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主人公、逆ナンされる

 なぜか2人の女性がこっちを見ているのか分からず、晃晴は少し不審に思いながら、あたりを軽く見回す。


 近くに人がいると思っていたのだが、ここにいるのは晃晴だけで、晃晴はようやく女性たちが声をかけているのが自分だ、ということに気がついた。


「……? えっと、なにか……?」


 声をかけられているのが自分だということは分かったが、なぜ声をかけられたのかが分からず、晃晴は軽く首を傾げる。


 たったそれだけのことなのに、目の前の女性たちは少し色めき立ったように目を輝かせた。


「ごめんねー、いきなり声かけちゃって」

「君、カッコいいからさ。もしよかったらお茶でもどうかなーって思って話しかけちゃった」

「はぁ……?」


(……もしかして俺は今ナンパされてるのか?)


 女性から出てきたカッコいいという自分とは結びつかない単語とお茶という言葉で晃晴はようやく置かれている状況を理解する。


(だとしてもなんで俺なんかを……?)


 声をかけてきた理由は分かったのだが、それでもなぜ自分が声をかけられたのかが晃晴には分からなかった。


 見た感じ、女性は2人とも容姿は整っていて、異性に飢えるほど困っているということは無さそうだ。


 そうなると晃晴からしてみれば、余計に声をかけられる理由が分からなかった。


 晃晴は悩んでいるが、言ってしまえば簡単なことだった。


 今日の晃晴はいつもとは違い、髪もちゃんとセットしていて、普段は目立っていない顔立ちの良さが隠れていないことが1つ。

 

 加えて、服装もお洒落で清潔感も感じさせる格好なことも1つ。


 傍から見れば、今の晃晴はいつもの無愛想さが上手く調和する形でどこか陰のあるイケメンに見えていた。


 それだけならまだ話しかけにくい雰囲気だったのだが、極めつけは心鳴から送られてきた侑の写真を見た時の柔らかい笑みだろう。


 晃晴が一瞬だけでも見せた柔らかい笑みは、晃晴の無愛想さから醸し出されている話しかけるなオーラを薄めていたのだった。


「ねえ、どうかな?」

「あ、えっと……すみません。今友達を待っているだけなので……お誘いは嬉しいんですけど……」

「その友達も一緒でいいからさ」


 清楚な見た目に反して押しの強い女性たちに少したじろいでしまう。


 異性相手に強く出られない上に、ナンパをされる経験も初めてな晃晴には上手いあしらい方が思いつかない。


 晃晴が困ったように眉を下げると、女性たちにはそれもツボだったようで、更に距離を詰めるようにしてきた。


「というか、君、服の上からじゃ分かりづらいけど、細身なのに結構がっしりしてるよね?」

「わっ、本当だ。鍛えてるの?」

「ま、まあ……少しだけ……」

「えーそうなんだ! 鍛えてる子ってカッコいいと思う!」


 明らかに声がワントーン上がった女性たちが腕に軽く触ってくるボディタッチも混じえるようになってきていて、晃晴は肩身が狭くなるばかりだった。


 視線を下ろせば晃晴の視点では自然と女性たちの胸の谷間が見えてしまったので、また慌てて上を向く。


 逃げ場も目のやり場もなくなった晃晴がいっそのこと走って逃げてしまおうかと考えていると、


「悪い、トイレ混んでて遅れた」


 女性たちの後ろで、咲が片手を胸の前に立てながら戻ってきた。


 突然現れた咲に女性たちは驚いた様子だったが、現れたのが晃晴とはタイプの違うイケメンだったので、やがて晃晴の時と同じように色めき立つの隠そうとせずに口を開いた。


「あっ、ごめんね。君のお友達がカッコよかったからつい話しかけちゃって」

「これからお茶でもどうって誘ってたんだけど、君も来ない? 君もカッコいいし、大歓迎!」

「あはは、どうもっす! けどごめんなさい、オレたち2人とも彼女持ちなんで」


 お姉さんたちとは遊べないんですよー、と咲が続けると女性たちは残念そうに「そっかー」と意外なほどにすんなりと引き下がってくれた。


 咲がひらひらと手を振るのに合わせ、晃晴も会釈をしてから背中を向けてその場を離れる。


「で、ナンパされた感想はどうよ。色男」

「……超怖かった。マジで助かった。でも誰が彼女持ちだ」


 にやりと笑って肘でつついてきた咲に、晃晴はぶはーっと大きく息を吐き出しながら、素直な感想と感謝と文句を並べた。


「ああ言うのが1番後腐れ無いだろ。それともあのまま捕食されてた方がよかったか?」

「捕食って……んな大げさな」

「残念なことにあながち大げさじゃないんだよなぁ」


 意味深なことを言う咲に「どういうことだ?」と返せば、咲は軽く肩を竦める。


「あわよくば部屋に連れ込んでいたいけな男子高校生を食べてやろうって魂胆だったってことだ」

「……いやいや、まさか。だってあんなに清楚っぽい見た目しといて」

「ありゃそういうのの方が男にウケるって知ってるんだよ。あからさまにギャルギャルしてたら警戒するだろ?」

「……まあな」

「というか本当に清楚なやつはそもそもナンパもしなければあんな風に気軽にボディタッチもしてこない。あのお姉さん方結構手慣れてたっぽいからな」

「説得力がありすぎる……」


 ボディタッチをされたことや、するっと懐に入り込んできたことを思い出し、呻くように呟いた。


「でも、それならなんで俺に声をかけるんだ?」

「はあ?」

「だってさっきの人たちナンパ慣れしてるっぽいんだろ? ならわざわざ俺に声かけてくる意味が分からないんだよ」


 うーん、と悩んでいる晃晴の横で咲が呆れた目を晃晴に向け、ため息を吐く。


「あのなぁ……そんなもんお前がカッコよかったからに決まってんだろ」

「え?」

「いいか? ナンパなんて見た目が良くないと絶対にされない」

「え、いや、けどさ……」

「いいから聞けって。お見合いや合コンもまあ見た目は重要だけどな、あれは話していけばお互いのことも分かってくるし、割と内面も大事だろ?」


 合コンやお見合いをしたことはないが、咲の言っていることはなんとなく理解出来たので、晃晴は頷いた。


「けどナンパはそうじゃない。容姿100パー。外見がカッコいいとか可愛いとか思われないと声なんてかけられない。外見だけ見られても、あ、この人性格良さそうだから声かけてみよう、とはならないだろ」

「まあ……そうだな」

「だろ? だから、お姉さん方に声をかけられたってことにはちゃんと自信持て」


 背中をバシンと叩いてきた咲に、晃晴はどう返すべきか迷ったが、


「……ああ」


 自分がカッコいいということを認めるのは変な気がして、気恥ずかしさでそっぽを向いたが晃晴はしっかりと返事をしてみせる。


 咲がそんな晃晴の背中を、軽く笑ってまたパシンと叩いた。


 背中を叩かれた晃晴が「痛えよ」と文句を零し、やや咲から距離を取る。


 すると咲は「わりーわりー」と特に悪びれているようには見えない笑みを浮かべながら、スマホを取り出して操作し始めた。


 それからすぐに晃晴のスマホが震えたので、チラッと咲を見る。


 咲が晃晴の視線を受けて、軽く手に持ったスマホを振ってみせてきた。


(またなんか送ってきたのか?)


 とりあえず咲に従い、スマホを操作してLAINを開いてみると、なにかの画像と『仲良し!』という名の新しいグループへの招待が届いていた。


「なんだよこのグループ名」

「オレの発案じゃなくてココの命名な。浅宮さんも含めたオレたち4人のグループ作ってなかったろ? この際だから作っとこうと思ってな」


 ふーん、と気のない返事をして、グループに参加して写真を表示させると、


「……おい」


 頬を引き攣らせた晃晴は低い声を出し、咲を睨んだ。


 表示された写真はご丁寧に『イケメン、年上美人にナンパされる』というタイトル付きで、晃晴が2人の女性に挟まれてボディタッチをされてたじろいでいる場面が収められていた。


「いやー、晃晴が容姿のことで自信持てるようにちゃんとナンパされた証拠残しておいてやろうかと」

「それならわざわざ4人のグループに貼らなくてもいいだろうが……!」


 明らかに面白がっている上、自分を助けるより先に冷静に写真を撮っていた咲を青筋を浮かべながら睨みつける。


 睨みつけられた本人がどこ吹く風という態度だったので、晃晴はこのまま憤っていても自分が疲れるだけだと悟り、ため息を吐いて気持ちを落ち着けた。


「……あいつらの反応が怖い。特に心鳴」

「鼻の下伸ばしてるーとか言いそうだなー」

「お前のせいでな……!」


 まるで他人事のように心鳴が実際に言ってきそうなことを言う咲に忘れることにした怒りがぶり返してきて、晃晴は軽く咲の肩にパンチを食らわせる。


 殴られても相も変わらずへらへらと笑っていた咲だったが、


「ってか、晃晴。お前どうすんの?」


 急に真面目なトーンでそう切り出してきた。


「どうって、なにが?」

「学校にもその格好で行くのか?」

「……あー」


 もちろん将来的にはそう出来るように、こうして咲に容姿のことについて相談していたのだが、すぐにするつもりなのか、と聞かれれば即答は出来ない。


 侑の横に並び立つという目標がある以上、いずれはそうしないといけないのだが、晃晴にはまだその勇気はなかった。


「まだ、考えてない」

「ま、そっか。急に色々やるのは難しいしな。ナンパもされてるわけだし、ダサいってことは絶対ないけどな」


 晃晴が声を発する前に、頭の後ろで両手を組んだ咲が続けて口を開く。

 

「けど、周りから認められることも主人公になることの条件だとオレは思うぞ。浅宮さんの隣に立ちたいなら、特にな」


 咲の言う通り、いくら自分を磨いて、自分が納得したとしても、周りから認められなければ結局はただの自己満足でしかないだろう。


 晃晴もそれは分かっているので、「ああ、そうだな」と頷き、改めて自分が目指している場所への道のりの険しさを再認識したのだった。

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