 心鳴が広げたノートと教科書の上に、シャーペンを持ったまま突っ伏していた。


 侑はそれを見て、くすくすと笑う。


「お疲れ様です。少し休憩にしましょうか」

「うぐぅ、詰め込み過ぎて頭パンクしそー……」


 心鳴が突っ伏したまま、頭から煙を出しそうになっていると、侑がそれを横目に立ち上がった。


「実は休憩の時に食べようと思ってシュークリームを作ったのですが、食べますか?」

「嘘!? シュークリーム!? 手作り!? 食べる食べる!」

「よかった。けど、お口に合うといいのですが……」


 テーブルに置かれたシュークリームに、復活した心鳴が目を輝かせた。


 いっただっきまーす、と元気に声を上げ、大口でかぶりつく。


「……どうでしょうか?」

「うまっ! すっごい美味しい!」


 感想を述べると、侑が「よかったです」とホッと胸を撫で下ろす。


「こんな甘くて美味しいものを食べ損ねるなんて、勉強を頑張るあたしに見せつけるように遊びに行った晃晴たちへの天罰だね」

「あ、いえ。晃晴くんの分はしっかりと作っていますよ?」

「……ゆうゆ、ほんっとに晃晴のこと考えてるよね」


 しれっと告げられた晃晴のもある発言に、心鳴がもはや感動したと言わんばかりに呟いた。


「そ、そこまででは……」

「明らかに晃晴のことを考えた行動を取ってるのに指摘されたら照れるんだね」


 頬をわずかに赤くして、恥じらう仕草を見せる侑に、心鳴は微笑ましくなってしまう。


 と、そこで心鳴のスマホが音を鳴らす。


 画面を確認すると、そこには咲から動画が送られてきていた。


「お、晃晴じゃん」

「え?」

「ゆうゆも見る? ボウリングしてるっぽいよ」


 心鳴は侑の隣に移動して、動画を再生する。


 すると、画面内の晃晴が動き出し、ボールをレーンに向かって転がす。


 右側に向かっていったボールはあわやガターになるかもしれないというところで、カーブがかかり、真ん中のピンに向かって吸い込まれていき、全てのピンが倒された。


「わっ、凄いです」

「おーやるー」


 晃晴の活躍に侑が目を輝かせ、喜ばしい顔をする。


「なんかあたしもやりたくなってきたなー。ゆうゆ、今度一緒に行こうよ」

「……誘ってもらえるのは嬉しいのですけど、私やったことなくて」

「大丈夫だいじょーぶ。あたしがちゃんと教えるから。なんなら晃晴に教えてもらえばいいじゃん」

「……はい」


 その場面を想像したのか、侑が恥ずかしそうに俯きつつ、小さな声で呟いた。


(もーっ、ほんとこういうとこが可愛いんだよねー)


 同性ですらいじらしいと思えてしまう反応に、再び微笑ましい気持ちになっていると、


「あ、あの……心鳴ちゃん」

「ん? なに?」

「……結局前に聞きそびれてしまったのですが、もしよろしければ、どうやって若槻くんと付き合うことになったのか聞かせてもらえないでしょうか」


 やや聞きづらそうにしつつ、侑が尋ねてくる。


(……思ったより早くきちゃったなー)


 心鳴は静かに目を瞑り、ふーっと息を吐いた。


「あ、あの……心鳴ちゃん、言いづらいなら、別に無理にとは言いませんので……」


 心鳴の深い呼吸を、ため息と勘違いした侑が、おずおずと言葉を紡ぐ。


「あ、違う違う。嫌とかじゃないんだ。……話すのはいいけど、ちょーっと待っててね」

「は、はい……?」


 侑が不思議そうにする前で、心鳴はスマホを操作し、咲にメッセージを送る。


 すると、すぐに既読がついた。


 心鳴は咲からの返信を待たずに、スマホをそっとテーブルに置き、侑に向き直る。


「あのさ、ゆうゆ」

「は、はい」


 予想外に真面目な声音に、侑は思わず背筋を伸ばす。


「今まで隠しててごめん。あたしと咲は、本当に付き合ってるわけじゃないんだ」






(思ったより早かったな……)


 心鳴から連絡を受けた咲は、返信しないまま、ポケットにスマホを戻し、ふーっと深い息を吐いた。


「咲? どうした?」


 その様子を怪訝に思った晃晴が声をかけてくる。


「もしかして体調でも悪い?」


 続いて、颯太も心配そうに顔を覗き込んでくる。


「そんなんじゃねえよ。……2人とも、ちょっと話があんだけど、移動してもらってもいいか?」


 思いの外真剣な様子の咲に、晃晴と颯太が顔を見合わせた。


「いいけど、ここじゃダメな話なのか?」

「ああ。ここじゃちょっとな」

「オッケー。なら、途中だけど、カラオケルームに入ろうか」

「……悪いな」

 

 ボウリングを途中でゲーム終了させ、3人はカラオケルームの受付に移動する。


 幸いにもちょうど空いている部屋があったので、待ち時間もなしに部屋に入ることが出来た。


「で、なんだよ。話って」


 晃晴と颯太が席に座る中、咲だけは立ったまま、モニターの前に移動して、口を開く。


「……実はオレとココのことなんだけどさ」

「咲と有沢さんの話?」

「……まさか別れることになった、なんて話じゃないよな?」


 あまりに真剣味を帯びる声音と表情に、晃晴が気遣わしい声で問う。


 問われた内容に、咲は弱々しく笑い、首を横に振った。


「そんなんじゃ……いや、それ以前の話だな、これ」

「それ以前?」


 咲の呟きに、晃晴と颯太が怪訝な顔をする。


 そんな2人を前に、咲は覚悟を決めるように、再びゆっくりと深呼吸をし、口を開いた。


「——オレとココ。実は本当は付き合ってねえんだ」


 そのカミングアウトは、部屋内を沈黙で満たした。

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