テストの結果と打ち上げの話
何度か勉強会を繰り返していると、すぐに中間テストの日がやってきて、そして過ぎ去っていった。
晃晴たちの学校では上位50位までが記入された紙が廊下に張り出される。
今日はちょうど結果が張り出される日で廊下には歓喜の声や落胆の声が溢れかえっていた。
そんな中、なんとなく順位表をぼんやりと眺めていた晃晴の目がピタリと止まる。
(……46位か。思ったよりもよかったんだな)
自己採点の時から悪くない結果だとは分かっていたが、まさか自分の名前が順位表に載っているとは露にも思っていなかった。
表情には出さないものの、内心は驚きでいっぱいだった。
「おー、46位か。すげーじゃん」
晃晴の付き添いでついてきていた咲がピューっと甲高く口笛を吹く。
「たまたま出来と運がよかったんだよ。ヤマカンも結構当たったし」
「謙遜すんなって。実力実力」
別に嘘は言ったつもりはないのだが、咲が背中をバシバシと叩いてくる。
痛くはないのだが鬱陶しくはあるので顔を顰めて、軽くを距離を取った。
ともあれ、これで親に無事勉強はちゃんとしているアピールは出来そうだ、とひとごこちつく。
「……というか学年1位様に勉強教えてもらったからな。ある程度は取らないと睨まれる」
「ああ、そりゃ言えてる。お陰でオレも結構よかったしな」
咲は廊下の順位表に名前を連ねてはいないものの、答案用紙を見る限り、恐らく晃晴からそこまで遠くない位置にいるであろう点数だった。
このあと個別に渡される順位が記された紙で、その結果が分かるはずだ。
学年1位、という単語を口に出したことで、晃晴はなんとはなしに自分たちが立っている場所から真反対の右端の方を見る。
最も人だかりが出来ている中心には今回の中間テストで140人中のトップに立った侑の姿があった。
(それにしても1位か……すげえな……)
一体どれほどの研鑽を積んだのだろう。
普段から勉強も運動も継続して行ってきていて、家事も手を抜かずにこなし、最近では晃晴の分の食事まで作っている。
素直に感服すると同時に、侑の研鑽の根源が誰にも迷惑をかけずに1人でなんでもこなせるようになるためというものなのが、どうにも悲しく思えてしまった。
「晃晴? どうした?」
わずかに表情に出してしまっていたのか、咲が目敏く問うてくる。
晃晴は知らず知らずの内に軽く握り締めていた拳からも力を抜き、「別になんでもない」と誤魔化した。
「そういえば有沢は?」
「ココならあそこ、人の群れの中」
顎でしゃくられた先を見ると、人と人の間を掻い潜り、今まさに人だかりの中心である侑の元へたどり着いたところだった。
話しかけられた侑が困惑気味の表情をしたと思ったら心鳴がそのままもぎゅっと抱きついた。
今まで親しくしている様子のなかった心鳴が侑に話しかけ、あまつさえ抱きついたことで周囲がざわめく。
困り顔で抱きつかれていた侑だったが、心鳴が満足したのだろう、解放されたことでどこかホッとしたように微笑を浮かべていた。
それから心鳴はバスケで鍛えられたフットワークを活かし、人混みをすり抜けてこっちに戻ってきた。
「お前なにしに行ってたんだよ」
「ゆうゆにお礼。勉強教えてくれてありがとってことと、あとは1位おめでとうって言いに」
「……ゆうゆ?」
聞き覚えのない単語に首を捻る。
「あだ名。なんか侑って呼ぶのも侑ちゃんって呼ぶのも、あたししっくりこなかったから」
「……お前もしかして今日いきなりあだ名で呼んだ上に抱きついたのか」
「え? そうだけど?」
それがなにか? みたいな顔をされ、晃晴は侑が困惑気味になるはずだ、とため息を吐いた。
ちなみに侑に主に勉強を教えてもらった心鳴はオール40点代を取り、赤点を免れていた。
その感謝があの抱きつきという行動に現れたのだろうが、人目があるところでやってしまったせいで、侑は今も困り顔で周りからの質問に答えているところだった。
(多分、有沢と仲がいいのかって聞かれてるんだろうな)
真面目な侑のことだ。たった1週間勉強を一緒にしただけで仲がいいとか友達だと答えていいのか分からずに答えに迷っているのだろう。
その様子を眺めていると、ふと侑がこっちを見た。
一瞬だけ口をあの形に開け、きょとんとしたものの、すぐに眦を下げて、柔らかい笑みを浮かべてきた。
「お、おい! 浅宮さんがこっちに向かって微笑んでるぞ!?」
「うおっマジだ!? もしかして俺に向かって……!?」
「いや向き的に俺の可能性の方が高いだろ!」
晃晴と侑の間にいた男子生徒たちがなにやら勘違いをして慌て始めているが、晃晴の意識はそっちには向かなかった。
(んのバカ……! バレたらどうすんだよ……!)
頬が引き攣りそうになるのを必死で押さえ込み、ふいと侑を視界から外す。
無視をするみたいでいささか感じが悪いが、かと言ってなにかしらの反応を返すわけにもいかなかった。
「手ぐらい振り返してやれば?」
「そんなことしたら一瞬で針のむしろで村八分だろ。……俺たちはこれでいいんだよ。学校で関わると面倒なことになるって、向こうもちゃんと納得してるんだから」
侑は学校での自分の立場を自覚しているので、特定の男子と仲良くしていると角が立つことを分かっていた。
その点を踏まえ、学校では今まで通りただの接点のないクラスメイトとして過ごすことが2人の間で取り決められている。
さすがに今みたいなのはイレギュラーだ。
恐らくは高校最初のテストで学年1位を取れたことで侑も多少なりとも浮かれているに違いない。
そうじゃないと、毎回こんなことをされては心臓に悪すぎるのだから。
(けど無視はやっぱマズかったか……?)
ふつふつと罪悪感が湧き上がってくる。
悩んだ末に晃晴はあとで1位おめでとうというLAINとついでに無視についての謝罪文を送ることに決めた。
「というわけで打ち上げしよ!」
ホームルームが終わって早々席にやってきた心鳴を思わずぽかんと見上げた。
「……なにがというわけなのか分からん」
「無事に全員赤点無しでテスト乗り切ったんだし、パーっと気晴らししたいじゃん」
「そもそも赤点の危機に瀕してたのはお前だけだろ」
「あとは単純にゆうゆと親睦を深めたいしね」
こっちのツッコミは完全にスルーしてみせた心鳴が侑の座っている席に視線をやった。
いつものように人に取り囲まれて、心鳴と同じように気が抜けている生徒たちが侑を打ち上げに誘っているのが聞こえてくる。
中には男子もいて、猛アプローチをしている最中だった。
「……大して仲良くもないのに誘って上手くいくとでも思ってるのかね」
「あると思ってるから誘ってるんじゃねえの?」
椅子の背もたれに肘をついて、侑の方を傍観していた咲が肩を竦める。
侑のことを他の男子よりも知っている晃晴は決して上手くいくことのない下心丸出しな男子たちのアプローチに「ご苦労なこって」と鼻を鳴らした。
「……すみません。先約がありますので」
アプローチを受けている姿を大変そうだな、と思いながらどう切り抜けるのかを見守っていると、侑がそう伝えたのが聞こえた。
(……先約?)
思いがけない言葉に、晃晴はピクリと肩を揺らす。
「……おい、なんか先約があるって言ってるけど」
「あ、それあたしたちの」
「は?」
「さっき打ち上げしないって誘ったらご迷惑でないのなら参加させてくださいってさ」
「いつの間に……」
呆れるほどの行動の早さだ。
しかし、侑の先約が自分たちであることにこっそりと安堵した。
(……ん? なんで俺は安心してるんだ?)
当たり前のように覚えた安心感に疑問を覚えた。
まさか侑が他の誰かと過ごすことを不安に思ったとでもいうのだろうか。
もし、そうだとしたら、自分の中で一体どういう心境の変化があったのか。
今まで散々釣り合っていないのに友人関係になってしまったことに引け目を感じていたというのに。
さっき覚えた感情が正しいのならば、自分は侑との関係にどんな答えを出そうとしているのか。
霞がかっていた答えが見えたような気がして、見失わないように必死で手を伸ばそうとして、
「おーい、晃晴ー。いつまでもぼーっとしてないで行くよー」
いつの間にか教室の出口にいた心鳴が呼ぶ声に、思考が中断された。
「……今行く」
見えかけた答えが完全に霧散してしまい、考え直す気もなくなってしまう。
「なんで微妙に機嫌悪そうなんだ?」
「気が抜けたから眠気がきたんだよ。……ところで行くってどこにだ?」
てっきりまた自分の部屋だと思っていたのだが、違うのだろうか。
「カラオケ。ゆうゆあまり行ったことないって言うし、パーっと気分転換するにはちょうどいいっしょ」
「カラオケって……そんなとこ入るのを学校のやつらに見られたら面倒なことになるぞ」
「だーいじょーぶだって。この辺からちょっと離れたとこ予約してあるから」
侑を打ち上げに誘っていたことといい、無駄に抜け目がなさすぎて怖い。
クラスでも個人的に行っているバスケサークルでもムードメーカーと呼ばれているらしいし、さすがの配慮といったところなのだろう。
「ゆうゆ囲まれてたし、来るのに時間がかかりそうだよね」
「……そうだな」
気のない返事をすると、下駄箱にたどり着いた。
靴を履き替え、咲と心鳴のやや後ろをついて行く。
(そういえば、財布の中にいくら入ってたっけ)
数分ほど歩いたところで、財布の中を確認するために足を止めて鞄を開ける。
「ん?」
財布はすぐに見つかったのだが、ノートが数冊ほどない。
どうやら考えごとをしていたせいで鞄の中に入れるのを忘れたらしい。
「晃晴ー?」
足を止めた数歩先で、2人がこっちを振り返り、心鳴が間延びした声で呼びかけてくる。
「悪い。ノート忘れたから取ってくる」
面倒ではあるが、まだそれほど学校から離れていない。
別に帰ってから使うというわけではないが、忘れたままというのはどうにも気になってしまう。
「あれ? 前に誰かに忘れものを咎められた気がするんだけどなー」
「うるさい。先に行っててくれ」
返事を待たずに、晃晴は踵を返して元来た道を歩き始めた。




