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クラスマッチの練習と助っ人の勧誘

 1週間後に迫ったクラスマッチの競技が男子はバスケ、女子はバレーに決まった。


 体育館の床とシューズが擦れる音と大勢の人間が走り回る活気あふれる声を聞きながら、晃晴はただひたすらコートの横の使用されてないバスケットリングに向かってシュート打ち続けるという作業を続けていた。


 バスケットボールに触らなくなっておよそ2年もの時が経っているので、現役時代の感覚はすっかり鈍ってしまっており、たった数回シュートをしただけでは、やはり感覚は戻らない。


 晃晴が放ったシュートはガンッとリングに当たり、女子のコートの方へ転がっていってしまう。


「おーい旦那ー、なにやってんのフリーだよー? しっかり決めないとー」


 スポーツの特性上出られる人数に限りがあるせいで、試合に出ておらず、暇を持て余した心鳴がさっきから横で野次を飛ばしてくるのが非常に鬱陶しい。


 晃晴はお世辞にもいいとは言えない目つきを更に細め、心鳴を睨む。


「女子の方の試合でも応援してろよ。それか今試合で走り回ってる彼氏の応援」

「咲のバスケ姿なんて小さい頃から見慣れてるし、こっちの試合見るより晃晴に茶々入れてる方が退屈しなくていいじゃん」

「ちょっとは本心を隠せ」


 悪びれる様子のない心鳴は転がっていったバスケットボールを拾い、軽快にドリブルをつき始める。


 そのボール捌きは、さすがの現役プレーヤーと言わんばかりで、鮮やかにキレがある。


「お前のスキルは分かったから早く返してくれ」


 ため息をついてから言うと、心鳴がこっちにちらりと視線を投げてから、口の端をわずかに釣り上げ、綺麗なワンハンドのフォームでシュートを放つ。


 ボールはそのままリングに掠ることなく、サシュッと音を立ててネットを潜った。


「……お見事」


 ふふん、と得意気にドヤ顔な心鳴を尻目に、肩を竦めながら呟き、リングの下に転がったボールを回収する。


 と、同時に男子の方の今やっている試合が終わるブザーが鳴り響く。


 今の試合に出場していた咲が、汗を拭いながらこっちに近づいてくる。


「お疲れー咲ー」

「おー。ほら、次出番だぞ。晃晴」

「分かってるよ」


 結局、心鳴に気を取られ過ぎて満足がいく程度まで感覚が戻ることはなかった。


 不安ではあるが、出番なので出るしかない。


 手を抜くようなことはしないが、最初は身体を慣らす意味も込めて軽く流すようにしようと考えていると、


「有沢さん。交代です」


 女子の方のバレーの試合に出ていた侑が心鳴を呼びにやってきた。


「ん、オッケー! じゃ、晃晴。お互い頑張ろー!」


 意気込んでコート内に入っていく心鳴を見送ってから、晃晴も同じように試合を始める為にコート内に歩いていく。


 その際、侑の横をなにも言うことなく通り過ぎたのだが、


「——がんばれ」

「……っ!?」


 後ろからの小さな声が耳朶を打って、身体を強張らせてしまう。


 思わず振り返れば、侑は既にそこから離れていた。


 しかし、聞き間違えなんかではないのは、近くにいた咲の表情から伝わってくる。


「こりゃいいとこ見せないといけないな」

「……うるさい」


 からかいの笑みから逃げるように、晃晴はコートの中へと駆け足で向かう。


「お、日向。同じチームじゃん。よろしく」


 既にコートの中にいた颯太が気さくに片手を挙げてくる。


「……ああ」


 対して、晃晴は相変わらずの仏頂面で返したのだが、


(……やれるだけやってみるか)


 瞳には闘志が宿っていた。






 

 なるべく試合の時間を多く取る為に、1試合6分と少し短めに設定されているので、試合も終盤に差し掛かっていた。


 状況は晃晴たちがやや劣勢といったところ。


 というのも、こっちのチームには経験者らしい経験者が晃晴と颯太しかいなかったのだ。


 他のメンバーは運動神経は悪くないものの、未経験者。


 対して、相手の別クラスチームは颯太曰く、バスケ部が2人と、他の3人は動きからして経験がありそうな人物ばかりだった。


 つまりは全員が経験者のチームというわけだ。


 スポーツにおいて経験があるというのはなによりもアドバンテージとなる。


 そんなアドバンテージがありつつも、晃晴たちのチームは颯太のお陰で善戦することが出来ていた。


 他よりもマークの厳しいはずの颯太が、決めるところはしっかりと決め、隙を見ていい所にいた味方にパスを出し、ディフェンスでも果敢に相手からボールを奪う。


 正に八面六臂の大活躍だった。


 晃晴は仲間のミスをカバーしたりゴール下のシュートを決めたりと、目立たないが重要なプレーをしていた。


 その甲斐もあってなのか、点差はずっと僅差のままだ。


 しかし、こっちのチームで確実に点を決められるのは颯太と晃晴くらいのもので、相手チームは全員が得点出来る。


 そのせいで、こっちが決めてもすぐに取り返され、付かず離れずの展開がずっと続いているのだった。


「っし!」


 そんな中、颯太が相手を抜き去り、きっちり点を決める。


 颯太がシュート決めた瞬間、試合を観戦していた女子たちが黄色い声を上げた。


 颯太は女子たちの声援に応える暇は無いと言わんばかりに点を決めても油断せずにすぐにディフェンスに戻る。


(……時間的にラストワンプレーか)


 タイマーを見ると、残り30秒を切っていて、点差はスリーポイントを決めれば逆転出来る。


 それを相手も分かっているのか、パスを回すばかりで無理に攻めてこようとしない。


 きっちり時間を使ってタイムアップを狙おうとしているのだろう。


(落ち着け、相手とディフェンスの位置を見て……)


 目の前でパス回しが行われていく中、颯太が相手の1人に厳しく圧をかけた。


 そうなれば、颯太のいる場所に簡単にパスをすることは出来ないだろう。


(だとすると、次にパスが来るのは……)


 晃晴は自分のマークを外し、予測を立てた場所へと走り込み、


「あっ!?」


 相手のパスをカットした。


「ナイス日向!」


 弾いたボールにいち早く反応してみせた颯太がボールを拾い、その勢いでドリブルを始め、敵ゴールを目指す。


「戻れ戻れ!」


 敵ゴールのスリーポイントライン付近で相手チームのバスケ部が2人ほど、颯太の目の前に立ちはだかった。


 そうなると無理に攻めるわけにもいかず、颯太が足を止める。


「行かせるかよ!」

「くっそ、お前らいつもよりディフェンス上手くない!?」

「女子が注目してる前でお前に活躍されると腹立つんだよ畜生が!」

「私怨じゃん! いつもそのくらいでやってよ!」


 素人目にも分かる気合いの入ったディフェンスに、さすがの颯太も攻めあぐねていた。


 だからこそ、颯太を止めるのに必死になっているからこそ、離れた位置にいる晃晴には気が付かない。


「桜井」


 呼びかけると同時、颯太がこっちを一瞬だけ見て、わずかに口角を上げた。


「やべっ、カバー!」


 晃晴の存在に気がついた1人が声を上げ、颯太についていたもう1人がこっちに走り寄ってくる。


 その瞬間、颯太が一気に加速して、ゴールに向かって切り込んでいく。


「くそっ、囮かよ!? させるかっ!」


 こっちに走って来ようとしていた1人が、颯太がディフェンスを抜いたのを見るや否や、カバーに入ろうと切り返す。


 それを嘲笑うかのように、颯太がこっちに向かってノールックでパスを出してきて、ボールが手元に収まった。


「ナイスパス」


 呟き、完全にフリーだった晃晴はスリーポイントラインの外からシュートを放つ。


 弧を描き、高く舞い上がったボールはリングに当たって跳ねて上がり——。


「おっしゃぁぁぁぁあああ! 桜井に勝ったぁ!」


 ——ネットを揺らすことはなかった。


 鳴り響くブザーの音と、相手チームと周りの歓声を聞きながら、晃晴はただ、リングを見つめて立ち尽くす。


 やがて、晃晴はリングから視線を外し、上を向く。


 今のが颯太なら、あるいは咲だったなら、決めていたはずだ。


(ああ、くそっ)


 そう思うと、悔しさが込み上げてきて、グッと奥歯を噛み締めて、一瞬拳を握り、だらんと脱力した。


 ひとまずコートの外へ出て、壁際に座り込むと、


「ドンマイ晃晴。最後惜しかったなー」

 

 近づいてきた咲を晃晴はちらりと一瞥する。


「……リングに当たれば全部惜しいだろ。今のが特別惜しいわけじゃない」

「へーへーそうだな」


 晃晴のやや険のある声音を適当に流しつつ、咲が隣に腰を下ろす。


 特になにも言うことなくぼうっと始まった次の試合を眺めていると、颯太もこっちに近寄って来た。


「お疲れ、日向」

「ああ。桜井も」


 返事をすると、颯太は爽やかに笑い、なぜかそのまま隣に腰を下ろした。


「なんだよ颯太。なんか用か?」

「咲にじゃなくて日向にね」

「……俺に?」

「うん。試合の途中から思ってたけど、日向ってバスケ経験者だよね?」

「ああ、まあ、小中と少しだけやってた程度だ」


 隠す必要も無いので、正直に答えると、颯太が目を輝かせる。


「やっぱそっか! じゃあさ、頼みがあるんだけど!」

「頼み?」


 クラスどころか学校の人気者が、目立たない自分になにを頼むと言うのだろうか。


 晃晴は訝しみ、眉根を軽く寄せる。


「……お前まさか、あれを晃晴にも頼むつもりかよ」


 咲は颯太がなにを言おうとしているのか心当たりがあるらしく、軽く目を見開き、颯太を見た。


「うん。さっきの試合を見てた感じだと、日向なら力になってくれそうかなって」

「……で、その頼みって?」

「えーっとさ、実は来月に大会があるんだよ。公式じゃないんだけど」

「公式じゃない?」

「そそ。その大会の参加条件が高校に所属してる1年生であることでさ、おれらも経験を積む為に出場したくて。顧問も経験が積めるならって賛成してくれてるんだよね。実際その大会も試合に出られない1年生にに経験を積ませてバスケ界隈を盛り上げたいって目的らしいし」


(ふーん、こっちじゃそんなのやってるのか……ってまさか)


 晃晴は颯太がこの話題を振ったことの意味をなんとなく察してしまい、


「まさか、俺も一緒に出て欲しいってことか……?」


 先回りして晃晴が予想を口にすると、颯太が頷いた。


「そもそも、なんで俺に頼むんだ? バスケ部の他の1年は?」


 尋ねると、颯太が気まずそうに「あー」と頬を掻く。


「恥ずかしながら、うちのバスケ部の1年っておれを含めて3人しかいないんだよ」

「は?」

「だから、そもそも大会に出る為の人数が足りてないんだよね」


 言われたことが受け入れにくく、咲の方を見る。


「颯太の言ってること、本当だぞ。オレも頼まれて数合わせとして出ることになってるしな」


 咲が今、嘘をつく理由はない。


 ということは、颯太が言っていることは間違いないことなのだろう。


(じゃあなんで桜井は強豪とかに行かずにここに来たんだ?)


 颯太の実力は、経験がある晃晴だから分かるほどにずば抜けていた。


 恐らく、スカウトもたくさん来たはずなのに、わざわざ大して強くもないここの学校に来る意味はない。


 気にはなったが、今聞かないといけないのは、もっと別のことだ。


「話は分かったけど……結局なんで俺に頼むんだ。もっと他に経験者もいるだろ。わざわざ俺に頼む理由は?」


 尋ねると、颯太は歯を見せてにっと笑う。


「おれにもよく分からないけどさ、さっき一緒にプレーしてみたフィーリング? みたいな?」

「なんだそりゃ……」

「おい颯太。お前感覚で話す癖やめろよな。晃晴が戸惑ってるだろ」

「わわっ、ごめん。おれこういうの言葉にするの苦手でさ、ちゃんと考えるからちょっと時間ちょうだい!」


 両手を合わせて頼まれてしまえば無碍にすることも出来ず、晃晴は「あ、ああ」と返すことしか出来ない。


 了承を得た颯太は目を瞑り、しばらく「うーん」と腕を組んで考え始め、


「とりあえず日向と一緒なら楽しくやれそうだなーとか? あと、日向ってさっきの試合中、ずーっと周りを上手く見てカバーしたりとかして動いてたじゃん」

「確かにやってたよな、それ」

「うん。多分、おれ1人じゃさっきの試合、あそこまで拮抗することなかったと思う。日向が目立たないけど、地味に重要な動きをしてくれてたからこそなんじゃない? だからかも」


 紡がれた言葉を受け、晃晴は。


「……買い被り過ぎだろ。さっきのは体育の授業だから上手くいったんだ。ブランク持ったやつが活躍出来るほど部活の試合は甘くないだろ」


 最後のシュートも外したしな。と自嘲気味に付け加えた。


 突き放すように言えば、諦めてくれると思っていたのだが、


「それでも頼む。1度、考えてくれない?」


 予想外に真剣な表情を向けられ、晃晴はそっとため息をついてから。


「……分かった」


 逃げるように視線を颯太から外し、コート内で行われている試合に目を向けた。

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