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白との邂逅と空き巣……?

 これから心鳴とデートだという咲と別れた晃晴は、自宅の最寄駅のホームで柱に寄りかかって、なんとなく空を見上げていた。


 晃晴が駅にいる理由は、これからまたどこかに出かけるというわけではなく、侑を迎えに来たからだ。


 一見して、彼氏のような行動に見える晃晴のこの行為には、それなりに理由がある。


(ナンパとかされたら嫌だろうしな)


 前回侑が声をかけられていた時は、まだ相手が良識のあるタイプだったからいいものの、毎回そうだとは限らない。


 今日の晃晴の時みたいにグイグイ来るタイプだって当然いるだろう。


 男の晃晴でも、女性側から攻め気味に来られると狼狽し、辟易してしまうのだから、女性である侑が男性側からグイグイ来られるとそこに恐怖もあるはずだ。


 つまるところ、晃晴は自ら男避けになりにきたのだが、


(とはいえ、もしかして出過ぎた真似だったりするか?)


 ただの友達の自分がまるで彼氏のようなことをしていることに、晃晴は今更ながらに不安を覚えていた。


 もう既に駅にいるので、さすがにここまで来て1人で帰ることはしないが、余計なお世話をしているような気がしてならない。


 侑の性格上、晃晴にわざわざ時間を取らせたとか気に病みそうな気もする。


(ああ、ダメだ。後ろ向きなことばっか考えるのも悪い癖だよな)


 あれこれ考えていても結局マイナス方面ばかりに行ってしまうだけだ、と晃晴は途中で思考を打ち切り、またぼんやりと空を眺めて、侑が来るのを待つ。


 流れていく雲と人を眺めていると、ようやく見覚えがあり、人混みの中でも目立つ透き通るような白髪を見つけた。


 当たり前のように注目を集めている白髪の少女に声をかけるのは躊躇われたが、意を決した晃晴は近づこうとして、気づく。


 侑のような白い髪だが、髪型が違う。


 侑は肩甲骨ぐらいまで伸びたストレートだが、目の前にいる少女はミディアムくらいの長さだ。


 そのまま晃晴が少女を見続けていると、少女がふとこっちを見た。


 向けられた瞳は、少し眠た気だが、見覚えのある澄んだ蒼色だ。


 そして、なぜかスマホと晃晴の顔をにらめっこするようにしてから、少女の方から晃晴に近づいてくる。


「ねえ、ちょっといい?」


 静かな声音だったが、不思議なことに、周囲の喧騒にかき消されるようなことはなく、その声は真っ直ぐこっちに届いた。


「は、はい。大丈夫ですけど……」

「このお店の場所って分かる?」


 見せられたスマホの画面には、パティスリーの写真が表示されている。


(……ここ、前に行ったことあるな)


 最近出来たばかりだというその店は、心鳴と咲に連れられて行ったことのある場所だった。


「この店なら、駅から出て、右手に真っ直ぐ行ってからすぐにある曲がり角を曲がったとこにありますよ」


 なるべく聞き取りやすいように、ゆっくりと少し高めの声を意識して伝える。


 あまりにも表情が澄まし顔のままで、上手く伝わったのか少し不安になっていると、少女はやがて「そう」と小さく頷いた。


「助かった、ありがと。……あ、敬語じゃないとダメなんだっけ……」


 お礼の言葉のあと、少女が顎に指を添えるように考え込む仕草をする。


「あ、俺は全然気にしないので……」


 軽く胸の前に片手を挙げると、少女はちらりとこっちを見て、「……ありがと」と呟いてから、晃晴が教えた方に向かって去っていった。


(……真っ白な髪に蒼い瞳。さすがに関係ないってことはない、よな)


 少女が去っていった方向に視線を向けていると、入れ替わるように晃晴が待っていた人物がホームに現れた。


 やはり注目を集めている透き通るような白髪の持ち主に近づき、「侑」と声をかける。


 名前を呼ばれた侑はこっちに顔を向け、その整った美貌を驚きの色に染めた。


「晃晴くん……? どうしてここに……」

「まあ、なんだ……余計な真似かと思ったけど、迎えに来た」


 咲と別れたのがちょうどこの駅だった、と言い訳のように付け加えると、侑が眉をへにょりと下げた。


「そうなのですか。わざわざ私の為に……す……ありがとうございます」


 侑が感謝の言葉を述べたことに、今度は晃晴の方が驚いてわずかに目を見開く。


 侑がお礼を言わないと思っていたわけではなく、真っ先に謝罪の言葉が出てくると、晃晴は思っていたのだ。


 そんな晃晴を見た侑は、少し照れたようにはにかみを浮かべ、してやったりという顔をする。


「ふふっ、言ったでしょう。晃晴くんが頑張っているのに私がなにもしないのは無しだと」

「……やられたな」


 晃晴も少し頬を緩め、からかいの笑みを形作った。


「まあ、ちょっとすみませんって言いかけてたのは聞かなかったことにしてやる」

「……うるさいです。今日の晩御飯は生姜焼きにする予定でしたが、晃晴くんはいらないみたいですね」


 唇を少しだけ突き出した侑が、そっぽを向く。


「悪かったって。どうか慈悲を。侑の作る生姜焼きとか絶対美味いに決まってるんだからさ」


 晃晴が情けない顔を出しながら謝罪を口にすると、侑が顔を背けたまま、肩を震わせ始めた。


「ふふっ、もぉ、そんな声出さなくても冗談ですよ。ちゃんと晃晴くんの分は大盛りで作ってあげますから」

「よかった。涙で枕を濡らす羽目にならなくて」

「大げさですねぇ」


 大仰な動作で胸を撫で下ろす晃晴に、侑がくすくすと笑う。


「そろそろ行くか。さすがに侑もずっと視線の中心にいるの嫌だろ?」


 さっきから注目を集めていた侑が笑ったことで、より人目を集めるようになったことを感じる。


 見られているのは自分ではないとはいえ、目立つことが苦手な晃晴には今の注目されている状況はつらいものがあった。


「……見られてるの私だけじゃないと思うのですけど」

「ん? なにか言ったか?」

「……いえ、なにも。行きましょうか」


 ゆるりと首を横に振った侑が歩き出すのを、晃晴は首を軽く傾げて追いかける。


「そう言えばさ、さっきミディアムヘアの白髪の女の子と話したんだけど……」

「え……?」


 隣に並んだ侑の動きが止まり、晃晴が数歩ほど先行する形になった。


 振り返ると、侑が動きを止めたまま、戸惑いの色で揺らいだ蒼い瞳でこっちを見つめてくる。


「どうした?」

「あ、いえ……そ、そう言えば、服、たくさん買ったのですね」


 慌てて早めの歩調で隣まで歩いてきた侑が、晃晴が持つ複数の紙袋に食いついてきた。


(やっぱ、侑に関係してたか。ってことはあれが侑と同い年だって言う雪さんの娘さんか)


 明らかに話を逸らされたが、晃晴はあえて追求することはしなかった。


 無理矢理聞き出すことでもないだろう。


「まあな。色々と勉強になった。……さすがにナンパは予想外過ぎたけど」

「今の晃晴くんは中身だけじゃなく、見た目もとてもカッコいいですし、仕方ないですよ」

「お、おう」


 さらっとカッコいいと言われ、晃晴は少し照れてしまう。


 結局、晃晴がナンパされたという写真については心鳴からは予想通りからかわれ、侑からは労りの言葉が投げられた。


(けど、カッコいいって言われるの、多分ずっと慣れないんだろうな)


 自分のことだしな、と思った晃晴が侑の横顔を盗み見ると、なんとなくわずかに心ここに在らずに見えた。






「ん?」


 侑と夕飯の買い出しを終えて、自分の部屋の前に戻ってきた晃晴は、差し込んで捻った鍵の感触に、首を捻る。

 

「どうしたのですか?」

「いや、空いてる……?」


 試しにドアノブを捻ると、抵抗もなくいとも簡単に扉が開いてしまった。


「まさか閉め忘れですか? 不用心ですよ」

「いや、そんなはず……」


 過失を疑った侑が、やや鋭い語気で咎めてくるが、晃晴には2度ほど鍵がかかっているかを確かめた記憶がある。


 閉め忘れなんてあり得ない。


(……まさか)


 泥棒、という文字が晃晴の頭をよぎった。


「侑、俺が中の様子を確認してくるからお前はここにいてくれ」


 表情を硬くした晃晴は、侑の方を見ないまま告げて、ドアノブを握り締める。


「そんな……ダメですよ! もし強盗だったら……!」

「……もしかしたら、本当にただ鍵をかけ忘れただけかもしれないし」


 横から控えめに袖を掴んできた侑を安心させるように顔だけ向け、硬くなった表情を無理矢理動かし、なるべく柔らかい笑みを向けた。


「でも……」

「とりあえず開けて中を確認するだけだ。人の気配がしたらすぐに警察に電話しよう」


 無意識にごくりと喉が鳴り、それを合図にするように晃晴はゆっくりと扉を開けた。


 まず廊下はなにも変わりはなく、その奥のリビングに繋がる扉は閉まっている。


 だが、リビングから断片的に誰かの、女性の大きめな話声が聞こえてくる。


 ついでに、なにかいい匂いがリビングから微かに漂ってきている。


 隣で侑の気配が強張るのを感じながら、ふと足元に目をやった。


 そこには男性のものと女性のものの2人分、靴が揃えられていた。


 人の家に忍び込むくせに、律儀に玄関で靴を揃える良識を残した泥棒がいるだろうか。


(というか、この声聞き覚えしかないような)


 耳を澄ませてよく声を聞いてみれば、今リビングにいる正体不明の人物が誰なのか、晃晴には分かってしまった。


「……っ!」

「えっ!? 晃晴くんっ!」


 呆気に取られる侑をその場に残し、靴を揃えることなく脱ぎ散らかし、リビングに続く廊下を足音も荒く駆け抜け、晃晴は扉を開け放つ。


「あら? ……もしかして晃晴? どうしたの、そんなに慌てて」


 扉の先ではこっちの気も知らずに、リビングでのんびりと寛いでいる1人の女性と、キッチンに立ってなにやら料理を作っている男性の姿があった。

 

 その姿を認めた晃晴は頬をひくっと引き攣らせ、叫んだ。


「どうしたのはこっちのセリフだ! なんでいるんだよ! 母さん、父さん!」


 不法侵入者の正体は、晃晴と血の繋がった実の両親だった。

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