邂逅、再び
学校が終わって、1度部屋に戻った晃晴は準備をしてとある場所に向かっていた。
「ここ、だよな……?」
目的の場所に着いた晃晴は訝しみながら、手元にあるスマホと建物を交互に見る。
咲から教えてもらった住所は目の前の建物で合っていた。
スポーツウェアに身を包み、ここに来る途中に買ったばかりのバスケットボールが入ったボールケースを背中に背負った晃晴は、目の前の建物、ではなくその横の細道に足を踏み入れていく。
やや入り組んでいる細道を歩いていった先にはこぢんまりとした公園があった。
そこには年季の入ったバスケットゴールが設置されていた。
晃晴の目的は、ここでバスケの練習をすることだ。
咲にどこか練習出来るところがないか尋ねたところ、人が多いと練習しづらいだろうから、とこの場所を教えられたのだった。
確かにここは周りは建物に囲まれ、入り組んだ道を抜けないといけないので、穴場と言っていいだろう。
しかし、晃晴の意識はその穴場のコートには向いていなかった。
厳密に言えば、コートには向いているのだが、それは今、フリースローラインあたりに立っている白髪の人物に向けられているもので。
(なんでここに?)
晃晴が呆然と立ち尽くし、見つめる先には、スポーツウェア一式に身を包んだ姫川ひまりがボールを手に立っていた。
ひまりはこっちに気づかないまま、タムタムとリズム良くドリブルをつき、胸元にボールを構え、シュートの体勢を取る。
そのまま、流れるように、思わず見惚れてしまうような綺麗なワンハンドフォームでシュートを放った。
高く、理想的な弧を描いたボールはリングに近づき、ガンッと音を立てて跳ね上がって、
「あ」
——リングとボードの間に挟まった。
晃晴は挟まって落ちてこなくなったボールを思わず小さく声を漏らしてしまった口の形のまま、ぽかんと眺める。
ひまりもまた、同じようにボールを眺めていたのだが、数秒ほどして我に返ったらしく、慌ててボードの下に向かい、落ちてこないボールに向かってジャンプをし始めた。
「……っ! ……〜っ!」
当然、届くわけもないのだが、ひまりはぴょんぴょんとジャンプを繰り返す。
そこで、無謀なジャンプを繰り返していたひまりが、ふとこっちを見てきて、目が合ってしまう。
時間が止まったように身体を停止させるひまりを見て、晃晴がバツが悪そうな顔をすると、ひまりの顔がカーッと赤く染まっていく。
(……とりあえず助けるか)
さすがにこれ以上見続けるのも無理があるので、ボールケースからボールを取り出し、リングに近づいて、下からボールを軽く投げて、挟まっていたひまりのボールを落とした。
「ほら」
転がっていたボールを拾い、固まっているひまりに差し出す。
「う……ど、どうも……」
ひまりは恥ずかしそうに上目遣い気味で両手で恐る恐るボールを受け取る。
(なんか話しかけた方がいい、よな)
普段から周りに無愛想と呼ばれている晃晴でも、さすがに友達の家族に対して無言でボールを渡して、なにも声をかけないままというわけにはいかない。
「あ、あー……その……う、運が悪かったな……姫川」
「へ……?」
割と勇気を出して話しかけると、ひまりはぽかんと口を開けた。
頬は赤く染まったまま、眠たげな目つきが徐々に不審なものを見る目に変わっていく。
「どうして初対面なのにわたしの名前を知ってるの。まさか、ストーカー……」
「ちょっと待て、落ち着け! 違うから!」
ボールを胸に抱えたまま、半身になって半歩ほど後ずさったひまりに向かって、晃晴は慌てて声を張り上げた。
「なに? ストーカーと話すことなんてこっちにはない」
「だからストーカーじゃない! この間侑と一緒にいる時に会っただろ!」
「お姉ちゃんと……? ……あ」
晃晴の弁明を聞いたひまりは眉根を寄せて考えて、心当たりがあったのか、まじまじと眠たそうな蒼い瞳を向けてくる。
それからずいっと身を寄せて来て、胸元から見上げるように顔を見つめてきたので、今度は晃晴の方が半歩ほど後ずさった。
「な、なんだ?」
「……本当にあの時の人だ。印象が違い過ぎて分からなかった」
「思い出してくれてよかったけど、そんなに違うもんかね」
髪型を変えただけでそこまで周りの反応が変わるというのは、未だに半信半疑だ。
(……けど大学とか入って垢抜ける奴らって髪型とか整えたり染めたりしてるから印象変わって見えるんだよな)
ということは自分もそういう類のものなのだろうか、と考えていると、ひまりがこくりと頷いた。
「うん、全然違うよ。ストーカー扱いしてごめん。3回目、だよね? えっと、晃晴……で合ってる?」
「……」
「あ、あれ? 違った? それともやっぱりストーカー扱いされたこと怒ってる?」
「あ、ああ、いや、合ってるし、別に怒ってない。急に名前で呼ばれたことに驚いただけだ」
「だ、だってお母さんにお姉ちゃんが男子といたって話したら晃晴くんだーとしか言わなくて苗字分からないし……」
よく知らない男子を名前で呼んでしまったのが気まずいのか、ひまりは居心地悪そうに、胸元のボールに目を落とす。
「あー、日向。日向晃晴だ」
「日向、ね。うん、覚えた」
「というか、駅で会ったことも覚えてたんだな。そこにも驚いた」
「それは2回目会ったあとにどこかで会ったような気がして、思い出したから」
「……そうか」
そこで、会話が途切れてしまう。
(思ったより会話続いたし、これ以上無理に話す必要もないか……?)
晃晴としてはここでそのまま会話を切って、本来の目的である練習に戻ってもよかったのだが、
「ところで日向はバスケ部なの?」
意外なことに、ひまりは会話を続けるつもりらしい。
声をかけられてしまえば、無視するわけにもいかないだろう。
「いや、中学までバスケ部だっただけだ。今は帰宅部」
「ふうん。今日はなに、気晴らしとか? というかよくこの場所知ってたね」
「来週クラスマッチがあるんだよ。この間の体育でシュートの感覚鈍ってるのが分かったから、練習に来た。場所のことは友達が穴場だって教えてくれた」
「あ、分かる。フォームは覚えてるのに久しぶりだと全然入らないよね」
「だとしてもさっきのはイレギュラー過ぎるけどな」
「さ、さっきのは忘れて……!」
思い出して顔を赤くしたひまりが恨めしげに睨んでくるので、晃晴はその視線をいかにもドリブルに集中して、ウォームアップ中ですよ、という風に躱す。
視界の端で一層睨んでくるが、それも気づいていない振りをした。
(こういうところ、侑にそっくりだな)
容姿も相まって、知らない人が見たら従姉妹じゃなく、本当に姉妹だと思ってしまうことは間違いない。
「で、そっちは?」
睨み続けられてもしんどいものがあるので、今度は晃晴から話を振った。
「……わたしは気晴らし。わたしも留学する前はバスケ部だったから、久しぶりにボール見たら懐かしくなったのもある。ここって人あんま来なくて、落ち着いて出来るから」
ひまりは「わたし、こんなんで目立つしね」と続けながら、白い髪を一撫でしながら小さく苦笑する。
「なるほどな。そういや、侑と会った時も留学って言ってたっけ。いつ頃から行ってるんだ?」
「……中学2年の途中からアメリカ。一応語学留学ってことになってる」
「中2でアメリカか……凄いな」
その頃の晃晴はと言えば部活を辞めて腐っていて、ひまりのように外に羽ばたくどころか色々と塞ぎ込んで閉じ籠り始めたばかりの時期だ。
だから、素直な賞賛だったのだが、ひまりは照れたりせずに小さく首を振ってから、弱々しく笑った。
「……ううん。全然凄くないよ。わたしのは逃げる為だから」
「え……?」
聞き間違いだろうかと思い、聞き返そうとすると、
「そろそろ練習始めないと時間無くなりそうだね。ここ電灯少なくて夜真っ暗になるから」
ひまりがドリブルをつきながらリングに向かって行ったので、晃晴は聞き返すタイミングを失ってしまう。
仕方ないので、晃晴もひまりに倣い、シュートを打ち始める。
その後、晃晴とひまりは口数も少なく、しばらくお互いの練習に集中し続けた。




