メインヒロインと水族館デート②
自撮りなんて文化に慣れていないせいで、撮れた写真はどれも、被写体が見切れていたり、指がカメラに被ったり、ブレていたりと散々なものだった。
ようやくどうにか納得のいく1枚を撮ることが出来た晃晴と侑が館内を進んでいくと。
「ここからはペンギンゾーンみたいだな」
黒と白の生き物がガラスを1枚隔てた向こうで、地面だったり水中だったりを思い思いに動き回っていた。
「ペンギン……!」
侑が蒼い双眸に歓喜の色を宿し、見開いた。
「そんなにペンギン好きだったのか?」
「はい。可愛いから元々好きだったのですが……最近はもっと好きになったというか、思い入れが出来た感じです」
「思い入れ?」
聞き返すと、侑が口元に笑みを湛える。
「ぬいぐるみ、ペンギンだったので」
「あ、ああ。そういうことか」
向けられた笑みと紡がれた言葉がどうにても面映くて、晃晴は視線を逸らす。
その先では、ちょうどペンギンが水の中に飛び込んで、水の中に軌跡を残して泳いでいった。
「はっや」
「可愛い……!」
晃晴の呟きに対し、侑が反応することはなく、蒼い瞳はただただ水中のペンギンを追いかけている。
晃晴は苦笑を漏らしつつ、そんな侑の横顔を写真に収めた。
(この写真、あとで侑に見せたらどんな顔するんだろうな)
ちょっとからかってみたい気もしたが、羞恥で頬を赤くして、そのあと拗ねる姿が容易に想像がついたのでやめておく。
拗ねられて食事を作ってくれないとなったら、今度は平謝りしている自分の姿も想像出来てしまう。
そっとスマホをポケットに押し込んだ晃晴は無言でペンギンを見続ける侑と一緒に更に奥へと足を進める。
「イルカショーって何時くらいからだ?」
「えっと……確か——」
侑がスマホを取り出し、画面を確認した。
わずかに見える画面にはなにやらメモらしきものが取られている。
(本当に楽しみにしてたんだな)
真面目に時間帯のメモまで取っている侑がなんだか微笑ましく思えてしまい、晃晴はこっそりと口角を上げた。
「じゃあその時間までここに座ってペンギン眺めとくか」
「いいのですかっ?」
「まあ、もうイルカショー見てお土産コーナー回るくらいしかやることないからな」
弾んだ返事につい苦笑を漏らしながら、晃晴が近くのベンチに座ると、侑も拳1つ分くらい空けて、隣に座る。
横目で侑をうかがうと、既に意識はペンギンに向ききっているようで、晃晴はなにも声をかけることなく、ぼんやりと水槽へと意識を向けた。
「どうだった? ……って、聞くまでもないか」
イルカショーを見終えて、隣の侑を見ると、まだ瞳をキラキラとさせていた。
「凄かったです……!」
「お、そ、そうか……」
侑が前のめり気味にこっちを向いたので、目の前にあるプールと同じか、それ以上に澄んだ蒼色の瞳と至近距離で目が合ってしまう。
まるで浸っていた余韻を吐き出して、言葉や行動にしたらこんな感じになる、というお手本みたいだった。
驚き、少しだけ身を引いて距離を取ると、侑は自分の失態に気づき、「あっ」と小さく声を上げる。
「す、すみません。興奮し過ぎました」
「い、いや。大丈夫だ。楽しめたっていうのは十分伝わってきた」
フォローのつもりだったのだが、侑はますます顔を赤くしてしまう。
「あー、っと……そうだ。写真何枚か撮ってただろ? いいのは撮れたか?」
晃晴がそう口にすると、侑は瞳を再び輝かせた。
どうやら、話題の軌道修正は上手くいったらしい。
(しかし、まあ、よほどテンションが高いんだな)
最近は晃晴の前で様々な表情を見せてくれるようになった侑だが、今日ほど表情がころころ切り替わるのは割と珍しい。
「色々と撮りましたけど、お気に入りはこれですね」
「おーちょうどジャンプしてるとこだ。あーけどちょっとブレてるな」
「興奮してちょっと力が入り過ぎまして……ジャンプが来るって思って身構えたのもよくなかったですね」
侑は形のいい少し眉を顰め、悔しそうに呟く。
「晃晴くんも撮っていましたよね? どんなのが撮れたのですか?」
「ん、俺もジャンプしたところとか撮ったぞ」
自分のスマホの画面を見せると、侑は嬉々として覗き込み、
「……」
またわずかに眉を顰める。
「どうした?」
「私の撮った写真よりピントも合ってますし綺麗に撮れてます」
「なんで悔しそうなんだよ」
「なんでもないです」
いかにもなんでもありそうな表情に、晃晴は頭を捻る。
その結果、どうやら負けず嫌いが発動したらしいことを悟った。
「……せっかくだしLAINのアルバムでも作るか。今日のも載せとくから、そっちもいいのあったら載せてくれ」
ほのかに苦笑を零しつつ、早速今日撮った写真を載せていけば、分かりにくくむっとしていた侑の顔がみるみる内に綻んでいく。
「機嫌、直ったか?」
「別に拗ねてないですけど。……けど、ありがとうございます。……あ」
「どうした?」
「髪、やっぱり結構濡れてるなって」
「ああ」
晃晴は今思い出したというように、前髪を軽く摘む。
晃晴と侑の座っている席はやや前寄りの真ん中あたりだったのだが、イルカによる水飛沫が思ったよりも飛んできて、ずぶ濡れとはいかないまでも、髪から水滴が滴る程度には水がかかっていた。
(セット、崩れてないといいけどな)
そう思い、晃晴はナチュラルに髪型を気にしていることに驚いた。
(……まさか、俺が髪型を気にする日がくるなんてな)
それを成長と呼ぶのかは分からないが、自分の外見に自信がなく、無頓着だった時よりはマシだと思うべきなのだろう。
前髪を摘みながらそんなことを考えていると、
「晃晴くん。タオルです。どうぞ」
「タオルなんて持ってきてたのか」
「イルカショーはよく濡れるとのことだったので。晃晴くんは多分持ってこないでしょうし、2人分持ってきておいて正解でした」
お礼を口にし、受け取って、顔に近づけてから、晃晴ははたと気がついた。
(……これ、侑の匂いが凄いするんだけど)
普段だったら匂いがするくらいなんてことはない。
いつもはソファで少し間を空けて隣り合って座っているわけなのだし、自然と鼻腔をくすぐってくるのが普通なので、いちいち意識もしていないわけで。
しかし、侑の匂いがするタオルを顔に押し付けるようなことをするのは、意識せざるを得ないだろう。
というか、意識してしまった以上、どうしても躊躇ってしまう。
「……? どうしたのですか?」
タオルを見つめたまま固まっていると、なにも気がついていない様子の侑が小首を傾げる。
(単純な善意で渡してきてるのに、邪な気持ちを抱くのはダメだよな)
晃晴は侑の無邪気なきょとんとした顔をちらりと見て、意を決して、
「……セット崩れそうだし、首から上は拭かなくてもいい。そこまで濡れてないし、すぐ乾くだろ」
盛大にヘタレたのだった。




