なんでちょっと残念そうなんだ?
「どうかされたのですか?」
部屋に戻ってからもずっとぼうっと考え込んでいると、侑が声をかけてきた。
「あ、ああ……ちょっとな……」
「もしかして、お口に合いませんでした……?」
「い、いや、違う! そんなわけないだろ!」
侑がしゅんとしてしまったので、慌てて否定する。
それから、侑が作ってくれたカルボナーラを慌てて頬張って、飲み込む。
お手製ソースは濃厚で市販のソースと比べ物にならないくらい絶品だ。
「ちょっと考えごとがあるんだよ」
「考えごと、ですか?」
「……実はさ」
颯太から試合の助っ人を頼まれたことを話すと、侑は「なるほど」と呟き、頷く。
「晃晴くん、すごい活躍でしたものね」
「活躍ってほど目立ってたわけじゃないぞ」
「そんなことはないですよ。確かに殆どの人が桜井くんを見ていたことは間違いないでしょうけど」
あまりにもハッキリと言われ、晃晴はついつい苦笑を零す。
「でも、私は晃晴くんを見ていましたから。どれだけ頑張っていたかも知っています」
「……さいで」
「ですので、晃晴くんが助っ人を頼まれた、というのは私からしたら納得出来ることです」
「……ま、最後の最後でシュートを決められない程度の男だけどな」
無意識に肩を竦めながら言うと、侑がむっとした顔になった。
「……またそうやって自分を卑下する」
「あ。わ、悪い。気を付けてるんだけど、気を抜いたら、つい……な」
気持ち的には前向きになって、自信が無い発言はまだ多いが、自分を卑下するような発言についてはこれでも減った方だと思う。
どうやら、最後のシュートを外したことが思った以上に心にきているらしい。
「でも、そういう侑もまだ俺に頼み事する時とか結構躊躇してるからな?」
「う……」
「……お互いにまだまだ頑張らないといけないってことだな。特に俺が」
「ですね。特に私が」
お互いにくすくすと笑い合う。
「それで、桜井くんの助っ人はどうするのですか? 少なくとも、すぐに断れないほどには揺れているということですよね?」
「いや、断ったは断ったんだけどな。あそこまで真剣に頼まれると断りづらいって言うかさ」
主人公みたいな人物が、自分のことを必要にしてくれているということは、嬉しい。
主人公を目指している身としては、颯太の存在は参考になるわけで、助っ人の話は晃晴としても受けるメリットがある。
(けど、それはそれだ)
晃晴を後ろ向きにさせているのは、颯太にまだ気を許せていないという点と、咲もメンバーに入っているとはいえ、バスケ部というコミュニティに参加しないといけないという点。
それと、晃晴自身が抱えている問題のことだった。
「……とりあえずもう少し考えてみるつもりだ」
あまり考え過ぎていても、侑に心配かけるだけだと思い、努めてさらっと告げると、侑は「そうですか」と特に疑った様子もなく、納得してくれた。
少し冷めてしまったカルボナーラを1口含み、念の為に話を逸らそうと「そう言えば」と切り出す。
「今日大変だっただろ」
朝の出来事が起きてから、侑の周りは落ち着くどころか、時間が経つごとに噂が更に学校中に広まってしまっていた。
そのせいで他のクラスだけではなく、上級生もやってきて、晃晴たちの教室を覗いてくるという事態が起きていた。
「大したことはないです。……と言いたいところなのですが、楽ではありませんでしたよ」
「そりゃそうだろうな」
「あんなにたくさんの人と話したのは初めてです」
「皆それだけ侑のことが気になるんだろ」
「なんだかいつも以上に見せ物扱いで、今日1日ずっと気を張って過ごすことになってしまいました」
疲れたような笑みを浮かべる侑に、晃晴は心の底からの同情の目を向けてしまう。
すると、侑が「あ」と慌てたような声を上げた。
「で、でも、晃晴くんのことは少しも話していませんので、ご心配なく」
「そういう心配はまったくしてないって。侑のことは心配してるけど」
「私なら慣れていますので。……心配をかけてしまって……ではないですね。心配してくれてありがとうございます」
途中で言葉を変えた侑に晃晴は柔らかい笑みを浮かべ、「ん。よく出来ました」と口にする。
「……なんだかすごく子供扱いされてる気がします」
「そんなことないぞ? ただちゃんと出来たら褒めてくれる相手がいた方がやりがいがあるだろ?」
「確かにそうでしょうけど、口調がもう子供に話す時みたいじゃないですか」
侑がむくれていくのを見て、これ以上からかわない方がいいと判断した晃晴は「ひとまず」と声に出した。
「しばらくは学校に行くのは今まで通りだな。今見た目を変えて行くのは色々と面倒なことになるだろうし」
「……ですね」
一見普通に返事をしたような侑の声音だったが、表情はほんのり寂し気だった。
「なんでちょっと残念そうなんだ?」
「え?」
言われて今気がついたという風に、侑が自分の頬をぺたぺたと触る。
「……私、残念そうにしてましたか?」
「してたって言えるほどじゃないけど。……なんかあるなら言ってくれ」
「……別に大丈夫です。と言うより、これを言っても晃晴くんを困らせることにしかならないと思うので」
「困るかどうかは俺が決めることだ。まあ、どうしても言いたくないならこれ以上は聞かない」
見つめると、侑は蒼い瞳を彷徨わせたあと、躊躇いがちに口を開いた。
「……もし、晃晴くんがバスケ部の大会に出場するのなら、私は応援には行けないんだろうなって思って」
ぽつりと紡がれた声と寂しげな笑みに、晃晴は「あ」と声を漏らす。
(言われてみればそうだ)
恐らく、大会の時には颯太や他の部員の友達が応援に駆けつけるはずだ。
そこに侑が来てしまえば、当然注目を集めることになる。
そうなってしまえば、晃晴と侑の関係が公になることは避けられないし、周囲は本人たちのことを考えずに自分たちに都合のいい邪推をするだろう。
「……そもそも助っ人するかどうかまだ決めてないし、その心配自体が杞憂に終わる可能性が高いけどな」
どう考えても侑の求める答えを出せないような気がして、晃晴は苦笑とともに言葉を濁すことを選んだ。




