翌日の学校にてイケメンは核心を突く
「なんでそんな話が出回ってるんだ……?」
『それはあたしにも分からないけど、一緒にいるところを見られたとか』
「いや、それはない。学校では基本的に関わらないようにしてるし、買い出しも1人で行くようにしてる。出かけたところを見られたなら、この間みたいに謎の男と歩いてたってなるはずだし、そもそもあれから2人で出かけてない」
普段からそのあたりは徹底しているので、ここでピンポイントに晃晴の名前が上がる理由が分からない。
(けど、噂になってるってことは、明確ななにかがあるってことだ)
思案はしてみるが、これらしい理由は思い浮かばない。
『ここで考えてたって分からないことだらけだよね』
「……そうだな」
『そろそろ咲の方にも話が伝わってると思うし、咲と2人で色々と情報集めてみる』
「助かる。ありがとな」
『いいってことよ。ただ感謝の気持ちって言うなら、今度新作のスイーツとか奢ってくれてもいいけど?』
「調子に乗るな。検討はしといてやるけど」
雰囲気が重くなり過ぎないように冗談を言ってくれた心鳴に対し、内心で感謝を述べ、通話を切った。
「あの、なにかあったのですか?」
晃晴の声を聞いて不穏な空気を感じ取ったのであろう侑が、わずかに眉根を寄せて隣に座る。
「……俺と侑が付き合ってるとか噂が出回ってるらしい」
「え!? ど、どうしてそんな……」
「分からない。心鳴と咲が色々と調べてくれてるから、今は待つしかない」
「そう、ですよね」
詳しい話が聞けるのは恐らく明日になってからのことだ。
自分たちの問題なのに、友人に任せっきりになっているという事実がどうにももどかしい。
結局、侑と一緒にプレイしたゲームも、ほとんど集中出来なかった。
翌日、登校した晃晴を待っていたのは、侑に彼氏がいるという話と、晃晴への好奇の目だった。
下駄箱付近ではまだ、晃晴の顔を知らない人間が多かったせいか、視線はまばらだったが、自分の教室に近づくにつれ、向けられる視線の数が増えていく。
晃晴は周りから向けられる視線に気づかない振りをして、教室へ向かう。
教室に入ると、すぐにここに来るまでとは比較にならない数の視線が晃晴を襲った。
(……っ。覚悟してたとはいえ……これは……しんどいな)
人の目を集めることは想定していたことだったが、いざ、目の前にしてみると視線と明らかに自分のことを話題にしている話し声が一体となっていて、たじろぎそうになってしまう。
晃晴がどうにか顔に出さないまま自分の席に鞄を置いて座ろうとすると、
「よっ、晃晴。来て早々悪いけど、ちょっと自販機行こうぜ」
教室の中でクラスメイトと話していた咲が近づいてきて、肩を組んでくる。
「……奢りか?」
「うん? 悪い、ちょっと周りの声がうるさくて聞こえなかった」
「聞こえてるだろうが。まあ、ちょうど喉渇いてたし、付き合ってやる」
「なんで上から目線だよ、こんにゃろう」
晃晴は咲が自分を自販機に誘ったのは方便だと気づいていた。
本当の目的は、集めた情報を話してくれるつもりなのだろう。
肘で脇腹を突いてくる咲を適当にあしらいつつ、連れ立って教室を出る前に、周囲に気づかれないように、侑の方を窺った。
侑の傍には心鳴がいる。
周囲からの質問や好奇の視線から守ってくれているのだろう。
あとで改めてお礼を言おうと思いつつ、教室を出る。
晃晴たちは宣言通り自販機に向かい、そのまま自販機をスルーして、屋上に続く階段を上った。
屋上は基本的に解放されていないので、ここなら人が来ないと考えてのことだった。
「それで、どうしてこうなってるのかは聞けたのか」
「ああ、それなんだけどさ。昨日晃晴のノートを浅宮さんが机の中に1冊忘れたって言ってただろ?」
「……言ってたな」
「原因はそれだ」
言葉の意味が分からず、晃晴は胡乱な目で咲を見る。
「……ノートが原因って。そもそもなんで侑の机の中に俺のノートがあるって分かったんだ。まさか覗いたわけでもあるまいし」
「覗いたんだよ」
「は?」
「昨日、浅宮さんの机の中にラブレターを入れようとした奴がいたらしくてさ。それで、いざ机に手紙を入れようとしたところで、ノートがあることに気がついたらしい」
憧れの女子の机の中に休んでいる男子生徒のノートがあった。
普段から特に侑と交友が見られない晃晴のノートが、なぜか侑の机の中から出てくる。
休んでいる時のノートを、仲良くない相手に頼むわけがない上に、そもそもノートを受け取るには学外で会っていないとおかしい。
そのことが、これ以上無いくらいに、晃晴と侑に交友があることを裏付ける証拠となってしまっているわけだった。
「……なんでもかんでも恋愛に結びつけるなよな。普通に友達って考えくらい浮かぶだろ」
「こういうのって本人たちの意思関係なく、周囲の意見が面白おかしく伝わってくものなんだよ」
苛立ちを隠そうともせずにため息をつく晃晴を見て、咲もまたため息をつく。
「今日1日はお前を見に来て好き勝手に言ってくる奴で溢れ返るだろうな」
「分かってる。その辺はもう昨日の内に侑と話して無反応でいるって決めた。こういうのは大げさに反応したら面白がられるだけだからな」
こっちが反応しなければ、いずれは噂もある程度は沈静化するはずだ。
周囲に対する対応はそれでいい。
しかし、問題はそれだけではなかった。
(……侑は間違いなく自分を責める。自分がノートを忘れたせいで、交友がバレて、俺がよく言われないことを気にする)
晃晴自身は周りからなにを言われたって平気でいられる。
そんなのは既に分かり切っていることで、一々凹んでなんていられない。
けれど、晃晴が周囲からなにかを言われれば、その度に侑が傷つくだろう。
自分のせいで晃晴に迷惑がかかり、晃晴が悪く言われるという自責の念による内側からの傷で、周囲という外側からの悪意の傷で、傷ついていくだろう。
そして、こうなってしまった以上、そうなることはもはや避けられないことで。
考えるだけで胸が痛み、晃晴は痛みを堪えるように唇を噛み締めた。
「……晃晴」
相手を労るような咲の声音に、晃晴は自分がどんな顔をしていたかに気づいて、力を抜く。
「悪い。そろそろ戻ろうぜ」
「……おう。とりあえず、オレとココがお前らの横にいれば視線はともかく、質問とかは抑制してやれると思うから」
「それだけでも助かる。サンキュな」
感謝への返事は言葉ではなく、バシンと背中を叩かれる感触だった。
晃晴は背中にあたえられた衝撃に一瞬面食らったが、すぐにふ、と息を漏らして口角を上げる。
それから、同じように咲の背中を叩き返したところで、
「あ、やっぱりここにいた」
階下から誰かの声が響いてきて、晃晴は反射的に声の方を向く。
「桜井……?」
そこには、こっちを見上げ、片手を軽く挙げながら、爽やかに笑う颯太がいた。
「……颯太、お前なんでここに」
「2人が教室抜け出したの見えたから、ちょっと話があって追ってきた」
たん、たん、と身軽な動作で階段を駆け上がってきた颯太が晃晴の前に立つ。
怪訝な顔で颯太を見ると、颯太の爽やかな顔つきが真剣な雰囲気を伴ったものに切り替わる。
「日向、体調とか色々大丈夫?」
「……ああ。体調の方はもう大丈夫だ。なんか心配してくれたみたいだな。どうも」
「いえいえ。まあ、今の状況の方は大丈夫じゃないか。自分で聞いといてなんだけど」
「それで、話ってなんだ? 茶化しにでも来たなら聞くつもりはないけど」
やや険のある声音になってしまったことは自覚しつつも、颯太の顔を油断無く見据える。
すると、颯太は目尻を下げ、敵意が無いことを証明するように柔らかく笑う。
「そんなつもりないよ」
「晃晴。中学から一緒のオレから言わせてもらうけど、颯太はそんなつまらないことするような奴じゃない。ただ爽やか過ぎてなに考えてるか分かりづらかったり、ちょっと腹黒い部分があるだけだ」
「咲? フォローなら前半部分だけで良かったよね?」
たしなめるような咲の口調と、颯太の様子に晃晴は身体の力を抜いた。
「……悪い。今のは俺の言い方が悪かった」
「この状況ならそうなっても仕方ないって」
「で、結局颯太の話ってなんなんだよ」
もうすぐホームルームが始まってしまうので、そこまで時間を取って話している余裕はない。
脱線したレールを咲が元に戻すと、颯太が「それじゃあ単刀直入に聞くけど」と前置きして、
「——浅宮さんと歩いてたっていう謎のイケメンって日向のことだよね」




