放課後買いに行ってくる
侑の捻挫から数日が経ち、金曜日の学校。
「……明日?」
「そ。体育館予約してるからバスケの練習しようぜ」
登校してきてすぐに話しかけてきた咲が、そんなことを言い出した。
「練習なら外でも出来るけど、中でも練習したいだろ?」
「……確かにそうだな」
試合本番までの日数は既に3週間くらいしかないので、少しでも多く経験を積みたいと思っていたところなので、この申し出は非常にありがたい。
実は今日も放課後にシュート練習に打ち込もうと思っていたところだった。
「ってかどうせならサークル練に来るか?」
咲のその提案に、晃晴は思案顔になる。
(確かに、実戦の5対5の経験はしておいた方がいいよな……)
しかし、知らないコミュニティに入っていくというのはやはり未だに苦手で、そのことがどうしても中々首を縦に振らせてくれない。
ただ、侑に人を頼る練習と思えばいいと言った時のように、こういうのは待っているだけで出来るようになるものでもなければ、突然出来るようになるものでもない。
侑には苦手の克服の為に練習をさせておいて、自分はなにもしないというのは、侑の隣に立つ為に主人公を目指している身としては、選べるわけがなかった。
「……じゃあ、参加させてもらう」
「お、マジか。やっと首縦に振ったな」
「ひとまず試合本番まで参加出来る時はする。そのあとのことはその時考えるってことで」
「オッケー。んじゃ、皆には言っとく」
「ああ。頼む」
2人の間で話がまとまったところで、
「なになに? 晃晴サークル練来んの?」
話を聞きつけた心鳴がショートポニーを揺らしながら、こっちに近づいてきた。
後ろには侑もついてきていて、2人は2人で今まで会話をしていたようだ。
ちなみに、侑の捻挫については結局、咲も心鳴も知らず、診察に従ってここ数日安静にしていたお陰で既に完治している状態だった。
「ああ。さすがに実戦形式での練習はしといた方がいいだろ。とはいえ、バスケ部に混ぜてもらうわけにもいかないし」
「ま、球技大会とはワケが違うからね。納得」
「んで、明日の体育館の件も誘っといたから」
「体育館?」
侑がきょとんとして、首を傾げる。
「そー。明日体育館予約してるから、個人的に練習でもって話。あ、そうだ、ゆうゆも来なよ」
「え? で、ですが……運動部でもない人間がいてもお邪魔になってしまうだけではないですか?」
「大丈夫だいじょーぶ。ゆうゆ運動神経いいし、なんならあたしもしっかりと教えるから」
「う、うーん……」
心鳴はそう言うが、侑にとってはやはり承諾しかねる提案のようだ。
眉根を寄せて考え込む侑に、心鳴が「ゆうゆゆうゆ」と手招きをしてみせる。
「晃晴と少しでも一緒に過ごせる口実にもなるよ?」
「……っ! そ、それは……!」
「それに、プレイ中の晃晴、間近で見たくない?」
「………………行きます」
侑、陥落。
一応は抵抗を試みたが、どうにも抗うのが難しい誘惑の連続に葛藤の末、頷く他なかった。
「2人してなんの話だ?」
「晃晴には関係のない話。ゆうゆも明日来るって」
思いっきり晃晴に関与している話なのだが、心鳴はそんな態度をおくびにも出さずにさらっと嘘をついてみせる。
「あ。ってか、誘ってといてなんだけどさ。晃晴、シューズあるか?」
「あ。そうか」
言われてみれば、晃晴は室内用のバスケットシューズを持っておらず、球技大会の時や体育で使用していた体育用の室内シューズしかない。
中学の時に部活で使っていたものがあるにはあるが、バスケをすることになるとは思っていなかったので、実家に置きっ放しの上、そもそもその時から成長しているので、サイズが合わないだろう。
「……仕方ないか。放課後に買いに行ってくる」
「体育の時に使っているものではダメなのですか? 継続してバスケットをするわけではないのなら、わざわざお金を使う必要もないと思います」
確かにシューズはそこそこ値が張るものなので、安いものでも1万円近くかかることが多い。
デザインに拘りさえしなければ、それでも機能的には問題ないのだろうが、晃晴はスポーツ用のシューズは自分が気に入ったデザインのものを使用したいタイプだった。
「まあ、小遣い貯めてたから貯金はあるし、買うよ。ユニフォームにただの体育館シューズだと格好もつかないと思うし」
「……そうですか」
ふむ、と頷いた侑がなにやら考え始めるのと同時にチャイムが鳴り響く。
ひとまずはこの場を解散し、それぞれが自分席に戻ったところで、
(……ん)
スマホが振動する。
教師がまだ教室に入ってきていないのを見て、画面を確認すると、なぜか侑からの連絡だった。
『あの、晃晴くん』
『どうした?』
『もし、お邪魔でないのならですが……シューズを買いに行くの、私もついて行ってもいいでしょうか?』
「え」
侑からのメッセージが予想外の内容だったので、思わず声が出てしまう。
「晃晴?」
前の席に座る咲が怪訝な顔をして、振り向いてきたのに対し「悪い、なんでもない」と返し、晃晴は侑の方を一瞥する。
すると、侑もちょうどこっちに視線を向けてきていたのだが、すぐにスマホに視線を落としてしまう。
『いいけど。なにかあるのか?』
『リハビリと、私もシューズを買おうかなと思いまして。明日使う為だけに室内用シューズを持ち帰るのも手間ですので』
(ふうん……?)
なんだか前者は納得出来るような、後者は出来ないような理由だ。
さっき自分で言っていた通り、継続して使用する機会もないのだから、侑ならお金を使うよりも、多少の手間をかけてでも節約を選びそうなものなのだが。
とは言え、晃晴の方には断る理由も、詮索する意味もない。
晃晴はとりあえず、了承したと頷くデフォルメされた狼のスタンプを送り返し、スマホをしまった。




