波紋
改めて侑が自分の部屋に着替えに戻っていったので、戻ってくるまでの間に、晃晴も寝ている時にかいた汗を流す為にシャワーを浴びる。
そのあと、2人が思い思いに時間を使っていると、あっという間に夕食の時間になった。
消化にいいものを、と侑が作ってくれた薬味とかまぼこが乗ったうどんを啜り、「そう言えば」と切り出す。
「だいぶ心鳴と仲良くなったよな」
麺を啜る音をさせず、上品に口へと運んでいた侑は規則正しくしっかりと口の中のものを噛んでから、飲み込み、口を開いた。
「そうですね。有沢さんはとても良くしてくれるので」
「振り回されたりしてないか?」
「そんなことは……ないとは言い切れないかもしれません」
苦笑しながら、きっぱりと言葉にした侑に、晃晴もまた苦笑してしまう。
「けど、嫌ではないですよ。有沢さんは私が本当に嫌だと思うラインまで踏み込んで来ませんし」
「あー……心鳴もだけど、咲もその辺のライン見極めるの凄い上手いんだよな。経験の成せる業って言うか、さすが人脈お化けコミュ力強者って感じだ」
「そうですね。私はどうしても自分からいくのが苦手ですし、こんな性格ですから、有沢さんの性格が羨ましく感じます」
部活に所属していない上に、まだ入学して3ヶ月程度しか経っていないのに、咲と心鳴は同学年だけでなく、上級生の方にもある程度コミュニティを広げているらしい。
「まあ、人前で抱きついたりしてくるのは、恥ずかしいのでやめてほしいとは思うのですが」
「……それは諦めた方がいいかもな」
わずかに照れたように唇を尖らせる侑は、端的に言ってとても可愛らしく見える。
恐らく、心鳴も侑のこんな可愛い表情を見る為に、分かっていて抱きついているのだろう。
(さっすがコミュ力強者)
侑を本当に嫌がらせることなく、照れさせてみせるだけに留めるその手腕に、晃晴は改めて内心で呟く。
同性で気を許せる相手が出来つつあることも、嬉しいことだ。
(やっぱ同性の友達でしか頼れないことだってあるだろうしな)
と、言っても侑が抱えている人を頼ったり出来ない、ワガママを言うのが苦手という問題がある限りそれも難しいことなのだろうが。
いつか、自分も含めて侑がちゃんと誰かを頼れるようになればいいと思いつつ、優しめの味付けの出汁を吸った油揚げを齧る。
「そうかもしれませんね」
「たまには抱きつき返してみたらどうだ? 気持ち分かってもらえるかもしれないぞ」
「それは私のキャラじゃないでしょう。普段と違うことを急にしても驚かせてしまうだけですよ」
「キャラとか関係あるか? 心鳴は喜ぶと思うけどな」
「意外と関係あるものなのですよ。例えば、晃晴くんは若槻くんが急に抱きついてきたらどう思いますか」
「え? グーで殴るけど」
真顔で淡々と答えると、侑は「すみません。例えが悪かったです」とほんのりと苦笑した。
(ま、確かに誰かに抱きついてる侑とか想像出来な……)
そこまで考えたところで、晃晴はさっき侑に抱き締められていたことを思い出し、麺を啜っている途中で静止してしまう。
心地の良い体温だとか、優しくて甘い匂いだとか、服の上からでは感じられないが、確かにある柔らかい起伏だとかが鮮明に脳裏に浮かぶ。
連鎖的に、前に仕方なく部屋に泊めた時、停電に驚いた侑が風呂場から飛び出してきて裸で抱きつかれたことだとか、案外着痩せするタイプなのかも、とか考えてしまい、さすがに慌てて思考を打ち切る。
しかし、1度でも頭に思い浮かんでしまったせいで、晃晴の顔が徐々に赤く染まっていく。
(ダメだ、忘れろ、不誠実だ。侑が向けてくれてる信頼を踏みにじるようなこと考えるな)
心を無にする為、ひたすら麺を啜り続けるだけの作業に没頭しようとして、
「晃晴くん? なんだか顔が赤いような……?」
侑に声をかけられた晃晴は、思いっきり咽せた。
「ごほっ!? げほっ!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫だ。悪い、ありがと……っ!」
すぐに侑が背中側に回ってきてくれて、背中を摩ってくれたのだが、侑の顔が至近距離にあって、晃晴は息を呑む。
作りものめいた可愛らしい顔の造形に視線が吸い込まれ、晃晴の顔に熱が集まっていく。
「やっぱり赤いです。もしかして熱がぶり返してきたのでは……?」
「い、いや、違うから、大丈夫だから」
「でも……」
侑が心配そうにしながら、額に手を伸ばしてくるのを、晃晴は手を掴んで止めた。
「いい、よせ、やめろ」
早口で言いつつ、ふいっと目を逸らす。
こんな頭の茹った状態で侑に額を触られることになれば、もっと熱が上がって発熱認定されてしまうだろう。
確実にこれは熱ではないと断言出来るので、放っておけばいずれ下がるはずだ。
「……そんなに嫌がらなくても」
晃晴としてはただ過度な接触は避けたいだけだったのだが、思った以上に強い口調になっていたのか、侑が眉を下げてしゅんとしてしまう。
「あ、ち、違……嫌とかじゃなくて……」
「拒否するということは嫌ということでは?」
「た、単純に恥ずかしいだけだ。熱とか無いから気にするな」
「本当ですか?」
「誓って嘘は言ってません」
ジト目で見つめてくる侑の瞳をどうにか逸らすことなく真正面から見つめ返す。
「……どうやら本当のようですね」
「分かってもらえて良かったけど、視線で嘘って分かるもんかね」
「晃晴くんは分かりにくいようで結構分かりやすいですよ?」
「そうか? というかそれ侑には言われたくないんだけど」
要するにお互いに自分のことは分からないが、相手のことは分かるということらしい。
「あとついでに言っておくけど、あまりみだりに異性の額とかに触ろうとしない方がいいぞ」
「そういうものなのですか……?」
「熱測ろうとしてくれて、善意っていうのは分かるんだけど、そういうのは付き合ってる相手とか特別な奴にだけにしとけよ。勘違いさせるぞ」
「……? 晃晴くんは特別ですよ?」
ことり、と小首を傾げられ、晃晴はまた咽せそうになってしまう。
恐らく侑は、今まで人と壁を作って接していたせいで、異性同性関係無く、壁を取っ払った自然な状態での相手との距離感を上手く掴めていないのだろう。
そこに晃晴という初めて心の底から気を許せる友人が出来たことで、掴めていない距離感が度々、晃晴の心臓に悪さをする方向で働いているのかもしれない。
(……天然爆弾め)
とはいえ、晃晴も侑の頭を撫でたりしたことがあるので、人のことを強く言える立場ではなかったりするのだが。
晃晴がそっとため息を吐き出し、片手で両目を覆うようにすると、侑がますますきょとんとする。
「あの、私なにか変なことを言いましたか?」
「いいや、なにも。ごちそうさまでした」
今から説明するにはどうにも労力を使い過ぎているので、晃晴は説明することなく食べ終えた容器を持って、シンクに移動した。
「あ、そこに置いておいてください。私が洗いますので」
「このくらい自分で出来るって」
「ダメですよ。病み上がりなのですから、素直に休んでください」
「……昨日の夜から散々休んで休み飽きてるんだけど」
熱はもう下がっているし、寝続けたお陰で身体は元気そのものだ。
しかし、実際病み上がりには違いないので、晃晴はぼやきつつも素直に従い、ソファに腰を下ろす。
「ゲームですか?」
「ああ。片付け終わったら一緒にやるか?」
「では、少しだけ。すぐに片付け終わらせちゃいますね」
少しだけ、と言いつつ早く片付けて多く時間を取ろうとしている侑がおかしくて、口角を緩めていると、横にあったスマホが振動し、音を鳴らした。
音の発生源に視線をやると、
「……心鳴から?」
表情されている名前に眉を顰めながら、晃晴はスマホを手に取って通話を始める。
『あ、晃晴!?』
やけに焦ったような声音に、晃晴は眉を顰める。
「なんだ? そんなに焦って。忘れものでもしたか」
『違くて! あんた大変なことになってるよ!?』
「は? 大変なこと?」
『なんか、あんたとゆうゆが付き合ってるんじゃないかって、友達からあたしのとこに伝わってきたんだけど!』
「………………は?」
告げられた言葉に、晃晴は口を開けて固まった。




