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変化した日々

 晃晴が主人公になると宣言してから、数日の時が流れた。


 学校が終わり、少しだけ日が長くなってきて、まだ明るさが残っている街並みの中、晃晴はいつもと同じく、いや、いつも以上に日課のランニングに力を入れていた。


「はぁ……はぁ……っ!」


 マンションの前に戻ってきた晃晴が息も絶え絶えに、膝に手をついて呼吸を整えていることからも、どれだけ真摯に取り組んだのかがうかがえる。


 顎に流れる汗を拳で拭いながら、呼吸を整えつつ、エレベーターに乗って自分の部屋の階層へ向かう。


(あいつ、ちゃんと鍵閉めて……るよな。うん。あいつの性格なら絶対閉めてるはずだ)


 部屋の前に着いたが鍵を取り出すことはせず、インターホンに指を伸ばす。


 数瞬後、かちゃりと鍵が開けられる音がして、扉が開くと、中から真っ白な髪がひょっこりと覗き、蒼い瞳がこっちを見上げてきた。


「お帰りなさい。晃晴くん」

「ただいま」


 向けられた笑みに晃晴もふっと笑みを返しながら、玄関を潜る。


 どうして侑が晃晴の部屋にいるのか。


 それは単純に学校が終わり、帰宅した晃晴がすぐに走りに出て、その間に侑が晃晴の部屋へ来たからだ。


 もちろん、2人の間では元からそういう話になっていて、なにかあったらいけないので、鍵は自分が出たあとにはちゃんと閉めてほしいと頼んでいたのだった。


「お風呂沸かしてありますよ。すぐに入りますよね?」

「え? マジで?」

「はい。勝手に浴室に入ることにはなってしまいましたし、余計なことかと思ったのですが……」

「いや、そんなこと気にしなくていいって。ありがとな」


 シャワーだけで済ませようと思っていたのだから、嬉しい気遣いだ。


「ご飯、晃晴くんがお風呂に入ってる間には出来ると思うので。ごゆっくりと疲れを癒やして下さい」

「ああ。そうさせてもらう」


 もう1度「ありがとう」と告げ、手早く着替えを用意して浴室に向かう。


 脱ぎ捨てた服を洗濯機の中に放り込み、浴室に入ると、


「……なんか綺麗に整頓されてる?」


 シャンプーの容器やボディソープの容器は普段から特に気にせずに適当に置いているのだが、なぜかきっちりと整理整頓されていた。


 相変わらず真面目な性分が見えてしまい、思わず苦笑してしまう。


 それから、身体と頭を汗と共に洗い流して、侑が沸かしておいてくれた湯船にありがたく身を沈めたのだった。






「うん。今日も美味い」


 入浴を済ませ、晃晴は侑が作ってくれた料理を口に入れ、感想を述べた。  


「ありがとうございます。……ですけど、毎日言ってくれなくても大丈夫ですよ」

「それだと作らせるだけ作らせてなにも感謝してないみたいで俺が嫌なんだよ」


 どうしても嫌ならやめるけど、と侑を見る。


 侑はそんな晃晴の視線にくすぐったそうに身を捩ったあと、困ったようにはにかんだ。


「……嫌ではないですよ。嬉しいです」

「というか、こっちこそ毎日こんな作ってもらうのは申し訳ないんだけどな」


 今日のメニューはローストビーフ丼と付け合わせにサラダとコンソメスープ。


 もちろん、ローストビーフの仕込みからかけられているソースまで侑の手作りだ。


 しっかりと付け合わせまで用意されていて、男子高校生が食べる夕食にしてはかなり豪華だろう。


 材料費はこっちが多めに払っているとはいえ、どうにもその労力と釣り合っていないように思えて仕方がない。


「気にしなくても大丈夫ですよ」

「……けどさ」

「晃晴くんのお部屋の調理器具は私のお部屋のよりもいいものばかりなので作っていて楽しくて、私が色々と勝手に作りすぎてるだけですから」


 確かにもう何度も侑が料理している姿を見ているが、嘘偽りなく楽しそうだった。


 とはいえ、どうしても作ってもらっている申し訳なさは未だにある。


(……折を見てまたなにかプレゼントでも贈るか)


 今度は侑の好きなものをちゃんとリサーチして、突発的に取ったぬいぐるみではなく、しっかりとしたものを贈りたい。


 結果的にぬいぐるみは喜んでもらえたが、場合によっては気を遣わせていた可能性だってあったのだ。


(そうならない為にも、もっと侑のことを知らないといけないよな)


 面と向かって相手のことを聞くのはどうにも気恥ずかしいが、そうも言っていられないだろう。


 どこで切り出すかタイミングを計っていると、侑が「それに」と呟いた。


「晃晴くん、ここ最近は特に頑張っていますから。だから、私も力になりたいのです」

「最近って言っても、まだここ数日の話だけどな」

「それでも、です。頑張っていることには変わりはないですよ」

「まあ、もう惰性的で後ろ向きな努力はしないって決めたからな」


 主人公になると決めてから、晃晴はランニングやトレーニング、勉強などの自己研鑽により力を入れていた。


 一体なにを成せば主人公になれるのかは検討もつかないが、侑の横に胸を張って並び立てるようにという目標があるのなら、努力する方向性は間違えていないはずだ。


 当然、以前よりも力を入れれば、その分疲れることにはなるが、幸いにもそれをつらいとは思わなかった。


「私も、ちゃんと頑張ろうと思います」

「……? なにをだ?」

「ちゃんと人を頼れるようになろうと思います」


 柔らかく蒼い瞳が細められた。


「あなたが頑張っているのに、私がなにもしないというのは無しです」

 

 あまりにもいじらしいことを微笑みと共に言われ、鼓動が大きく音を立てる。


 どうにか表に出さないようにしながら、誤魔化すようにぶっきらぼうに口を開く。


「……まあ、なんだ。あまり無理はするなよ」

「はい。晃晴くんも」


(必ず、ちゃんと追いついてみせるから。そのまま止まらずに先に行っててくれよ)


 微笑みを受けた晃晴は「ん」という短い返事の裏で、静かに決意を燃やす。


 結局、侑のことを尋ねるタイミングは逃してしまったが、焦らずゆっくりと知っていけばいいと思ったのだった。

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