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例えその先に

 4人で練習を行い、遊んだ日の夜。


 颯太から電話があったあと、咲は家の近くにある公園にやってきていた。


 入口からベンチがある方を向くと、街灯に照らされて、誰かがベンチに座って足をぶらぶらと遊ばせているのが目に入る。


(もう来てたのか。待たせちまったかな)


 薄暗い中でスポットライトが当てられているその場に向かって、咲が歩いていくと、足をぶらぶらさせていた人物がこっちに向かって軽く片手を挙げてきた。


「よっ」

「悪い、待たせたか?」

「ま、ほんの少しね。ジュースでいいよ」

「へいへい」


 文句を言うことなく、傍にある自動販売機で2人分の飲み物を買った咲は、片方をベンチに座っていた相手、心鳴に差し出す。


 心鳴が「あんがと」と受け取り、飲み出すのを横目に、咲もベンチに腰を下ろした。


「で、どうした? 急に呼び出したりして」


 この場所を指定して、咲を呼び出したのは心鳴の方だった。


 2人の家はこの公園を挟んで対面にあるくらいなので、なにか話がある時は大体ここか、お互いの部屋のどちらかだ。


 問うと、心鳴は両手で缶ジュースを弄びながら、話の切り出し方を考えるように「んー」と目を瞑る。


「あーやっぱダメ! 色々と伝え方考えたけど、うじうじ考えるのは苦手だから、ハッキリ言う!」

「お、おう」

「あたしたちの関係、ひょっとしたらゆうゆに話すかもしれない」


 真っ直ぐに飛んできた視線と言葉に、咲は戸惑いよりも.急にそんなことを言い出した理由を聞きたいという感情が先行した。

 

「そりゃ、また……なんでそんな急に?」

「……まあ、最近ゆうゆ、晃晴ともっと距離を詰めようと色々と頑張ってるじゃん」

「ああ」

「で、あたしにアドバイスとか聞きづらそうにしながら、聞いてくるわけなんだけど」


 心鳴が薄暗い公園の方をぼんやりと眺める。


「どうやったら付き合えるか、とかそういうアドバイスを本当に付き合ったことがないあたしが簡単にするわけにもいかないじゃん。本気のゆうゆにさ」

「……ああ」

「あたし、ゆうゆたちには上手くいってほしいって思ってるからさ」

「そりゃ、オレも思ってるって」

「だから、適当なアドバイスなんてしたくない。するわけにはいかない」


 ぼんやりと遠くを眺めていた心鳴が、再びこっちを真っ直ぐ見た。


 どこまでも真っ直ぐな瞳、咲が好きなところの1つだ。


「だからあたしは、ゆうゆに話すことになると思う。それで、ちゃんと恋について知らないといけないから」

「……っ!」


 静かな声に決意を感じ取った咲は、息を呑む。


「別に、恋をしたくなったとかそんなことじゃないんだけどさ。傍で見てて、ゆうゆがあそこまで変わっていくのを見ていたら、どうしても知ってみたくなったんだよね」


 相槌を打つことさえ忘れ、咲はただただ、心鳴を見つめ続ける。


「あたしたちの関係だって、ずっとこのままやっていくわけにはいかないじゃん?」

「……それは、そうだよな」


 そんなこと、とっくに分かっていたことだった。


 この関係にはいつか限界が来て、いつか終わりを迎える。


(目を背けてたつもりはないんだけどな……)


 いや、背けていないつもりでも、背けてしまっていたのだろう。


 だからこそ、自分で行動するのを恐れ、関係性が変わるのが怖くて、自分にとって都合のいい停滞を選んでいたのだから。


「ねえ、咲」

「……なんだ?」

「今までの咲の時間を奪っておいてさ、あたしは今から凄い酷いことを言うよ」

「……おう」


 なにを言われるかは分からないが、覚悟を決めて頷いた咲に心鳴は一拍置き、


「……あたしは恋を知る必要がある。——例え、その答えの先にいるのが、咲じゃなかったとしても」

「……っ!」


 覚悟を決めたつもりだったはずなのに、いざ耳に届いた言葉は、簡単に覚悟の壁を乗り越えて、1番柔らかい部分に辿り着く。


「罵ってくれてもいいよ。咲にはその権利があるから」

「……バカ、罵れるかよ。この関係を言い出したのはオレだぞ」

「うん。でも、あたしもそれを呑んだんだから」

「なにも言わねえっての」


 デコピンつきで返事をすると、心鳴が「って」と額を抑える。


 その反応を見て、咲はくくっと笑い、口の端を軽く上げたまま、どこか寂しそうな瞳を心鳴に向けた。


「それに、お前はオレが言ったって言い出したら止まらねえ」

「それは……」

「分かるに決まってる。どんだけの付き合いだと思ってるんだ。それが有沢心鳴、だろ?」

「……うん、そうだね。あたしは、心鳴。有沢心鳴だから」


 いつだって、心が鳴る方に向かって真っ直ぐに歩いていく。


(その姿に、オレは幼い頃から惹かれ続けてんだから)


 咲は持っていた缶ジュースを感じた寂しさごと一気に飲み干し、ゴミ箱へと放り込んだ。


「そう言や、オレ、明日颯太と晃晴と親睦会やるから昼からいねえから」

「へー。あたしは明日ゆうゆに勉強教えてもらいに行く予定」

「ははっ、そりゃいいや。しっかり教えてもらえよ」

「……やっぱ親睦会混ぜてもらいたいかも」


 勉強をしないといけないと分かった途端、心鳴が苦渋に満ちた顔をする。


「ダメでーす。今やっとかないと、夏休み補習で潰れんぞ」

「うう……まあ、ゆうゆの手料理食べられるって考えれば、プラマイでプラス……」


 げんなりとしつつ、肩を落とす心鳴に、咲はくつくつと肩を揺らす。


「あ、話蒸し返すようでなんだけど。咲も言いたくなったら、晃晴たちに話していいから」

「……ま、考えとくよ。もし言うなら、お前が浅宮さんに話すタイミングだろうな」


 肩を竦める咲の肩に心鳴が「ん」と軽く拳をぶつけた。

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