ショートポニーは考える
勝負が終わってから、各々が自由に練習をし始めて、それなりに時間が経過した。
そろそろコートの使用時間が終了に近づいてきた頃。
「ゆうゆ、ずっと練習してるねー」
「ああ。なんつうか、すげえ集中力だよな」
咲と心鳴が見つめる先には、心鳴にシュートを教えてもらってから、初心者にしては綺麗なフォームでワンハンドシュートを打ち続ける侑がいた。
しかも、なぜかスリーポイントを打ち続けていて、外れては走って取りに行くことを繰り返している。
そんな侑を見た晃晴は、軽く鼻を鳴らすと、飲み物を持って侑に近づいていく。
「侑」
晃晴が近づいたことに気がついていなかった侑に声をかけると、侑がようやく顔をこっちに向ける。
「晃晴くん? どうしたのですか?」
「熱心なのはいいけど、ちゃんと休憩取らないと倒れるぞ」
ほら、と手に持った飲み物を渡す。
「ありがとうございます。すみません、熱中しちゃって」
自分がやりたいことにはとことん打ち込む集中力はさすがと言ったところで、こういう部分が普段からの文武両道に繋がっているのだろう。
「いや、それはいいんだけど。なんでスリーばっか練習してるんだ? 最初は近くからやった方がいいだろ」
「……えっと、笑いませんか?」
侑が恥ずかしそうにおずおずと聞いてくる。
「なんだよ?」
「晃晴くんがスリーポイント決めるの、カッコよかったので、自分でもやってみたくて」
頬をわずかに赤くした侑が、上目遣い気味で言ってくるので、晃晴は反応に困ってしまう。
「それに、ひまりちゃんと話すきっかけにもなりますから」
「そうか。ひまりもちょくちょくバスケしてるんだもんな」
侑なりに空いてしまった溝を埋める為に色々と考えているらしい。
「……けど、さっきから1本も入りません」
しゅんとした侑に晃晴はふっと笑みを零し、
「教えるから、ちょっと構えてみてくれ」
「えっと、こう……ですか……?」
侑がたどたどしく、心鳴に教わったばかりのフォームを取る。
それを上から下まで見てから、晃晴は侑の後ろに回り込んだ。
「ちょっと触ってもいいか?」
「え? は、はい。どうぞ」
承諾を得てから、ボールを支える侑の手首に触れて、フォームを少し修正する。
「手の位置はこんな感じで、あとは腕で打とうとするんじゃなくて膝を使って……」
「ひゃ、ひゃいっ……!」
「って、どうした?」
「い、いえ、その……耳元で囁かれるのが、ちょっとくすぐったくて……」
言われてから、手首の角度を見る為に侑の頭の横から覗き込むような形になっていて、少し密着し過ぎていることに気がついた。
「わ、悪い! 教えるのに集中し過ぎた!」
「だ、大丈夫ですっ! 私が少し大げさに反応してしまっただけなので!」
弾かれたように距離を取り、侑の方を見ることが出来ずに視線を逸らす。
逸らした先で、こっちを見ていた咲と心鳴と目が合ってしまい、晃晴は気まずさを覚えながら、結局控えめに侑の方に視線を戻した。
「と、とにかく、もっと力抜いて今みたいに構えて、手首のスナップと膝を使って打つことを意識すればいい」
「わ、分かりました」
ぎこちないやりとりを交わしたのち、侑が気持ちを落ち着ける為か、目を閉じて深呼吸をする。
それから、ゆっくりと目を開いた侑は、太もものあたりでボールを構えて、膝でリズムを取るように何度か曲げ、ふわっと飛んだ。
さっきよりも力みが取れたように見えるフォームで、指先からスナップを利かせて放たれたボールが緩やかな弧を描き、
「……あ」
やがて、ガガッと音を立ててリングを潜り抜けたボールを見て、侑が目を丸くする。
ボールが何度か音を立てて弾むのを眺めてから、侑は顔を綻ばせて、こっちを見てきた。
「おめでとう」
「はいっ。……あ」
目を細めて笑顔を浮かべた侑が、目が合った途端に顔を赤くする。
シュートが決まったことで、一時は霧散していたさっきの気恥ずかしさが戻ってきたらしい。
そのせいで晃晴も気恥ずかしさが再燃してしまい、逃げるように転がっているボールを回収しに向かう。
「あの2人どんだけウブなわけ……?」
「ま、あの2人らしいし、いいんじゃね?」
遠目から眺めていた心鳴と咲が、肩を竦めつつ、そんな感想を言い合っていたのを、晃晴は知る由もないのだった。
「ゆうゆって髪とか肌とか綺麗だよね」
フロアの時間制限まで練習したあと、シャワーを浴びる為に入った更衣室で、心鳴は下着姿の侑を見て、率直に感想を口にした。
「ありがとうございます。心鳴ちゃんも綺麗ですよ?」
「いやいやいや。ゆうゆに比べれば全然だから」
自分の容姿が比較的整った方であるという自信はあるが、やはり侑を見てしまえばそんな自信は霞んでしまう。
手入れの行き届いたさらりとした白い髪、透き通るような白い肌、幻想的でいて、可憐な容姿。それに加えて服の上からでは分かりにくい女性らしい身体のライン。
どれを取っても、自分が太刀打ち出来る気はまるでしない。
「……なんか、最近ますます綺麗になった気がする」
「それはさすがに気のせいだと思いますけど……けど、そうですね。最近はより意識して、髪や身体のケアには気を遣うようにしています」
愛おしむように微笑んで、細められた蒼い瞳に映っているのは、きっと心鳴ではなく、今ここにいない人物の姿なのだろう。
「少しでも、可愛いとか、綺麗だって思ってもらいたいですから」
その証拠に、侑がはにかみながら、そんなことを口にした。
(うん、やっぱり綺麗になったと思う)
その微笑みを見て、心鳴は錯覚ではないことを確信した。
人を想うようになってからすぐに、そんなに変化があるとは思えないが、今の侑は明らかに、同性の心鳴から見ても、思わず息をついてしまうほどに美しく、可愛らしい。
元々、妖精のように幻想的で綺麗で、前までは少し近寄りがたい雰囲気があったのだが、今はそこに人間味のようなものが加わって、親しみやすくもなって、より魅力的になったと思う。
(恋をすれば、あたしも変われるのかな)
漠然とそんなことを考えてしまう。
考えたところで、自分が恋をして変わるなんて、ピンとこない。
試しに偽の彼氏、1番近しい異性である咲のことを想ってみる。
咲のことは、当然嫌いではない。
ただ、それが恋愛感情かと聞かれれば、断言は出来ないのだろう。
一緒にいて落ち着くことは間違いないし、相性も悪くない。
そうじゃないと、カップルの振りなんて長く続くわけがない。
しかし、物心つく前から一緒にいて、もはや家族と違わず、カップルと言うよりもきょうだいのようで幼馴染で、親友という感覚の方がしっくりくる。
咲の方は、自分のことをどう思っているのか、細かい部分までは分からないけど、きっと同じことは思っているはずだ。
恋ってなんだろう。どんな感覚なんだろう。
それと出会ってわずかな期間しか経っていないのに、傍から見ていて明確に変わっていく侑が羨ましく思える。
(あたしもいつか恋と出会うのかな)
羨ましいと思うからこそ、近くを探してみたり、背伸びして遠くを眺めたりしてみたりはしたけれど、それは未だに影も形も見えやしない。
「なんて、ね」
我ながららしくないことを考えていると、軽く頭を振ると、侑がきょとんとした。
「どうかしたのですか?」
「んー、ちょっと張り切って練習し過ぎたかも?」
首を傾げる侑に、心鳴はにししっと明るい笑みを浮かべる。
「行こっ。あまりゆっくりしてたら男子共を待たせることになっちゃう」
そう言い残し、心鳴は侑に背中を向け、シャワールームへと歩き出した。




