同級生
「あれ? 侑たちまだ出てきてないのか」
シャワーを浴び終え、更衣室から出てきた晃晴は、エントランスに女子の姿がないのを見て取り、呟いた。
待たせないようにとサッと終わらせたのだが、どうやら逆に早く出てき過ぎたらしい。
「ゆっくり待てばいいだろ。女子は男子よりもその辺時間がかかるんだし。その間にこのあとの予定でも決めようぜ」
「そうだな」
肩にかけたタオルで頭を拭きながら、後ろを歩いていた咲の声に従い、晃晴たちは近くのソファに腰を下ろす。
「で、このあとどうする?」
「まず飯だろ。ファミレス行くか?」
「だな。ごちになります」
「……まあ、約束だしな」
両手を合わせて拝んでくる咲に、晃晴は渋面を作る。
「んで、そのあとどうするかだよな」
「一応テスト週間なんだし、解散にした方がお前の彼女の為なんじゃないか」
実は球技大会の次の日から晃晴たちの学校では期末考査に向けた2週間程度のテスト週間となっており、再来週にはテストが始まる。
晃晴たち4人の中で唯一赤点の心配があるのが心鳴なのだが、今回は最初から侑に時間が空いた時に勉強を見てもらっているらしい。
それでも、期末考査では科目も増え、難易度も上がるのだから、心鳴の学力のことを考えると、少しでも多く勉強の時間を取る方がいい選択だろう。
「あー、ま、そりゃそうなんだけどさー」
「……なにかあるのか?」
頭の後ろで手を組んで、なにか言いたげな咲を晃晴は胡乱な目で見つめる。
「この4人でこうやって出かけるのとかさ、実は初めてだろ?」
「ああ。今までは関係を隠してたし」
「だから、大っぴらにつるむことが出来るようになったし、すぐに解散はもったいねえ気がしてさ」
「……確かにそうだけど、それこそ俺たちだけで話して決めることじゃないだろ」
背もたれに身体を倒しながら言うと、咲も「……だな」と同じようにぼふんと音を立てて背もたれにもたれかかった。
そのままの体勢で1、2分ほど話していたのだが、ふと晃晴が立ち上がる。
「悪い、トイレ」
「あ、オレも行っとく。ついでになんか飲み物でも買っといてやらね?」
「ああ、そうだな」
晃晴は咲と連れ立って、トイレがある方に歩いていった。
「そう言や、サークル練。晃晴のこと話しといたから」
「そうか」
「期待のプレーヤーだって宣伝もバッチリしといた」
「余計なことしてんじゃねえよ。なにがバッチリだ」
自分の分と侑の分の飲み物で両手が塞がっているので、ふくらはぎを軽く蹴って、ツッコミを入れる。
蹴られた咲は「いてっ」とリアクションをし、へらへらと笑うと、進行方向に顔を向け、ピタリと足を止めた。
いつもは軽薄そうな表情が少しずつ、鳴りをひそめていき、険のある顔つきに変わっていく。
咲のそんな変化に、晃晴は怪訝な顔をする。
「おい、どうした?」
「晃晴、あれ」
言いつつ、咲が顎をしゃくる。
晃晴は示された先を見て、咲の表情の変化の理由を悟り、自身もまたわずかに顔を顰め、そのまま指された先を見つめる。
そこでは、晃晴たちがいない間にシャワー浴び終えて出てきた侑と心鳴が、2人組の男に声をかけられている姿があった。
晃晴と咲は、一瞬だけ視線を交わし合い、言葉のないまま意思の疎通を完了し、侑たちの元へ歩き出す。
「なあ、いいじゃんか。連絡先くらい教えてくれても」
「そうそう。減るもんじゃないし」
「んー、じゃあ教えてすぐにブロックしていいのなら教えたげるよ」
遠回しどころかストレートな心鳴のお断りに、男の1人がへらっと笑う。
「んだよ、つれねえなー。そういうとこ、相変わらずなのな、有沢。ま、そういう気の強いところがまたいいんだけどさ」
「ってか、あたし咲と付き合ってるし。あんたも知ってるでしょ、榎本」
「んじゃ、早く別れて俺と付き合ってよ。あんなんより俺の方が絶対いい男でしょ?」
「はん。しばらく見ない間に冗談は上手くなったね。笑えないことを除けば最高に面白いよ?」
相手の失礼な口説き文句を、心鳴はわざとらしく鼻で笑い飛ばす。
「ってか、君ほんと可愛いね! ねえねえ、名前教えてよ」
「……すみません。そういうのは困ります」
「あ、そうだよね。こういうのはもっと仲良くなってからにしないとね。だからさ、仲良くなる為に連絡先教えてほしいなー」
無視をすればいいものの、さすがに相手を無視するのは失礼になると思ったのだろう、侑はすげない態度で男に応じる。
「あ、ならさ。今から遊びに行かない? オシャレなお店知ってるし、遊びに行って仲良くなってから連絡先を……」
なにを思ったのか、男の1人が侑に向かって伸ばした手を、近づいた晃晴が掴み、阻む。
「……すみません。彼女、俺たちの連れなので」
今までにこやかに侑に話しかけていた男が、急に現れて手を掴んできた晃晴に驚き、一瞬目を丸くしたが、すぐに苛立たし気な顔になり、掴まれた手を軽く振り払う。
「ってわけ。悪いな、榎本」
咲は榎本と呼ばれた男の前に立ちながら、心鳴の肩を掴んで自分の元に引き寄せる。
「チッ、んだよ若槻。お前もいたのかよ」
「いやー本当悪い。オレたちラブラブだからさ。嫉妬しちゃった?」
咲が煽ると、榎本はもう1度「チッ」と大きく舌打ちをし、ニヤリと意地悪く笑う。
「ここにいるってことはお前まだバスケやってんのかよ。俺に1度も勝ったことない雑魚の癖に」
「あれ? もしかして競ってるつもりだった? 悪い、こっちはまったくそんなこと意識してなかったから気づかなかったわー。寂しい思いさせてごめんネ?」
「テメェ……ッ!」
煽ったつもりが更に煽り返され、榎本の額に青筋が浮かぶ。
晃晴と咲が侑と心鳴を庇うように、相手の男と睨み合っていると、不穏な空気を察したのか、受付の係員がこっちに近づいてくる素振りを取った。
それを見た榎本は「……チッ、なんか白けたわ」ともう1人の男を連れてフロアの方に消えていく。
一触即発だった空気がようやく弛緩して、晃晴は背中をきゅっと掴んできていた侑の方を向いた。
「大丈夫か?」
「はい。なにもされていないので。助けてくれてありがとうございます」
言葉ではそう言っているが、背中に庇った時から服を掴まれた腕が微かに震えていたので、強がりだということは分かっている。
だが、あえてそこには触れずに、安心させるように「ああ」と柔らかく微笑んでみせた。
「で、片方と知り合いみたいだったけど、聞いてもいいのか?」
「ただの中学の時の同級生で部活メイトでちょっと因縁があるってだけだ。ま、大した仲じゃねえよ」
「大した仲だろ、それ」
肩を竦めた咲に、晃晴は呆れつつ呟く。
「ひとまず飯行こーぜ。今はここから離れた方がいいしな」
咲がちらっと2人組が消えて行った方を一瞥し、歩き出す。
その意見には同意しかないので、晃晴たちは咲のあとに続き、体育館をあとにしたのだった。




