イケメンとの昼休み
侑が帰ったあと、晃晴はソファに深く腰をかけ、ぼうっと天井を見つめるように背もたれに身を沈めていた。
「バスケ部の助っ人、ね」
呟いた声は、どこか渇き切っていて、弱々しい。
(俺に出来るのか……? バスケ部から途中で《《逃げ出した》》俺に……)
思い出されるのは、中学2年の夏休みの途中。
——《《部活を途中で辞めた》》時の記憶だった。
自身が目指していたものを諦めないといけなくなった、どこにでもありふれていて、でも、自分にとってはある意味特別な日となった、夏休みの1日。
思い出すだけで胸が苦しくなり、息が詰まるような感覚がしてくる。
そのことは、咲にも心鳴にも、侑にだって話していないことで。
晃晴がまだ乗り越えることが出来ていないものだ。
颯太にまだ気を許せていないのも、集団が苦手で新しいコミュニティに一時的にとはいえ、所属するのが億劫だというのも決して嘘ではない。
ただ、自分の中のトラウマが占める割合の方が大きいというだけのことだ。
「いや、違うよな。バスケ部そのものにトラウマがあるわけじゃない」
晃晴は自問自答しつつ、ゆるりと首を横に振った。
原因になったのは1部のチームメイトたちや友人たちで、別に部というもの、そのものに問題があったわけじゃない。
晃晴が悩んでいるのは、あの時チームから逃げた自分に別のチームに参加する資格があるのか、ということだった。
「……だからって侑たちにも話していないことを桜井に話して断るのは違う」
そもそも昔チームから逃げ出した、なんて急に言われれば、気を遣わせるし、困らせるだけだろう。
(……けど、頼られてる。力になりたいって思ってる自分も当然いるのは事実だ)
そこはもう、ちょっと前の腐っていた自分とは違う。
侑と出会って、ヒーローになることを諦めていた癖に、人を助けないと自分が空になるからと縋るように、自分勝手な理由で人を助けていた時のどうしようもなく弱かった自分に比べれば、少しはマシになってきているはずだ。
だからこそ、颯太の頼みに力を貸したいという自分もいる。
「……めんどくさ過ぎるな、俺」
晃晴はため息をついて、風呂に入るべく、ソファから立ち上がったのだった。
次の日の昼休み。
晃晴が購買に行く為に廊下を歩き、曲がり角を曲がろうとすると、
「ねっ、いいでしょ? あたしたちと一緒にご飯食べようよ」
「い、いや、おれは……!」
数名の女子に囲まれている颯太と出くわした。
恐らく上級生と思われる女子たち相手に、颯太は明らかに困っている。
その情報を見て取った晃晴は、少しの間足を止め、今の状況を整理してから、颯太の元へ向かう。
「桜井」
声をかけると颯太と周りにいた女子たちが一斉にこっちを見る。
「日向? どうかした?」
「どうかしたってお前な。一緒に飯食うって話だっただろ。先に行って席取っといてくれるんじゃなかったのか」
あからさまに呆れているトーンを意識しながら言うと、颯太は一瞬ぽかんとしたものの、こっちの意図を察したのか、「ごめん!」と両手を合わせた。
「けど先輩に話しかけられて無視するわけにもいかないじゃんか! 許して、この通り!」
「……はぁ、もういいって。学食は埋まってるだろうし、購買でなんか買ってこうぜ」
「ほんっとごめん! あ、すみません! 見ての通り、おれ、こいつと約束してたので!」
囲っていた女子たちに頭を下げながら、颯太が背中を押してくる。
そのまま購買まで歩き、上級生たちの姿が見えなくなっていることを確認し、颯太が大きく息を吐いた。
「助かったよ、ありがとう。あ、お礼に飯代持つよ」
「別に気にしなくてもいいぞ」
遠慮したが、そういうわけにもいかないと颯太が引き下がらなかったので、晃晴は折れ、奢ってもらうことになった。
そのまま流れで颯太と一緒に食べることになり、購買で適当に惣菜パンとおにぎりを袋に詰め、体育館の側面の階段に並んで腰を下ろす。
「改めてほんと、助かった」
「さっきも言ったけど、気にするな。購買に行く途中だったし、さすがにあれを素通りするのは無理があっただけだ」
頭を下げてくる颯太をちらっと見て、教室で待っているであろう咲と心鳴に颯太と昼を食べることになったと連絡する。
「……桜井、もしかして女子が苦手なのか?」
さっきから薄々と思っていたことを切り出すと、颯太はバツが悪そうな笑みを浮かべた。
「……実は苦手」
「意外だな。もっと女子慣れしてるもんだと思ってた」
「そんな人を遊び慣れてるみたいに言うなよ。これでも彼女いない歴年齢だぞ?」
「……それはマジで意外だ」
まさかのカミングアウトに晃晴はわずかながらに目を見開き、爽やかで柔和な顔立ちを見つめる。
遊び慣れてるとは思っていなかったが、彼女くらいは今までいたことがあってもおかしくないと思っていた。
人は見かけによらないらしい。
「と言っても、女子という女子が全員苦手なわけじゃないけど」
「まあ、お前がいつも一緒にいるグループに女子いるしな。全部苦手なら大した演技力だ」
「仲のいい友達とかはある程度は平気。けど、さっきの先輩たちみたいにガツガツ来るタイプはちょっとね。そもそも仲良くない女子と飯食うとか気まず過ぎる」
端整な顔立ちをやや歪め、肩を竦めた颯太に晃晴は「違いない」と同意の意を示す。
「しかもおれに声かけてたのバスケ部のマネージャー」
「……そりゃますます断りづらいな」
「だろ? だからほんと助かった」
「やめろ。拝むな」
合わせた両手をすりすりしてくるイケメンに顔を顰める。
「……それで、なんで女子が苦手なんだ?」
改めて聞き直すと、なぜか颯太が「え」と意外そうな顔をした。
「なんだ、その顔は」
「いや、日向からおれのことを聞いてくるとは思ってなくてさ」
言いつつ、颯太がまじまじと見つめてくる。
「日向っていつも他人にあまり興味がない感じだったし」
「……まあ」
颯太の指摘に、晃晴は口をもごっと動かした。
ここではっきりと興味が無いと言い切るのは中々に豪胆過ぎるだろう。
それに、少し違う。
(興味が無いんじゃなくて、他人と関わるのが怖くて避けてただけだ)
まさかそれをそのまま言うわけにもいかず、
「……普段交友の無いクラスメイトと無言のまま飯食うのって気まずいだろ」
「……なるほど、納得」
隣からくくっと忍び笑いが聞こえてくる。
「小学生の時なんだけどさ、同じクラスの女子が急に教室の中で告白してきたんだよ」
「教室に人がいる中でか」
「そ。そしたら別のもう1人が告白してきてさ、2人がおれを取り合って、大ゲンカし始めたんだよ」
「最悪だな……それ」
「でしょ? 罵り合いからビンタの応酬まで目の前でやられてさー、そんで最後はなぜかどっちと付き合うんだって2人からキレ気味に迫られた。その時のことが怖過ぎて、それ以来ね」
颯太が物憂げにため息をついた。
「なんと言うか、その……イケメンって大変なんだな」
「そー。そのせいで男からも無駄に敵意向けられること多いし」
「否定しないのか」
「……したらしたで嫌味に取られるしもう開き直ることにしてる」
「……マジで大変なんだな」
侑然り颯太然り、やはり容姿が整い過ぎていると性別関係無く視線を集めてしまうらしい。
遠い目をしている颯太に心からの同情を示すと、
「なんて言うか、日向って話してみたら結構いい奴だよね」
「……なんだ急に」
「いやー今まではあんま咲と有沢さん以外と話してるところ見たことなかったし、なんか無愛想で話しかけんなオーラが出てたから分からなかったんだけど」
「桜井って見た目に反して結構ズバズバ言うタイプだな……」
「けど素通りすればいいのに助けてくれたし、話せば結構リアクションしてくれるし、地味で目立たないだけでこうしてよく見てみると、結構顔立ちいいっぽいし、改めていい奴だよなーって思って」
「……そうかよ」
(よく本人前にして直接そんなこと言えるもんだな)
屈託のない笑顔を向けてくる颯太に、相変わらず褒められたり、いい奴と呼ばれるのが苦手な晃晴はぶっきらぼうな呟きを投げ返した。




