メインヒロインと水族館デート
電車が目的地の最寄りの駅に着いてから数分ほど徒歩を重ね、晃晴と侑は水族館の前に立っていた。
水族館なだけあって、海の横に建てられているということもあり、6月に入ったこともあって少々暑くなってきている中、時折吹く海風が心地良い。
晃晴が建物を見上げていた視線を斜めに下ろせば、そこには同じく建物を見上げている侑の姿があった。
海風に吹かれ、透き通るような真っ白な髪を靡かせ、蒼い瞳を子供のように輝かせている。
まるで1枚の絵のような幻想的な美しさに、周囲にいる人々の目は、目の前の建物ではなく、その前に立って建物を見上げている侑に吸い込まれていた。
となると、必然的に隣にいる晃晴にも視線が集まってしまうわけで。
(ま、こうなることはもう避けて通れないし、承知の上だけどさ)
だが、ここまで露骨に周りから値踏みや好奇の視線を向けられると、どうしても怯みそうになってしまう。
逆ナンの件や周囲からの評価で、付け焼き刃とはいえ今の自分が変ではないことは分かってはいるのだが。
その自信すら、着ている服とセットした髪と同じように、付け焼き刃でしかない。
それでも今、晃晴が俯かずに顔を上げていられるのは、侑のお墨付きがあったからだった。
まだまだ頑張らないとなにもかもが身につかないな、と晃晴が自分の今の立ち位置を再確認していると、
「……つい立ち止まって眺めてしまいましたが、いつまでもこんなところで立ち止まっていたら周りに迷惑ですね。早く行きましょう」
ワクワクを抑えられないとでも言うように、瞳を輝かせたまま、侑が袖をくいくいと引いてくる。
子供のような姿に、つい吹き出しそうになってしまうが、笑えば侑が拗ねるのは目に見えていたので、どうにか頬を緩めるだけに留めた。
「分かったから。そんなに焦らなくても水族館は逃げないぞ」
「それはそうなのですが……」
「……? なにかあるのか?」
なにか言いたげにちらちらとこっちを見上げてきた侑に晃晴は首を傾げる。
すると、侑は頬を赤らめて、
「……イルカショーの時間は決まっているみたいなので」
ぽそっと呟かれた言葉に、晃晴は一瞬きょとんとしたものの、すぐに今度こそ我慢出来ずに吹き出してしまった。
「な、なんで笑うのですかっ」
「悪い、さっきの少し寝られなかったって発言といい、多分水族館が楽しみでずっと調べてたんだろうなって思ったらさ、堪えきれなかった」
「し、仕方ないではないですかっ! せっかく滅多に来られない場所に行くのですから下調べは万全にして隅々までちゃんと楽しまないと……! 晃晴くんっ!」
侑が顔を赤くして言葉を並べ立てている途中で晃晴はまた吹き出してしまう。
もうっ、とそっぽを向いて先に歩き出した侑を晃晴は「悪い悪い」と謝罪を述べながら追いかけ、横に並ぶ。
「ごめんって。怒ったか?」
「……怒ってはないですけど、晃晴くんはたまにすごく意地悪だと思います」
侑がむくれたまま、足を止めずに受付の方へと歩いていくのに追従しながら、晃晴はどうやって機嫌を直してもらうか頭を悩ませることになるのだった。
「……わぁ……」
中に入ると、所々設置された大小様々なサイズの水槽が光を浴びて反射し、薄暗い館内の所々に水面の影が出来ていた。
ぼんやりと青く光って見える水槽の中、泳いでいる多種多様の魚を見て、どうにか機嫌を直してくれた侑が隣で感嘆の声を漏らす。
「これは、凄いな」
つられるように同じく感嘆の呟きを漏らした晃晴の前を、名前も知らない色鮮やかな魚が悠々と通り過ぎていく。
「綺麗ですね」
「ああ、そうだな」
「なんだか、こんな綺麗な魚が本当に海の中にいるんだって思ったら、凄く不思議な気分ですね」
ちょうど侑と同じことを考えていた晃晴は少し驚いたものの、顔には出さずに、侑の方をちらっと横目で見て、わずかに口角を上げて再び「そうだな」と口にした。
そのまま泳ぐ魚についての感想を言い合いながら人の流れに沿って進んでいっていたのだが。
次第に、晃晴の意識は水槽じゃなくて、侑の方に向き始めてしまっていた。
水族館内の薄暗い雰囲気と水槽から反射して道を照らす青さを帯びた光が、侑が持つ可憐さを更に引き立てている。
実際、晃晴だけではなく、館内にいる男性に限らず女性も含めた人間は皆、水槽じゃなくて侑に視線を向けていた。
その視線の数は、さっき水族館の前にいた時より多いように感じる。
(……ま、見ない方がおかしいよな。ちょっと綺麗過ぎるし)
集まる視線に軽く肩を竦めると、侑が気が付いたのか、こっちに顔を向けた。
「どうかしたのですか?」
きょとんとする侑の蒼い瞳が水面からの光できらりと輝くのを見ながら、晃晴は「いいや。なんでも」と短く返した。
それから、再び人の流れに沿って館内を進んでいくと、1本の道が開けたスペースへと繋がった。
ここから先は道の幅もあるので、比較的自由に水槽を見て回れるらしい。
スペースが広いお陰で、あちこちの水槽の前で寄り添って写真を撮っているカップルがちらほらいる。
「おー、イルカにアシカにアザラシ……水族館のメインどころゾーンって感じか」
なにから見て回るかと侑に聞こうとして、隣を見れば、侑はスマホを片手に少し離れた距離で立ち止まっていた。
視線はスマホに落とし、なにか考え込んでいて、晃晴が見ていることにも気がついていない。
「侑?」
声をかけると、侑はビクリと身を竦ませ、慌ててスマホを背中側に隠す。
「な、なんですかっ」
「いや、なんですかはこっちのセリフなんだけど……どうした?」
「あ、そ、その、ちょっと連絡が来てまして……」
侑はしどろもどろになりながら、背中にスマホを隠したままこっちに近寄って来た。
(これは、多分そういうこと、だよな?)
なんとなく侑の考えている察した晃晴は近くにいた女性客に声をかけた。
「あの、すみません」
「はい?」
「ちょっと写真を撮ってもらえませんか?」
声をかけられた女性客は晃晴と侑を見て、カップルだと思ったのか、快く頷いてくれた。
「ほら、侑。スマホ」
「え、あ、は、はい」
ぽかんとしていた侑だったが、声をかけるとおずおずと持っていたスマホを差し出す。
戸惑っている侑の背中を軽く押して、イルカの水槽の前にまで移動してから、ピースサインを作ると、侑も困惑気味に控えめなピースサインをスマホを構えた女性客の方に向ける。
はい、チーズという声のあとにパシャリと音が鳴ったことを確認し、晃晴はスマホを受け取って画面を見た。
(うん、ちゃんと撮れてるな)
画面にはちょうど後ろをいい感じに泳ぐイルカと申し訳程度に口角を上げた自分と、状況が理解出来ないままにピースサインを作っている侑が写っていた。
女性客にお礼を言ってから、晃晴は侑にスマホを返す。
「ほら」
スマホを返された侑は、なおもぽかんとしていた。
「なんだ? もしかして自撮りの方がよかったか?」
「そ、そうではなくて……ど、どうして分かったのですか?」
「そりゃ、スマホ持って写真撮ってるカップルたちをちらちら見てたら分かるだろ」
呆れたように返したが、晃晴としては、
(……合っててよかった。これで外してたら恥ずかしい奴だったぞ)
自分の考えが間違っていないことに安堵していた。
「それで、満足したか?」
「……こ、この顔は可愛くないので、も、もう1枚、お願いします」
やがて、頬を赤くして恥ずかしそうに小声で呟いた侑に、晃晴は「はいよ」と微笑を浮かべた。




