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ヒーロー→『???』

 幸いにも、侑はまだ学校のすぐ近くにいた。


 河川敷の階段部分に顔を膝に埋めるようにして、ぽつんと座っている真っ白い髪を見つけ、歩み寄る。


「——侑」


 声をかけると侑がピクリと動いたが、顔を上げることはしなかった。


 放っておくつもりも、立ち去るつもりもないので「ここ、座るぞ」と侑からやや距離を空けて腰を下ろす。


「……すみませんでした」


 しばらくの間、お互いになにも言わないまま座っていたのだが、ふと侑がそう呟いた。


「すみませんって、なにが?」

 

 侑に謝罪をされる意味が分からず、聞き返す。


「私と一緒にいるせいで、晃晴くんがバカにされたのです。その上、手まで出しました。……私は最低です」


 依然として侑は膝に顔を埋めたまま、自責の言葉を吐いた。


「まあ、手を出したのはよくなかったな。それもグーで」


 あれはあの女生徒が調子に乗りすぎた故の自業自得なのだが、あまりにも衝撃的だった。


「……ぷっ、くくっ……ははははは!」

 

 さっきのことを思い出した晃晴が、突如として腹を抱え、声を上げて笑い声を上げる。


 その笑い声に侑が顔を上げ、きょとんとこっちを見てきた。


「こ、晃晴、くん……?」


 普段から滅多に笑みを見せない晃晴が声を上げて笑っている。


 そんな姿を見てしまえば、侑がぽかんとしてしまうのも無理もない話だろう。


「グーって! 平手打ちならまだしも、グーはヤバいだろ! ははははは!」


 笑い続ける晃晴にどう反応するのがいいのか迷うように侑が困った顔を向ける。


 そもそも、晃晴がこうして声を上げて笑うのは、およそ2年ぶりのことだった。


 ひとしきり笑ってから、晃晴は「はー」と上を向きながら息を吐いた。


「ありがとな、侑」


 感謝の気持ちを口にすると、侑がつま先を見るように俯きがちになった。


「……いえ、お礼を言われるようなことはなにも」

「そんなことないって。嬉しいんだよ、俺。侑が手を出すぐらい怒ってくれたことがさ」

「そんなの、当たり前のことです。大切な友達が目の前であんな風に言われて、怒らないはずがないじゃないですか」

「ああ。俺もさ、侑が努力も苦労もしてないって言われて、カッとなった。仮に相手が男だったら、俺も手を出してた」


 かもしれないではなく、それは断定出来る。


「こう言っちゃ悪いけど、超すっきりしたし」


 それこそ腹を抱えて笑うぐらいにはすかっとした。


 侑が口をもごっとさせ、なにかを言いづらそうにしながら、口元までを膝に埋める。


「それは、正直私もそうなのですけど……」 

「侑もかよ」

「……私だって逆恨みで絡まれたりだとか、靴を隠されたりだとか、腹に据えかねてましたから」

「それはそうだろうな。誰だってそんなことされたら腹立つし」

「……でもやっぱり暴力はよくなかったです」


 自責の念と相手に対する不愉快さがせめぎ合っているのだろう。


 侑は不機嫌そうにしたまま、しゅんと落ち込んでいるようにも見える。


「後日、きちんとそのことについては謝ろうと思います」

「ん。お前がそうしたいなら、そうしろ」

「ですが晃晴くんに言ったことを許すつもりはありません」


(本当、真面目なやつめ)


 全て相手が悪いと言うのではなく、自分の悪いところはちゃんと認められる。


 侑はそういう人間だった。


 晃晴は、そんな侑に微笑を向ける。


「……あいつが俺に言ったことって、9割ぐらい正しいんだよ」

「え……?」

「自分でもずっと思ってたんだ。俺が侑の傍で、友達として立っているのは釣り合ってない。分不相応だって」

「そ、そんなこと……!」


 ない、顔を起こした侑が続ける前に口角を少し上げ、微笑と手で侑を制す。


「悩んでたんだよ。侑が俺を信じてくれてるのは嬉しかったけどさ、俺がこんな曖昧で自分の気持ちをはっきりさせないまま、お前と関わり続けてもいいのかって」


 そう、悩んでいたのだ。


 つい先ほどまでは、ずっと答えを探し求めていた。


「俺をヒーローって呼んでくれたこともすげえ嬉しいよ。けど……それだけじゃあ……今の俺じゃあ、侑の隣には立てないんだ」


 蒼い瞳が悲しげに伏せられる。


 一見、侑との決別とも取れるその言葉にはまだ続きがあった。


 晃晴は立ち上がり、別の意味で決別の言葉を口にする為に、「だからさ」と侑の前に立った。


「——主人公になるよ、俺。メインヒロイン(浅宮侑)の隣に、胸を張って立っていられるように」


 過去の自分と決別してみせるように、侑の蒼い瞳を真っ直ぐ見つめ、力強く告げた。


 自分が傷つくことを悲しみ、怒ってくれる。


 そんな人間を信じない理由など、どこにもない。


 だからこそ、晃晴は1歩、踏み出すことを決意することが出来た。


 ヒーローにすらなれなかった自分が、主人公を目指すのは、きっと途方もない道のりであることは、想像に難くない。


 それでも、目指さずにはいられない。


 古今東西、どの物語だろうとも、メインヒロインの横に並び立てるのは、主人公だと相場が決まっているのだから。


「あ、あー……その、なんだ……そろそろ打ち上げ、行こうぜ。あいつらも待たせてるし」


 主人公になるという宣言で侑がぱちぱちと瞳を瞬かせているのを見て、急に気恥ずかしくなってしまった晃晴は「ん」とぶっきらぼうに片手を差し出した。


 差し出した手を、侑が躊躇いがちに上目遣いで見てくる。


「……本当に、私が行ってもいいのでしょうか」

「お前連れてかないと俺が文句言われるだろうが」


 その様子がありありと浮かぶ。


「それに、咲と心鳴が任せてくれって背中押してくれたからすぐにここに来られたんだ」

「そう、なのですか……それなら、私もお礼を言わないといけませんね」

「だろ? だから行こうぜ」

「……はいっ」


 悲しげだった顔に、いつも通りの柔らかい笑みが咲いた。

 

 侑の小さな手を掴み、軽く引っ張って立たせてやる。


「ありがとうございます。……晃晴くん」

「ん? どうした?」

「——これからもよろしくお願いします」


 ふわりと笑いかけられ、少し面食らったものの、


「ああ、こちらこそ」


 晃晴もまた、微笑みで返すのだった。

この話で第1章は終わりとなります。


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