幼馴染ズのミス
授業終了のチャイムが鳴り、教師が教室から去った瞬間、教室内が徐々にざわめきに包まれていく。
凝り固まった肩と背中をほぐすように、晃晴はゆっくりと伸びをする。
「晃晴ー、飯どうする?」
咲が振り返って聞いてくるのに対し、晃晴は少し考える素振りを見せ、「ちょっと待ってろ」と席を立った。
「浅宮」
注目を集める中、晃晴は侑に声をかける。
声をかけられた侑は、肩をぴくんと跳ねさせて、こっちを見上げた。
「あ、ひ、日向くん。ど、どうされたのですか?」
妙に慌てた様子の侑を少々怪訝に思いながら、晃晴は要件を告げる。
「飯、一緒に食べないか?」
「え、あ、ご飯ですか……?」
「飯にご飯以外の意味があるのか? で、どうなんだ? ダメなのか?」
「い、いえ! そ、そんなことは! 食べます、ご飯!」
「お、おう。そうか」
急に片言になってしまった侑に少々戸惑いつつ、了承も取れたので、晃晴は自分の席の方を振り返る。
そこには座っていつも通り軽薄そうな笑みを浮かべている咲と片手に弁当を持った心鳴が待っていた。
「よーし、そんじゃどこで食う?」
「んー、どこで食べても一緒っしょ? 晃晴がこうなったってことももう広まってるだろうし。どこにいても見られることには変わりないし」
「じゃあ、ここで食うか。浅宮もそれでいいか?」
「は、はい」
話がまとまったところで、周囲の机をくっつける。
「しっかしまあ、分かってたこととはいえ、今日の晃晴は大人気だな」
「だねー。休み時間の度にいろんな人に囲まれてたもんねー」
「なんなら写真も撮られたからな。まるで動物園の動物の気分だ。……って、浅宮? どうした?」
対面の席に座った侑がなぜかむすっとしていた。
「……日向くんがそうなったのは私のせいですけど、それにしたって周りがあまりにも手のひらを返し過ぎではないですか」
どうやら、晃晴への罪悪感と周りの晃晴への反応にご立腹らしい。
「まあまあ。珍しいもの見たさだろうし、しばらくしたら落ち着くと思うよ」
「そうそう。大丈夫大丈夫」
「そ、そうならいいのですが……今も見られてますし」
さっきの出来事からまだ半日しか経っていないので、それは仕方のないことだろう。
(早いとこ落ち着いてほしいもんだけどな)
質問ラッシュと写真撮影(本人の許可は無し)を経て、緊張のようなものは薄れてきたが、息苦しさは未だに薄れない。
さすがに写真を撮られるのは今日だけだろうし、質問ラッシュも初日だから激しいだけだと信じたいところだ。
「とりあえず早く食べようぜ。食ったら囲まれる前に俺は逃げる」
「……よく噛んで食べてくださいね。早食いは身体に悪いですので」
「……こんな時までお前」
じとりと睨め付けてくる蒼い瞳に晃晴は呆れた目をぶつけ返す。
そのやりとりを見ていた幼馴染ズがけらけらと笑った。
そうして、4人で昼食を食べ始めたのだが、
「……」
「……」
「……なあ」
「……っ! な、なんでしょうか」
「なんでさっきからずっと俺のこと見てるんだ?」
侑がことあるごとにちらちらとこっちを見てくるのが気になり過ぎて、晃晴はとうとう尋ねてしまう。
「み、見てません」
「いや見てただろ。なんですぐバレる嘘つくんだよ」
「う、そ、それは……!」
「それは?」
返答を待っている間も侑を見つめ続けていると、侑は目をあっちこっちに泳がせ始めて、やがて、
「わ、わ、私! 飲み物を買ってきますっ!」
目をぐるぐると渦巻かせた侑は逃げるように教室を出て行った。
「……どうしたんだあいつ。というかこんな時でも廊下は走らないのか」
真面目にもほどがある。
「はぁ……」
侑がいなくなったことで、晃晴は無意識にため息染みた息を吐いてしまう。
息を吐いてしまってから気づき、咲と心鳴をうかがえば、2人はじっとこっちを見ていた。
誤魔化すかどうかで悩んだが、どうやら無理そうだと悟り、バツが悪い顔で2人と向き合う。
「やっぱしんどいか?」
「……ああ、まあな。こんな注目集めるのは慣れてないし」
肩を軽く竦めてみせた。
「けど、あいつの隣に立つって言うのはこういうことだから。ちゃんと慣れてみせる」
自分に言い聞かせるように呟くと、咲がニッと笑い「おーその息その息」と上機嫌におにぎりを口に含んだ。
斜め前の席で、恐らく侑が作ったであろう弁当の蓋を開け、目を輝かせていた心鳴もちらりとこっちに視線を向け、いたずらっぽくからかうような笑みを浮かべた。
「ま、1人にしないなんて言った以上、ちゃんと意地は張らないとね」
「バカ、ココ!」
「……あ」
しまった、みたいな顔をして口を押さえるが、もう遅い。
晃晴の耳にはしっかりと、その声は周囲の喧騒にかき消されることなく、届いていた。
「なんでお前がそれを知ってるのか詳しく聞こうか」
細めた目を向けると、心鳴と咲はそれぞれ別の方向に目を逸らす。
「おい目を逸らすな。質問に答えろ。……さては電話でも繋いでたか」
思い当たった案を口にすると、2人が肩をビクンと揺らした。
それから、心鳴が不貞腐れたように唇を尖らせる。
「だってしょうがないじゃん! 2人のことが気になるし! ゆうゆを納得させるには晃晴の気持ちを聞かせるのが1番だって思ったし!」
「そうそう! 実際効果あったろ!? ほら、言葉を聞かせて行動でも示せたわけだし! 有言実行!」
「そもそもどこまで聞いてたんだ?」
もし1人にしない以降の弱音の部分も聞かれてたら絶対に気を遣わせるだけだ。
「ほら、オレがトイレに行ったタイミングで通話切ったんだよ」
「そうそう!」
「……なるほどな。というか、浅宮の様子がおかしいわけだ」
どうやら聞かれたくない部分は聞かれていないらしい。
そこは安心した晃晴は示し合わせたように息ぴったりに自己弁護をしてみせるカップルに呆れ、ため息をついた。
「だ、大丈夫大丈夫。ゆうゆはただ照れてるだけだから。晃晴だってゆうゆから同じようなこと言われたら照れるっしょ? それと同じだから」
「……なるほど」
侑が突然、心臓を揺さぶるような発言をしてくることには心当たりがあり過ぎる。
同じようなものなら、侑の態度がおかしいことにも説明はつくだろう。
(まあ、心配をかけたのはこっちだし、こいつらなりに俺たちを思ってのことだろうから水に流してやるか)
そう考えていたところで、頭の中でなにかが引っかかる感覚があった。
そのなにかを探るように思案していき、
(ああ。そうか。そうすればいいのか)
すとんと腑に落ちた。
「……とりあえず今回は礼を言っとく。ありがとう」
唐突に感謝を伝えられ、咲と心鳴がきょとんとする中、
「お陰であいつの抱えているものを少しでも減らせるきっかけを作ってやれるかもしれない」




