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日向家とメインヒロインは食卓を囲む

「そう言えば2人っていつまでこっちにいるんだ?」


 晴翔が作ったアジフライを咀嚼し、飲み込んだ晃晴はふと気になったことを口にした。


「1週間ぐらいかしらね」

「思ったよりも長くいるんだな」

「どうせ普段から休みをあまり取らないんだから、この機にたくさん休んでほしいらしい」


 晴翔も自らが作ったアジフライを口に運び、ゆっくりと咀嚼して、頷く。


 どうやら満足がいく出来だったらしい。


 実家にいた頃から晴翔の料理の腕は疑っていなかったので、晃晴としてはいつも通りといった感じだ。


 オーソドックスなものから、中にチーズが入っていたり、大葉と梅が入っていたりと、飽きさせない工夫を凝らしているのが、なんとも晴翔らしいのだが。


「ってことはその間、部屋に泊まるのか?」

「そうしようと思ってたんだけど」


 瑞穂がにまにまと晃晴と侑を見てくるので、晃晴は思いっきり顰めっ面で返してやった。


 文句を言うのは無駄なので諦めたが、それでも面倒なものは面倒なのだ。


 侑も視線の意味に気づいたらしく、眉をハの字にして、申し訳なさそうに口を開いた。


「せっかくの家族水入らずなのに私がお邪魔してしまっていますよね……ごめんなさい……」

「気にしなくていいのよ、全然そんなこと! 侑ちゃんはもう私たちの娘みたいなものなんだから!」


 ねっ、と瑞穂は晴翔を見る。


「……さすがに娘だとは言わないが、僕は迷惑なら迷惑だとはっきり口にする。だから瑞穂の言う通り気にしなくていい」


 ふん、と軽く鼻を鳴らした晴翔に、侑が少しぽかんとした後、くすりと笑みを零した。


「……僕がなにかおかしなことを言ったか?」

「いえ、そうではなくて」


 微笑みを浮かべたままの侑が途中で言葉切って、怪訝そうな顔をした晴翔からこっちに視線を移してきた。


「日向くんと同じことをおっしゃられたので、つい」


 くすくすと笑う侑に、晃晴は思わず晴翔と顔を見合わせる。


「そうなのよ! 晃晴ったら顔の作りだけじゃなくそういう素直じゃない言い方するところまで似なくていいのに晴くんに似ちゃって!」

「「うるさい」」


 晃晴と晴翔の声が図らずとも揃い、ぴしゃりと跳ね除けられた瑞穂は「ほらもー! そっくり!」と年甲斐もなく頬を膨らませた。


 瑞穂が騒ぎ、晴翔と晃晴が冷たくあしらう。


 そんな日向家ではお馴染みの光景を見た侑は、更に肩を揺らして笑う。


 家族間でのやりとりを見られているのは気恥ずかしいし、落ち着かないのだが、侑が楽しそうなので晃晴になにも言わずに口を噤んだ。


(……なんかマジで家族の一員になったみたいだな)


 シチュエーション的には見たままで、息子が彼女、もしくは妻と一緒に婿夫婦の家で食卓を囲んで団らんしているシーンと言ったところ。


 状況的に当然、妻役には侑の姿を想像してしまう。


 今よりも大人っぽく成長し、可愛さと綺麗さに磨きがかかった侑が、こっちに向かって幸せそうに微笑む姿を想像したところで、晃晴は慌てて首を振って妄想を打ち消した。


「日向くん? どうかしましたか?」

「……なんでもない」


 想像の中身が中身だっただけに、今、真正面から侑の顔を見返す勇気はない。


(くそっ……! 絶対母さんのせいだ……!)


 誤魔化すように肉じゃがを口に入れ、侑からそれとなく視線を逸らす。


 逸らした視線の先で、晴翔がなにもなかったかのように晃晴と同じく肉じゃがを口に入れ、「……む」と眉毛をピクリと動かした。


 そのままゆっくりと咀嚼を繰り返し、飲み込んだ晴翔はなぜか侑をジッと見つめる。


「……この肉じゃが、味を付けたのは君だったよな」

「は、はい。……もしかしてお口に合いませんでしたか……?」


 晴翔に見つめられた侑は、やや不安そうにしながら口を開く。


 確かにこの肉じゃがは、瑞穂の「侑ちゃんの料理が食べてみたい!」という声の元、食材のカットは瑞穂、味付けは侑が担当したものだ。


 侑は晴翔の無表情に味の心配をしているようだが、長年晴翔を傍で見てきた晃晴には、晴翔がなにを言おうとしているのか察することが出来た。


「いや、その逆だ。いい味だなと感心していたところだ」

「へ……?」

「その歳でここまで出来るなんて大したものだな」

「あ、ありがとうございます……」


 晃晴の予想通り、晴翔はただ、侑の料理の腕を褒めようとしていただけだった。


 てっきり味に対しての苦言を呈されると身構えていた侑は、晴翔の気持ち柔らかい声音にぽかんとしていた。


「本当美味しいわよねー。こーんな美味しい手料理を毎日食べられる晃晴は幸せ者ね!」

「……まあ、そうだな」


 それは本当に幸運なことなので、否定せず頷いておく。


 もう1口、肉じゃがを口に含んで咀嚼すれば、ようやく気持ちも落ち着いてきた。


「うん、美味い。いつもありがとな」

「私の方こそ、いつも美味しそうに食べてくれてありがとうございます」


 微笑みを交換し合った晃晴と侑を、瑞穂がものすごく生温かい目で見守ってくる。


 さっきからペースを乱されがちだが、付き合っていたらキリがないので、ある程度は無視して、晃晴はいつも通りを心がけることを決めた。


 まあ、このいつも通りこそ、傍から見ていれば付き合っているのではないかと勘違いさせる要因なのだが。


 晃晴と侑はこれが自然である為に、そのことにまったく気がついていない。


 仮に気がついたとしても、晃晴も侑も態度を変えたりは出来ないだろう。


 瑞穂に侑の存在が露見した時点で、どう足掻いても勘違いされることは確定だったのだ。


 それからまた、並べられた料理に舌鼓を打っていると、瑞穂が晴翔の方に顔を向けた。


「ところで晴くん」

「……なんだ?」

「侑ちゃんの料理と私の料理、どっちが美味しい?」


 唐突な質問に、晃晴は飲んでいた麦茶を危うく吹き出しかけた。


 瑞穂はこう見えてかなり料理上手なので、旦那が別の女性の料理の腕を褒めるのが面白くなかったのだろうか。


 いつもはポーカーフェイスで内心の読めない晴翔も、この問いかけには動揺したらしく、珍しく頬を引き攣らせていた。


「……君、その質問は意地が悪いぞ」


 晴翔が苦虫を噛み潰したような表情で、瑞穂を見るが、瑞穂の方から返ってくるのはそれはそれで感情の読めない笑みだ。


 こうなってしまえば、答えるまでてこでも動かないことをよく理解している晴翔は面倒だと言わんばかりにため息を吐く。


「……味は甲乙がつけ難い」

「へえ、そうなんだ」


 晃晴は不思議と瑞穂の機嫌が悪くなったような気がした。

 

 侑もなにかを感じ取ったのか、固唾を呑んで様子を見守っている。


「だが、僕にとっては誰が作ってくれたかが大事らしい。僕がこの先もずっと食べ続けたいと思っているのは君の料理だ」


 照れることもなく言ってのけた晴翔は「……これで満足か?」と瑞穂の目を真っ直ぐに見つめ返した。


「晴くんっ!」


 感極まった瑞穂が、横に座る晴翔に抱きついた。


「……おい、食事中だぞ」


 眉を顰めた晴翔が注意をするが、瑞穂には効果がないらしい。


 というより、抱きつかれて迷惑そうにしているものの、仕方ないと言わんばかり頭を撫でているので晴翔も満更ではないのだろう。


「え、えっと……」

「……悪い。この2人、いつもこうなんだ」


 目の前で唐突にいちゃつき始めた瑞穂と晴翔を前にして、困惑していた侑に、晃晴は両親にじとりとした目を向けたまま、説明をする。


 なにが悲しくて血の繋がった両親の乳繰り合いを友人に見られないといけないのだろうか。


 晃晴がげんなりとしていると、侑が小さく首を横に振った。


「いえ、仲がよさそうで羨ましい限りです……それと……」

「……? なんだ?」

「やっぱり日向くんは、晴翔さんにそっくりだなと思いました」


 言葉の意味が分からなかった晃晴は、小さく首を傾げたのだった。






「ところで晃晴」

「なんだよ」

「侑ちゃんとはどこまでいったの?」


 夕食を終え、瑞穂と肩を並べて皿洗いをしていた晃晴は瑞穂の問いに手に持っていた皿を滑らせかけた。


 ちなみに、晴翔はリビングで寛ぎ、侑は自分の部屋に荷物を置きに戻っている。


「そんなこと母親に言うわけないだろ!」

「えーなんでよケチねー」

「ケチとかそういう問題じゃない!」


 割らないようにしながら、晃晴は抗議の気持ちを乗せて、ガシャンと音を立てて皿を置く。


「なら侑ちゃんとはどんなところにデートに行くの? このぐらいならいいでしょ?」


(いいでしょ? じゃねえよ……よくねえよ……)


 弄くり回してくると分かっている相手、しかも母親に嬉々として異性とどこに出かけた、と話す人間がいるわけがない。


 そもそもの問題として、付き合ってもいないし遊びに出かけたことなんてゴールデンウィークの時の1度切りだ。


 それ以外は大体晃晴の部屋でお互いが好きなように過ごしているか、一緒にゲームに興じたりしている。


 侑は慣れているとはいえ、周りから注目されるのは好きではないらしく、晃晴もそれは同じ。


 なので、お互いが今の過ごし方に文句がなく、外に遊びに出る必然性はあまり感じていない。


 適当にそれっぽく言ってデートの事実をでっち上げることは出来るだろうが、瑞穂は勘も鋭く、こっちの嘘など簡単に見破ってしまうだろう。


 そうなれば、この場を離れて逃げるのが最適解なのだが、手が泡だらけの今、それも叶わない。


 少し逡巡し、ため息を吐いた晃晴は、無駄だと理解しながらも、もう1度自分たちの関係性についてから口にした。


「何度も言うけど、俺たちは別に付き合ってないんだって。だからデートなんて行ったことないんだよ」

「……え!? デートしたことないって、晃晴、それ本気で言ってるわけ!?」


 瑞穂が信じられないものを見る目でこっちを見てくる。


「彼女をデートに連れて行かない男なんてありえないでしょ!?」

「なんで付き合ってないのは信じないのにそっちはあっさりと信じるんだよ!」

「だって晃晴、恋愛方面だとヘタレと書いて奥手な部類じゃない」

「ぐっ……」


 断言されるのは腹が立つが、晃晴にはそれに反論出来る材料などなかった。


「って、そんなことは今はどうでもいい! 晴くん! チケットを晃晴たちに譲ってもいい!?」

「……好きにすればいいだろ。あれは元々、君が僕の意見も聞かずに勝手に買ってきたものだしな」


 鼻息も荒く、手早く手についた泡を洗い流して手を拭いた瑞穂が自分の鞄の中を漁り、取り出したなにかを持って、こっちに戻ってくる。


 それから、その手に持ったなにかを晃晴に向かって突き出した。


「はいこれ水族館のチケット! これ使って侑ちゃんとデートに行きなさい!」

「は!? いや……」

「口答えはなし! あんないい子に愛想尽かされてもいいの?」

「それは困るけど……」

「でしょ? というか、もしかして侑ちゃんに料理とかさせるだけさせて、まさか口でお礼を言うだけしかしてない、なんてことないでしょうね?」

「そんなことするか。ちゃんとプレゼントしたりしてるって」


 実際は1回ぬいぐるみをあげただけだが、またなにがプレゼントを贈ろうとは考えていたので、嘘にはならないはずだ。


 晃晴の言葉に瑞穂は「ならよし!」と満足そうに頷いた。


「とにかく、侑ちゃんを誘うのよ!」

「ちょっ、おい!」


 ポケットに無理矢理チケットをねじ込まれ、声を上げるが、手が泡だらけの晃晴にはすぐに取り出すことが出来ない。


「瑞穂、宿の予約が取れたぞ」


 そうこうしていると、晴翔の声がソファの方から聞こえてきた。


 なにやらスマホを操作していると思っていたが、どうやら宿の予約を取っていたらしい。


「温泉付いてるとこ?」

「そう言うと思っていたからな」


 やれやれと肩を竦めてみせた晴翔に瑞穂が顔を輝かせた。


 晴翔と瑞穂は高校時代から付き合っていて、これぞ正しく阿吽の呼吸だ、という息の合い方を見せることが異常に多いのだった。


 久しぶりに見る両親のそんな姿に晃晴が胸焼けのような感覚を覚えていると、リビングと玄関までの廊下を繋ぐ扉が音を立てて開く。


「すみません。ただいま戻りました」

「お帰りなさい、侑ちゃん。……まあ、宿も取れたことだし、私たちはもう出るんだけど」

「そうなのですか。……もう少し瑞穂さんとお話したかったのですが……残念ですが、仕方ありませんよね……」

「あら本当? 私も侑ちゃんともう少しお話したかったんだけどね。あまり2人の邪魔をしても悪いから」


 邪魔ではないが、晃晴としてはこれ以上からかいを受けなくて済むのが嬉しい限りである。


「あ、連絡先交換しておきましょ?」

「は、はい、ぜひっ」


 女性陣2人が連絡先を交換しているのを、晃晴は最後の皿を洗いながら、横目で見守る。


「……よし。いつでも気軽に連絡してきていいからね」

「は、はいっ」

「私も晃晴の昔の写真とか送ってあげるわ」

「絶対にやめろ。マジで」


 瑞穂はやると言ったら必ずやる。


 晃晴が真顔で圧をかけてもどこ吹く風といった感じで、玄関の方に向かい、ひらりと片手を振った。


「じゃあね、2人とも。あ、晃晴、夏休みはこっちに帰って来なさいよ?」

「……ああ、分かってるよ。父さんも、また」

「ああ」


 2人が玄関に行こうとするので、晃晴と侑はその背中を追ってリビングを出ようとするが、


「見送りはここでいいわ。……晃晴」

「……なんだ?」

「しっかりね」


 瑞穂にウィンク付きで制されてしまう。


(ちゃんと水族館に誘えってことね)


 ウィンクの意味を察した晃晴は、頬を引き攣らせた。


「瑞穂さんも晴翔さんも、お元気で。今日はありがとうございました」


 侑がぺこりとお辞儀をすると、瑞穂と晴翔はそれぞれがらしい反応をし、外に出て行った。


 その背中を見送りながら、盛大にため息を吐いた晃晴は、ソファに向かって倒れ込んだ。


「……疲れた」

「ふふっ、お疲れ様です。晃晴くん」

「侑もな。悪い、うちの母親が迷惑かけた」

「迷惑だとは思っていませんが……本当に叔母さんに似ていてビックリしました」

「だろ? むしろうちの母親の方がパワフルなまであるからな」


 侑の叔母である雪の時は、晃晴と侑の仲を取り持とうとしていただけであって、本当に付き合っていると思われていたわけではない。


 勘違いを真実だと信じ、疑わない瑞穂の方が数段は厄介だろう。


 仰向けのまま身じろぎすると、ポケットの中でくしゃりと音を立てる存在に、晃晴は顔を顰めた。


「晃晴くん? どうされたのですか?」


 晃晴の表情の歪みに気が付いた侑が、小首を傾げる。


「……あー、いや、なんだ……」


 晃晴は眉を顰めたまま、身体をむくりと起こし、後頭部を掻く。


 そのまま空いた手をポケットに突っ込めば、晃晴を悩ませている諸悪の根源が姿を現した。


「これさ、母さんが置いていったんだけど……」

「これは……水族館のチケット、ですか?」

「ああ。侑と遊びに行ったことが1回しか無いって言ったら2人で行けってさ。……どうする?」

「……せっかくいただいのなら、使わないともったいない、ですよね?」


 ローテーブルに置いた2枚の紙切れを前に、2人して顔を見合わせる。


「……まあ、別に俺とじゃなくても、チケットは侑に譲るから心鳴と行ってくるって手もあるぞ? そっちの方が気楽じゃないか?」


 妙案だと思ったのだが、口にした瞬間、侑はチケットに落としていた目をバッと勢いよく上げた。


「い、いえ!」


 侑の大声に晃晴も顔を上げ、侑を見る。


 上げた視線の先では、侑が正座した膝の上の両手をぎゅっと握り締めていた。


 晃晴と目が合った侑は視線を彷徨わせたが、意を決したように、唇を一文字に引き結ぶ。


「晃晴くんと、一緒に行きたいです」


 言い終えると、勇気使い果たしたのか、侑は俯いてしまった。


 そんな侑に晃晴はすぐに返事をすることが出来なかったが、やがてふっと頬を緩めた。


「……そっか。なら、一緒に行くか」


 ぽつりと呟くと、侑がまたバッと顔を上げた。


「はいっ!」


 こうして、急遽、2人の水族館デートが決定したのだった。

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