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認められるんじゃなくて認めさせる

「やっぱ行動で証明するって言っても中々いい案なんて思いつかないな」


 咲がトイレから戻ってきたので、ローテーブルを2人で囲みながら、眉間にしわを寄せる。


「まあなあ。なにかを分かりやすいアクションを起こさないと宣言だけじゃ結局口だけってことになるしな」


 咲の相槌に「……だよな」と返し、ポテトを口に放り込んだ。


「時間取ってしっかり考えたいけど、あまり悠長なことも言ってられないんだよな」


 心鳴が侑と一緒にいてくれているとはいえ、侑と晃晴の間の問題はなにも解決していないのだから。


 待たせることになればなるほど、関係が拗れていくのは目に見えている。


「……あのさ。追い討ちをかけたいわけじゃねえんだけど」


 咲が神妙とも、気まずそうとも取れるような顔で、じっと手元に視線を落としていた。


「追い討ち?」

「……浅宮さんが二股してるって話が広まってきてる」

「なっ……!?」


 思わず、ポテトに伸ばしかけていた手を止める。


(なんでそんなことに……!)


 口には出さずとも、表情に出てしまっていたのか、咲が神妙な顔のまま、口を開く。


「……多分、謎のイケメンの話があって、それがまだ落ち着いてねえのに、そこに晃晴との話だ。皆が噂の真相を探ったり、憶測で話したりしてる内に、尾ひれが付いたんだろうな」

「マジ、かよ……」


 噂は人に伝わるごとに、姿を変えていく。


 近しい人との伝言ゲームだって、上手くいかない場合が多いのに、それが不特定多数の人物の中で、不確定な情報が飛び交っている中で、上手くいくわけがない。


 憶測で誰かを傷つけるような身勝手な噂には当然憤りを覚える。


 だが、それ以上にあまりのタイミングの悪さに頭を抱えてしまう。


「……このタイミングで明日から侑に矛先が向くことになるのか」

「……さすがにそれはまず過ぎるよなあ」


 2人は揃って眉間にしわを寄せた。


 明日になれば、侑への陰口が始まることになり、晃晴としてはもちろんそれを1日でも放置したくはない。


 しかし、噂を完全に消すには根本から否定してみせる必要がある。


 そこに加えて、侑を1人にしないという証明も急ぐ必要が出てきた。


 心鳴が侑の傍にいてくれるとはいえ、さすがに1人で支え続けるのは限界があるだろう。


 それならば、噂がすぐに消せない場合備えて、晃晴も一緒になって侑を支えられる位置にいた方がいいはずだ。


(いくらなんでも難易度が高過ぎるだろ……!)


 頭の中をぐるぐると、抱えた問題が回り出す。


 何度も何度も、堂々巡りを繰り返し、出口の見えない思考の迷路に迷い込むかと思っていたのだが、


「……あ」


 その瞬間は、不意に訪れた。


(もしかして、これなら)


 降ってきた感覚を掴んで離さないように、頭の中で精査し始める。


「もしかして、なんか思いついた?」

「……ああ」


 晃晴は確かな自信を持って頷き、咲に思いついたことを話す。


 すると、話を聞き終えた咲が「……確かにそれならいけそうだけど」と言いつつ、真面目なそうな顔をこっちに向けた。


「晃晴はそれやってマジで大丈夫なのか?」

「まあ、遅かれ早かれやらないといけないことだったしな。それに」


 言葉を区切り、「俺は勘違いしてた」と呟く。


「勘違い?」

「ああ。お前も前に言ってたし、俺も今までは周りから認められて主人公になるんだって思ってたんだけど、違うよな」


 これからは、きっとこうあるべきだ。


「——周りを認めさせて主人公になるんだ」


 確かな熱を込め、言葉にすると、咲が「……そっか」と呟き、ニッと笑う。


「なんにせよ、これで全部丸く収まりそうだな」

「そうだな。……ま、これを自分で選べなかったことは悔しいけど」

「……? 自分で選んだじゃねえか」


 意味深なことを言った晃晴に、咲が怪訝な顔をする。


「違う。俺は状況にこうすることを選ばされたんだ」


 自分できちんとその選択を選んだと言えば、そうなのだろうが、晃晴にしてみれば違う。


 他に選択肢があって、余裕がある場面で選んだのなら、自分で選んだことだと胸を張れる。


 だが、今回は、こうする以外には選べなかったのだ。


「俺は弱いから。自分でこうするって選べなかったのが、悔しい」


 ふっ、と口元だけを動かし、淡く笑う。


「けど、強くなろうと色々と行動起こしてるじゃん」

「それだって、なにをしたらいいのか分からないから、傍から見てて、なにかをしたって分かりやすいポーズを取ってただけみたいなものだ」


 もちろん、自己研鑽が方向性として間違っていないのは分かっている。


 まだやり始めて1ヶ月程度なのだから、結果が現れないことも分かっている。


 それでも、そう思わずにはいられなかった。


「それにさ、俺あの時ホッとしちまったんだよ」

「あの時?」

「侑が謎のイケメンと歩いてるって噂が出た時」


 あの時自分がなにを考えていたのかを晃晴はずっと考えていた。


「俺はこれでしばらく目立たずに済む。これでまだ、自信をつけるまでの時間が稼げるって思いかけちまったんだよ」


 だから、俺は弱いんだ。と告げると、咲が呆れたようにため息をついた。


「お前なぁ、ポジティブになるのかネガティブになるのかはっきりしろよ。反復横跳びしてんじゃねえよ」

「……悪いな、まだポジティブになりきれないんだ。ネガティブな自分が強くて抑えられない」

「もう1人の人格みたいに言うな」

「俺のことはネガティジブ野郎と呼んでくれてもいい」

「9割ネガティブじゃねえか」


 言い合って2人でくくっと笑い合う。


 それから、咲がはーっと息を吐いて、上を向いた。


「……やっぱお前強えよ」

「え?」

「だってそうだろ? 変わってくことを恐れてたとしても、結局その1歩踏み出せる奴が弱いわけがない」


 そう言って、咲がニッと笑う。


 けれど、晃晴には、その笑みはどこか自嘲も含まれているように見えて、なにも言えないまま口を噤む。


 瞬きをしている間に咲はいつもの様子に戻り、伸びをしてみせる。


「さーってと、そろそろココに着替え渡してくるかー。あ、そうだ晃晴」

「どうした?」

「やっぱオレも今日泊まるわ」

「なんだよ、急に」


 突然の宿泊宣言を訝しんでいると、咲が「だってよ」と不敵に笑った。


「——スタイリスト、必要だろ」


 そんな咲に、晃晴は少し呆気に取られ、


「ああ。頼んだ」


 力強く、頷いた。

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