打算と痛み
「……どうしてそう思ったんだ」
「うん。おれなりに色々と考えたんだけどさ、まず、日向は大人しくて目立ってないだけで、顔立ち自体はいいのはこの間確認済み」
自分で顔立ちがいい、というのを認めるのは抵抗があるが、話を折らない為に晃晴は無言で首肯した。
「それで、浅宮さん。皆に平等に接してるように見えて、あの人はめちゃくちゃガードが硬いと言うか、壁を作って自分に踏み込ませないし、人に必要以上に踏み込まないって言うか線を引いてる感じがする」
「相変わらずよく見てんなお前は」
驚愕を声に出した咲のみならず、晃晴も内心で颯太の洞察力に驚いていた。
少なくとも、侑と颯太が接しているような場面は見たことがないし、想像もつかない。
ということは、颯太は目で得た情報のみでそう判断してみせた、ということになる。
(……こいつ、どんだけハイスペックなんだよ)
嫉妬の感情なんてものは湧いてこない。
だが、目指すものの為に自己研鑽を積んでいる最中の身としては羨ましさはあった。
「そんなガードのお硬い人の机から日向のノートが出てきたってことは、2人は普段、学外で会ったりして、交流があるってこと」
晃晴は颯太の説明に無言で耳を傾け続ける。
「そこに加えて、謎のイケメンと歩いてたって話。浅宮さんってどう考えても複数の異性と親密になろうとするタイプじゃないよね」
「……まあ、浅宮はそういうことをするタイプには見えないな」
「それなら、謎のイケメンは普段から見えていないところで交流してる可能性が高い日向ってことにしたら筋が通る。どう?」
「……ご明察だよ。名探偵」
得意気な顔をしてみせる颯太に晃晴は肩を竦めた。
「けど、確信出来たのはさっきの日向の反応で、だよ」
「俺の?」
「うん。さっき茶化しに来たのかって怒ったでしょ?」
「……ああ」
「あれは自分が言われそうになったからじゃなくて、親しくしてる相手が悪く言われるかもしれないと思ったからでしょ? 日向は多分だけど、自分が悪く言われても感情を表に出すタイプじゃなさそうだし」
「……」
「もっと言えば、どうでもいい相手の為にそこまで怒ったり出来ないでしょ。そんで、日向と浅宮さんはただの友達。だからこの状況に困ってる。合ってる?」
「……文句無しだよ」
補足も加えられた名推理に内心で拍手を送る。
「……んで、颯太。お前わざわざそれを言う為だけに追ってきたのか?」
「いやいや。なにかおれにも力になれることがあったらいつでも言ってって伝えに来たんだよ」
「……は? なんで?」
颯太が自分にそこまでしてくれる意味が分からず、思わず聞き返してしまう。
すると、颯太はぱちりと瞬きをして、
「ねえ、咲。いつでも頼ってほしいって言ったらなんでって返されたんだけど、こんなことある?」
「ま、確かにお前が晃晴に関わって助けようとする意味が分からんからな」
「あーまあ、それもそうかー。でも、おれもただで助けようって言ってるんじゃなくて、打算もあるから」
「打算?」
颯太がにやりと笑い、晃晴の胸の中心に人差し指をとん、と突きつけた。
「そ。ここで恩を打っておけば、日向がバスケの助っ人引き受けてくれる可能性が上がるかも。ってね」
「出た、人が良さそうに見えて超強かなんだよ、こいつ。そういうところが腹黒って言われるんだぞー」
「咲うるさい。あ、もちろんそれはついでだよ。この間日向には助けられたからね。受けた恩を返そうと思って」
「助けたって……そんな大したことしたつもりはないけど。まあ、なにかあったら頼む。……ありがとう」
ぼそっと感謝を付け足すと、颯太が柔らかく笑う。
咲と心鳴以外にも、助けてくれる人物がいるということに、心が少しだけ軽くなったような気がした。
「ほら、あの人がそう」
「えー、そうなんだ。けど、なんか……地味? と言うかパッとしない?」
「あはは、ひどー。そんなはっきり言うー?」
「えーだって浅宮さんの相手って言うからもっとさー」
「まー言いたいことは分かるよ」
「だよねー。ちょっと役不足って言うか、釣り合ってないって言うか。微妙?」
「だからそんなにはっきり言う?」
周囲の喧騒を裂くように、他クラスの女子たちの話し声が聞こえてきて、侑の肩がピクリと動く。
(……また)
同じような声が、今日何度も耳に届いてきている。
廊下から席が離れている自分がそうなのだから、廊下に近い位置の晃晴には、もっと鮮明に聞こえていることだろう。
こっそりと様子をうかがってみるが、晃晴はそんな声が聞こえてくる度、無反応だった。
表面上は気にしてなさそうな晃晴に、侑はほんの少しだけ安心感がある。
しかし、周りが晃晴についてあれこれと口にする度、痛むのは自分の心だった。
(……私が、ノートを忘れたせいで)
侑は晃晴が危惧した通り、そのことでずっと自分を責め続けていた。
LAINを使って、侑は何度も謝った。
その度に晃晴は、気にするなと言ってくれる。
(私は、本当に卑怯です)
晃晴が許してくれる、気にするなと言ってくれることなんて、分かり切っていることで。
許されることで救われた気分になっている癖に、許される度に惨めになって、自分を罰することが出来ていることの方がずっと安心出来ているのだから。
「ゆうゆ、お昼一緒しよー?」
いつもならすぐに他の誰かが侑を囲み、声をかけてくるが、今日はいの1番に心鳴が傍に来て、声をかけてくる。
自分が囲まれ、また色々と聞かれてしまう前に助け舟を出してくれたのだろう。
そんな心鳴の気遣いをありがたく思いながら、侑は表に出さないように、直前までの考えごとをしまい込み、口元を綻ばせる。
「はい、ぜひ」
「やたーっ。あ、ごめん。誘っておいてなんだけど、あたし購買でなんか買いたいから、ついて来てもらってもいい?」
侑は「はい」と頷き、鞄から弁当箱を取り出し、歩き出した心鳴の後ろに続く。
「はいはい、通るよー。囲まないでねー。通行の邪魔だよー」
侑の様子を遠巻きにうかがっていた周囲のクラスメイトたちには目もくれず、勇ましく進んでいく心鳴の小さな背中を頼もしく思いつつ、教室を抜け出した。
「ゆうゆ、大丈夫?」
人のいない所まで歩いてから、心鳴が心配そうにこっちを見上げ、小声で問いかけてくる。
「私は大丈夫ですよ。……でも」
「まあ、色々と好き勝手に言われてるのは主に晃晴の方だからねー」
侑の方に飛んでくるのは主にいつから付き合っているのか、などの興味本位の質問ばかりだ。
とは言え、その質問も侑を辟易させてる要因なのだが。
付き合っているのか、という質問には当然ノーと答えているし、心鳴が傍にいるお陰で、質問そのものはかなり抑制されている。
しかし、侑が素直に答えたところで、付き合っているという勘違いに全てかき消され、どうしたって照れ隠しか誤魔化しているように捉えられ、その言葉が相手に伝わることはない。
たまに侑をやっかんでいる層から見る目がない、などの声が聞こえてくるが、晃晴に比べれば本当に微々たるものだろう。
「……私のせいで」
「何度も言ってるし、晃晴も言ったと思うけど、ゆうゆはなにも悪くないからね?」
「……ありがとうございます」
心鳴の励ましにも、侑は弱々しく返すことしか出来ない。
心鳴はそんな侑を見て、うむむ、と唸る。
「あたし頭悪いから、あまり大したこと言えないけどさ……ゆうゆがそうやって落ち込んでる方が晃晴は気にする、気がする!」
ビシリとこっちを指を差してきた心鳴に、侑がなにを言おうか迷っていると、それよりも早く、また心鳴が口を開く。
「ゆうゆだって、自分が悪く言われてるからこたえてるんじゃなくて、晃晴が言われてるからこたえてるんでしょ?」
「……はい」
「だったら。晃晴も一緒だよ、絶対」
「……はい、そうですね」
心鳴の明るい笑顔に照らされながら、晃晴ならきっとそうだと思いながら、それでも侑の心を覆う影は、晴れることはなく、痛みと不安に支配されたままで。
(……やっぱり、私は——)
胸の内側の大きくなる痛みに顔を顰めそうになって、侑は誤魔化すように、心鳴に笑顔を向けた。




