ずっとそわそわしてたからね
「や、でもマジで元気そうでよかったわ」
両手を尻の後ろについて、足を伸ばした咲が軽く口角を上げる。
「だから言っただろ。熱出ただけだって」
「だから熱出たはだけじゃねえんだっての。颯太も心配してたぞ?」
「は? 桜井が?」
どうしてつい最近まで特に関わりが無かった颯太が自分の心配をするのだろう。
反応に困った晃晴が、ただ怪訝な顔をして咲を見つめることしか出来ないでいると、咲が声を上げて笑い始めた。
「お前なんて顔してんだよ。クラスメイトが心配してくれてんのに」
「いや、正直わけ分からん。わざわざ心配する仲でも無いだろうに」
「正直に言い過ぎだろ。まあ、オレもよく分からんけど。あ、あとなんかLAIN追加していいかって」
「……律儀だな。コミュ力強者は勝手に追加しそうなもんなのに」
「ちょっと偏見が過ぎねえ? 晃晴は勝手に追加されたりとか嫌いそうだからって言ってたな」
正にどんぴしゃだった。
関わりが無かったのにこちらの性格を見抜いている颯太に内心で舌を巻く。
(なんか知らないけど、お眼鏡に適ったらしい)
晃晴はため息をつき、「こっちから登録する」とスマホを操作し、クラスのグループから颯太の名前を探し出し、友達登録を済ませた。
一連の流れを見ていた咲が驚いて目を丸くする。
「素直に登録するんだな」
「これで断ったらなんか明らかに避けてるみたいになるだろうが」
少し前ならその選択肢も選んでいたのかもしれないが、ちゃんと前を向くと決めた以上、人と関わるのが苦手だろうが、怖かろうが、ちょっとずつでもやっていかないといけないのだから。
(まあ、相手はちゃんと選ぶけどな)
颯太は話してみた感じ、悪い奴ではないという考えに至った。
ただ、それだけのことだ。
「というか、あいつら戻ってこないな」
「あーなんか悪い。長居する気無かったんだけどさ」
侑と心鳴は、今、侑の部屋に行っている。
心鳴が急に「そう言えばゆうゆの部屋見てみたい!」と言い出したせいだ。
そのまま、侑が鞄を回収する間も無いままに、2人は侑の部屋に行ってしまった。
「いや、もう体調良くなったし、寝過ぎて飽きてたから気にするな。ちょうどいい暇潰しになってる」
「人を暇潰し扱いすんなっての」
ソファに座っていた晃晴のふくらはぎあたりがぺしんと軽く叩かれる。
晃晴が少し声を漏らして笑うと、玄関が開く音がした。
「たっだいまー!」
「おー、お帰りー。どうだった?」
「なんかめっちゃいい匂いした! あと家具がなんかオシャレだった!」
「……お前侑に迷惑かけてないだろうな」
睨め付けように見ると、心鳴は「かけてないかけてない」と明るく返してくる。
侑が微笑んでいるところを見るに、あながち嘘でもなさそうだ。
「あ、そうだ。晃晴くん、ノートを……あれ?」
鞄を探り出した侑が首を捻る。
「どうした?」
「……す、すみません。ノートを1冊、机の中に忘れてきてしまったみたいで」
「なんだ、そんなことか。気にするな」
そもそも熱を出して倒れたのが悪いのだから、ノートを取ってもらっておいて、文句を言うつもりはない。
「ゆうゆ、今日1日ずっとそわそわしてたからね」
「そ、そこまでではなかったでしょう」
「えー? 先生に当てられて答えられなかったくらいなのにー?」
「あ、有沢さんっ! それは言わないでと!」
「あ、そうだった。ごめんごめん」
「もうっ!」
からかわれてむくれる侑を見て、晃晴はくくっと忍び笑いを漏らす。
「こ、晃晴くんも、笑わないでくださいっ。……いいではないですか。というか心配しない方がおかしいのです」
「悪い悪い。ご心配をおかけしました。この通りすっかり元気になりましたので、どうか機嫌直してくださいませ」
「ごめんってゆうゆー。そんなところも可愛いよー?」
「知りませんっ」
ぷいっとそっぽを向いてしまった侑に、心鳴が抱きつく。
そんな2人を尻目に、咲が「さてと」と立ち上がった。
「んじゃ、そろそろ帰るとすっか」
「そだね。本当はゆうゆの手料理食べたかったんだけどねー。晃晴、あんな美味しいの毎日食べられるとズルくない?」
「まあ、恵まれてるって自覚はある」
「いいなー。住む場所譲ってよ」
「お前がちゃんと家賃払えて家事とか諸々出来るなら考えてやってもいいぞ」
「くっ、今日はこの辺にしといてあげるよ。命拾いしたね」
「お前がな。ま、侑が良いって言うなら食べに来るくらい全然いいけど」
やったー、と喜ぶ心鳴を見て、不機嫌だった侑がくすっと相好を崩す。
「はい。きちんと事前に連絡さえもらえれば、有沢さんの分もお作りしておきます。若槻くんも良ければ」
「え、オレもいいの? んじゃ、また今度、泊まりに来る時にでもお願いさせてもらおうかな」
「あ、あたしも。今度ゆうゆの部屋に泊まりたい」
「ふふっ、お待ちしています」
リビングから出て行こうとする咲と心鳴を見送ろうと、侑があとに続く。
いつもはあまり見送りをしない晃晴も、自分の見舞いに来てくれたのだから、今回は見送ろうと立ち上がろうとすると、
「や、お前はいいよ。熱下がったって言っても、一応病み上がりだろ」
「……そうか。……見舞い、ありがとな」
ふっと頬を軽く緩めて感謝を述べると、咲は「おう」と軽く手を挙げながら、心鳴と一緒にリビングから姿を消した。
(これ、もう必要ないか)
額に貼られたままだったすっかりぬるくなったシートを剥がし、念の為に熱を測ろうと寝室へ戻る。
待っていると体温計が音を鳴らし、表示された温度見てから、リビングに戻ると見送りに行っていた侑が既に戻ってきていた。
侑は咲と心鳴が使っていたコップを片付けながら、こっちを見てくる。
「熱、どうでしたか?」
「36.8度。もう大丈夫そうだ」
人によってはまだ微熱と捉えるラインかもしれないが、そこまで騒ぐほどの体温でもないと、晃晴は判断した。
「そうですか。本当に良かったです」
「改めて、ご心配をおかけしました」
目尻が下がった蒼い瞳は、侑の心からの安堵を感じさせる。
晃晴は侑のそんな感情をひしひしと感じながら、頭を下げた。




