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喫茶店で

 晃晴が待ち合わせ場所である喫茶店に入ると、すぐに店員が近づいてきた。


 待ち合わせであることを伝え、店内に視線をやると、先に来ていたらしい相手を見つけた。


 向こうもこっちに気がついて、片手を挙げてきたので、店員に告げてから席に近づいていく。


「悪い。待たせたか」

「んにゃ、オレも来たばっか」


 椅子を引いて腰をかけると、待ち合わせ相手である咲がニッと人好きしそうな笑みを浮かべた。


「なんか今のやりとりカップルみたいじゃね?」

「……キショいこと言うな帰るぞ」

「待て待て。今日のこと言い出したのお前だろ」


 晃晴が座ったばかりの椅子から腰を浮かしかけると、咲に手首を掴まれる。


 もちろんお互いに冗談だと分かっているので、軽く笑い合うと、晃晴は浮かせていた腰を再び落ち着けた。


「いい時間だし、まずなんか食うか?」

「そうだな」


 起きたのも早かったこともあって、侑と朝食を済ませてから既に5時間近く経過している。


 ここは料理にも力を入れている喫茶店らしく、軽食からガッツリとしたものまで記載されているメニュー表を見ていると、これまで意識していなかった空腹感が思い出したようにやってきた。


 2人でメニューを吟味した結果、晃晴はハンバーガーランチのセット、咲はダブルハンバーグのセットを頼んだ。


「ここ出たらまずはどうするんだ?」

「とりあえず髪からだな」

「髪、か……」


 呟きながら、晃晴は前髪を触る。


 実を言うと、今日の目的はただ遊ぶだけではなく、晃晴がここ数日で力を入れるようになった自己研鑽の一環だ。


 学力や体力など能力的な面はいつもやっていたのである程度身についてはいるし、自分1人でもどうにか出来ることだ。


 だが、今までやろうともしていなかった外見磨きに関してはそうもいかなかった。


 なにしろ自分なんかが、と思っていたこともあり、お洒落をして自分を着飾る術をまったく知らないのだから、どうしようもない。


 1人でも調べたりすればなんとかなったかもしれないが、時間もかかる。


 咲と心鳴には打ち上げで行ったカラオケで侑の隣に立てるようになりたいとは打ち明けていたので、こうして素直に咲を頼らせてもらっているというわけだった。


「そんな顔しなくても大丈夫だって。オレもお世話になってるとこだし、腕は確かだから」

「……別にそこを心配してるんじゃない」

「じゃあなんだよ?」

「……俺がお洒落とかしたところで無駄なんじゃないかって不安がどうしても拭えないんだよ」


 主人公になってみせると決めてから、多少は前を向けた自覚はあるが、今までの卑屈さや自己評価の低さをすぐに捨てられるか、と言われれば簡単なことではないだろう。


 しかし、侑の横に立つと決めた以上、自分を着飾る術を知ることは避けては通れない必要不可欠なことだ。


 晃晴がふっと自嘲めいた笑みを零すと、咲がため息を吐いた。


「だーいじょうぶだって。お前がお洒落すればカッコよくなるってことは前回のことで分かりきってるわけだし」

「…… そう、だな」


 晃晴が弱々しくだが、しっかりと肯定してみせると咲がわずかに目を見開いた。


「なんか素直じゃん」

「……まあ、意識しないと治るものも治らないからな」


 晃晴の中では、劣等感、卑屈さ、自己評価の低さが無意識レベルに染みついてしまっている。


 それらを表に出さないようにするには、意識して治していく以外に方法はないだろう。


 正直に言ってしまえば、弱音を言いそうになってしまったし、言ってしまいたい。


 そんな晃晴を押し留めたのは、


(生真面目で、嘘もお世辞も言えないような努力家に、ちゃんとカッコいいなんて言われたら信じるしかないだろうが)


 ゴールデンウィークの時、ナンパから助けたあとに侑から言われた一言だった。


 その言葉が嘘にならないように、他人にも自分にも胸を張れるような男になりたい。


 その為には自分が抱える弱さを受け入れていくしかないのだ。


 晃晴は置いてあったお冷を一気に飲み干してから、ふーっと息を吐き出して、気持ちを切り替えた。


「今日はよろしく頼む」


 改めて、頭を下げた晃晴に咲は一瞬ぽかんとしたが、すぐに「任せとけ」と爽やかな笑みを見せてくる。


「にしても主人公かー。大きく出たよな」

「そのぐらいしないと侑の隣に立つ資格なんか無いだろ。今のままでいてみろ。周りがなにか言ってくるのは目に見えてる」


 実際、先日、侑に絡んでいた女生徒たちは晃晴を見て男を見る目がないと言ったのだ。


 その評価が間違っているものではないと自分でも思っているので、周りからなにを言われてもダメージ自体は晃晴には特にない。


 ないのだが、晃晴が悪く言われれば傷つくのは侑であろうことは、もう疑いようのない事実だろう。


 もう2度と、自分が傷つけられたことに怒り、傷つくことを悲しんでくれるような優しい人を泣かせたくない。


 ただそれだけの理由だが、晃晴が自分を変える為に踏み出し、主人公を目指すというのには十分過ぎた。


「確かになー。やー、周りのやつらも見る目がないって言うか」

「正当な評価だと思うぞ。学校ではお前ら以外に絡んでるやつもいないし。暗くて地味なやつって思われてて当たり前だ」

「まあなー。もっとオレらといる時みたいに周りと接すればいいのに」

「それが簡単に出来たら苦労しない」

「つまりオレたちのことは信用してるから、オレたちだけがいればいいと」


 周りにあまり無条件に心を開かない晃晴は、正に咲が言った通り、本当に信用のおける人物が数人程度自分の傍にいればいいと思っている。


 だが、それを面と向かって言われるのは気恥ずかしいので、「……うるさい」とからかいの笑みを浮かべる咲から視線を逸らす。


 こっちの反応を見た咲がくくっと肩を揺らしながら笑うのがなんとなく癪に触ったので、とりあえず脛を軽く蹴り黙らせておく。


 大げさに痛がってみせる咲を見て、今度は晃晴がふっと笑ったところで、頼んでいた料理が届いた。


 談笑もそこそこに、晃晴と咲は各々の料理に手をつけ始めた。

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