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服選びと自撮りの話

「こ、これでどうだ……?」


 試着室から出た晃晴はおそるおそる、というよりも自信が無さ気な顔で外で待っていた咲の前に立った。


「んー……暗めで落ち着いた色だけど、そのアウターとインナーを合わせるのはちょい重いかな」

「そ、そうか……」


 あっさりと問題点を指摘され、晃晴は肩を落とす。


 予定通り、咲の行きつけの美容院に行って髪を整えてセットしてもらったあと、2人はアパレルショップを回ることになっていた。


 自分磨きの一環で服を見て回るというのは当然の流れなのだが、なぜ晃晴が咲にダメ出しを受けているのか。


 それは、毎回選んでもらうわけにもいかないし、この際だから服の選び方を教えてほしいと晃晴の方から頼み、自分で選んでいるからだった。


(とはいえ、まさかこんなに難しいとは……)


 組み合わせから色のバランスなど、既に数回にわたってダメ出しを受けている晃晴は考えれば考えるほど正解が分からなくなってきていた。


 呻きつつ、次の服を選ぶ為に店内に陳列されている商品に睨むような目を向ける。


「そんな顔すんなって。もの選ぶセンス自体はそこまで悪くねえんだから」

「その割にはダメ出しが多いけどな」

「そりゃお前が真剣なのに半端に教えても意味がないからな。愛の鞭ってやつだ」

「キモいこと言うな帰るぞ」

「またそれかよ」


 視線は向けていないが、隣で肩を揺らして笑っているのが伝わってきた。


「けど、お前らいつもこんなこと考えながら服選んでるのか」

「慣れればこれが普通になるぞ?」

「……そういうもんか。……凄いな」


 思わず呟くと、咲が不思議そうにこっちを見てくる。

 

「あ、いや……お前らってこういうのが普通になるぐらいやってきてるわけだろ? それも人に教えられるぐらい」


 視線を服に落としてみるが、晃晴にはまだなにもお洒落のことは分からない。


「だから、なんだ……積み重なった努力みたいなものが見えた気がして、凄いなって思った」


 晃晴が噛み締めるように言うと、なぜか咲がふっと遠い目をした。


「オレのは昔からの背伸びが習慣になってるだけだよ」

「……背伸び?」


 咲らしくないどこか自嘲めいた響きに、今度は晃晴が不思議そうに首を傾げる。


 すると、咲は首を軽く横に振り、へらりと笑みを浮かべた。


「ま、なんでもねーよ」

「そうか……?」


 明らかに誤魔化されたが、誰にだって言いたくないことの1つぐらいあるか、と晃晴は一応納得のポーズを取った。


「というかお前がそこまで素直だとなんか気持ち悪いな」

「お前2度と褒めてやらないからな」


 わざとらしく身震いしてみせる咲に、晃晴は仏頂面をぶつけた。






「とりあえずこんなもんか?」


 一通り店を回り終え、上も下もそこそこの数の品を買った。


 どの店でもダメ出し続きで、更にはそれぞれの店の紙袋を数個分抱えた晃晴は「……ああ」とややげんなりしながら頷く。


「やー、しっかし……前も思ったけど、ここまで化けるとはなー」

「……やっぱ自分じゃよく分からん」


 咲がこっちを上から下まで見て、感嘆の声を上げた。


 今の晃晴は髪も整えられ、服装もさっき店内で購入したものを着ている。


 試着の際に姿見で全体を見ているので、変ではない、とは思っているが、褒められてもやはり首を傾げてしまう。


 落ち着きなくそわそわとしていると、パシャリと音が響く。


 音の方を見ると、咲がいつの間にかスマホを構えてこっちに向けていた。


「お前なに勝手に」

「まあまあ。ちょっとココと浅宮さんに見せてやろうと思ってな。本気出した晃晴の姿を」


 言いながら、咲が肩に手を回してきて、再びスマホを構えたので、晃晴はため息を吐きながら、仕方なくスマホを見上げる。


 写真を撮り終えた咲がスマホを操作すると、晃晴のスマホがポケットの中でぶるりと振動した。


 どうやら撮った写真をこっちに送ってきたらしい。


 晃晴がスマホを取り出そうとしていると、「ちょっとトイレ行ってくるわ」とこっちの返事も待たずに去っていく。


 小さくなっていく背中を一瞥し、スマホに視線を落として咲との個人でのやり取りを開いた。


 当然だが、そこには咲が勝手に撮った気もそぞろな様子の晃晴の写真と仏頂面でこっちを見上げる晃晴と肩を組んだままニッと口角を上げて笑う咲の写真があった。


(まあ……悪くはない、のか……?)


 端整な顔つきの咲と並んで写っていても遜色がない、ように見えないこともない。


 晃晴が眉間にしわを寄せ、難しげな顔をしながら咲と自分を見比べていると、手に持ったスマホがまたしてもぶるりと震えた。


『なんで晃晴カメラ睨みつけてんの?』


 咲が送った写真を見たのであろう、心鳴からのメッセージだった。


『睨んでるわけじゃねえよ』


 元々目つきがあまり良くないのは自覚していたが、今回のはカメラがやや上にあるからだろう。


 普段の愛想のない仏頂面と相まって睨んでいるように見えるだけだ。


(まあ、ぶっちゃけ写真に写るの苦手なんだけど)


 咲のように意識してすぐに人当たりの良さそうな笑みを浮かべるのは昔から苦手だ。


 特にカメラを向けられたらどうやって笑えばいいのか、晃晴には分からなかった。

 

『人の写真写りにダメ出ししてくる大先生にぜひ笑顔のコツを伝授していただきたいものだな』

『ちょい待ち』


 晃晴の皮肉に対して、心鳴がそう返してきたので、言われた通り少し待っていると、チャット欄に写真が送られてきた。


 画面の手前で眩しいぐらいの笑顔で横ピースを決めてみせる心鳴とその奥で穏やかに笑みを浮かべ、控えめにピースをしている侑の姿が写っている。


 テーブルの上には2人分のパフェが置かれていた。


 侑が今日、心鳴と遊ぶことは事前に聞いていたので2人が一緒にいることには驚きはない。


『どーよ? 題して女子パフェ会ちゅー! 参考になった?』

『悪い。笑顔のレベルが高過ぎて俺の表情筋じゃ厳しい』


 というより自分がこんな笑顔で写っていたら事故だろうと晃晴は思う。


 満面の笑みの自分を想像して、微妙に顔を顰めながら返信すると『えー、見せろって言うから撮ったのにー』と一見拗ねたように見える文言が返ってきた。


 それと共にデフォルメされた可愛らしい豚がぶーぶーと鳴いて不満な顔をしているスタンプが送られてくる。


『いや見せろとは言ってないからな』

『仕方ないからそんな晃晴に思わず表情筋が緩んじゃうようなとっておきの画像を見せてしんぜよう』


 謎のキャラになった心鳴から、すぐにポンポンと2枚ほど写真が送られてきた。


 1枚目は侑がパフェを食べようとしていて、口を開けているところで、心鳴が写真を撮っているのに気がついていない様子のもの。


 2枚目は写真を撮られたことに気がついた侑が心鳴の持つスマホに向かって慌てて片手を伸ばしてレンズを隠そうとしているものだった。


 まるでコマ送りで撮ったような見事な繋がりがあり、侑の可愛らしさが引き立っているような写真だった。


 悔しいことに心鳴の狙い通り、晃晴は思わず頬を緩めて柔らかい笑みを浮かべてしまった。


 少し迷ったものの、ついついその写真を保存してしまったのは男の性と言う他ないだろう。


 晃晴がスマホに視線を落としたまま、心鳴にどう返信しようか考え始めていると、


「ねえねえ、君。今1人?」

「……」


 近くで女性が誰かに声をかけているのが聞こえてきた。


 その声が聞こえてきた距離はやたらと晃晴に近く、すぐ傍で声がかけられていることが分かる。


「ねえってば」

「……もしかして聞こえてないんじゃない?」


 女性が懲りずにまた誰かに声をかけると、別の女性の声も聞こえてきた。


 しかし、いくら待ってもその女性たちに対する反応がない。


 自分の近くの誰かに声をかけているなら、声をかけた相手からなにかしら返答がないと不自然だろう。


 さすがに気になった晃晴はスマホに落としていた視線を上げる。


「あ、やっとこっち見たよ」


 顔を上げた晃晴の視界の先で、清楚っぽい見た目の大学生ぐらいの2人の女性がこっちをにこやかに見ていた。

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