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友達でいる理由

 晃晴たちの関係が思わぬ露見の仕方をして、ひとまず先に咲と心鳴を銭湯に行かせた為、およそ1時間近くが経過していた。


 今、晃晴の部屋には咲、心鳴、それに当事者である侑も交えた4人がローテーブルを挟んで向き合っている状態だった。


 これまでに起こったことを簡潔に説明し、決してやましい関係ではないことも念押しし終える。


「……なるほどね。そういうこと」


 話を聞き終えた咲が納得がいったと頷く。


 ちなみにだが、泊まりの件や名前呼びに至る経緯は話していない。


 あくまでも晃晴が侑を助ける機会が偶然続き、友人関係になり、食事を共にする仲になった、ということだけを伝えた。


 侑が隣に住んでいるということがバレたからといって、全てを話す必要もないだろう。


「……なんでこのタイミングで忘れものなんかするんだよ、マジで」


 銭湯帰りということもあっていつものショートポニーを解き、髪を下ろしているバレる原因となった人物に恨み言をぶつける。


 対して、心鳴は侑が作ったラザニアを大きく頬張り、咀嚼して飲み込んだ。


「忘れものなんて誰でもするもんだし、この場合悪かったのはそっちの運だと思うけど?」


 真っ当な意見で切り返され、ぐ、と呻き口を閉ざす。


「とにかくこれで合点がいった。晃晴が浅宮さんをナンパから助けに行った時、なーんか必死だったなーってずっと引っかかってたんだよ」

「……そんなに必死だったのですか?」

「おい聞くな」

「それはもう」

「お前も答えんな」


 確かにあの時は無我夢中で、万引き未遂を起こしてしまうぐらい必死だったが、なぜ恥を晒されないといけないのか。


 へ、へぇそうなのですか、みたいな目でチラチラ見てくる侑に決して目を合わせないように顔を背ける。


 顔を背けた先ではバカップルがこっちを見てにやにやしていてたので、そちらは目を逸らすことなく睨みつけた。


「……分かってると思うが、念押ししておくぞ。このことは絶対に他言無用だからな」


 睨みつけたまま、言葉に圧を込める。


 たとえ知り合いだとしても、言い触らすようなことをすれば許さないという圧を。


「わーかってるって。そんな怖い顔すんなよ」

「……ならいいけど」

「そーそー。心配しなくても言わないって。あたしたちってそんなに信用ない?」

「……まあ、他よりは信用してる、と思う」


 そもそも信用していないと部屋に上げすらしていないし、早々に縁を切っているだろう。


 それをしないぐらいには、咲と心鳴のことは信用していると言ってもいい。


(結局疑ってしまうのは、最後の最後、どこかでまだ完全に信用し切れていないから、なんだろうな)


 咲と心鳴と侑が悪いわけではなく、完全に自分の問題。


 自分が内に抱える弱さ、臆病さをどうすれば乗り切れるのか、自分にもまだ分かっていなかった。


「おーいそこは言い切れよー」

「そーだそーだー」


 野次を飛ばしてくるカップルをスルーしていると、侑がおずおずと片手を顔の横あたりに挙げる。


「あ、あの……」

「お、なになに? 浅宮さん」


 控えめだが、生真面目に挙手をしてみせた侑に咲が食いついた。


 すると、なぜか侑がこっちをチラッと見て、わずかにきゅっと唇を引き結んだ。


 まるで今から聞きづらいことを聞くという風に見える仕草だった。


「……お2人はどうやって日向くんと仲良くなったのですか?」


 投げられた質問に、思わず咲と心鳴と顔を見合わせる。


「晃晴から聞いてないの?」

「以前そのお話をしたら、大したことじゃないから気にするなってはぐらかされてしまいました」

「へぇー、そうなんだ。なんで話さなかったわけ?」

「……いや、自分からなんか、そういう人助けしました、みたいなエピソード話すのはなんか違うだろ」


 バツが悪そうに言うと、「ま、あんたはそういうやつだよね」とからからと笑われた。


「人助け?」

「あー、要するにオレらも浅宮さんと同じで晃晴に助けられた人間ってわけ」

「お、おい、その話は……」

「助けられた側が話すならなにも問題ないだろ?」


 そう言われてしまえば、口を噤むよりほかがないので晃晴は軽く鼻を鳴らす。


「……若槻。さっき渡した500円でアイスでも買ってくるから、返してくれ」

「……はいはい、りょーかい」


 席を外そうとしていることを察したのだろう咲が苦笑と共に財布から硬貨を取り出して、下手で投げてきたのを片手でキャッチし、ポケットにしまい込んだ。


「浅宮はなにがいい?」

「え? い、いや自分の分は自分で……」

「2人の分を出すのにお前1人だけ出させるわけにもいかないだろ」

「……では、日向くんにお任せします」


 名前呼びは上手く隠せても、瞳から伝わってくる全幅の信頼は隠し切れていない。


 真っ直ぐな蒼い瞳に見つめられ、こそばゆくなったので「行ってくる」というそっけない呟きだけを残し、晃晴はリビングから退散するべく立ち上がる。


「んじゃ、1人じゃ寂しいだろうしあたしもついて行ってあげよう」

「……そんなことしてもダッツは買わないからな」

「あんたあたしをなんだと思ってるわけ?」


 結局後ろをついてくる心鳴と小競り合いをしつつ、晃晴は部屋をあとにした。






「こほん。んじゃ……最初から話していきますか」


 晃晴たちが部屋を出て行ったあと、侑が望む話をするべく、咲がわざとらしく咳払いをしてみせる。


「浅宮さん、オレたちが入学式の時ずぶ濡れで遅刻してきたこと覚えてる?」

「はい。というより、入学式にそんな状態で来る人たちなんて印象的で忘れられませんよ」


 侑が学校にいる時のようにいつも通りの微笑を浮かべる。


 いくら咲が晃晴と親しいといっても、完全に素を見せるほど侑は自然体になるつもりはない。


 クラスメイトで彼女持ちとはいえ、現段階で初めて言葉を交わしたレベルの相手、しかも異性にそこまで開示的になれないのはごく当たり前のことだろう。


 逆に晃晴と比較的親しい仲である咲だからこそ、侑としては他の異性に対してよりも警戒を薄めている部分もあるのだが。


「なぜあのようなことになったのですか?」

「学校に向かう途中で川辺の道があるんだけどさ、そこを通る時にココ……心鳴の自転車のチェーンが外れたんだよ」

「……もしかしてそれで」

「そそ。そのままバランス崩して川の中へドボン」


 思い出しながらけらけらと笑う咲を侑は胡乱な目で見つめる。


「それで、どうして若槻くんと、日向くんまでずぶ濡れになるのですか?」

「ああ、それがさ。鞄ちゃんと閉めてなかったのか、川の中にココの家の鍵が落ちてさ」


 侑がその情景を思い浮かべ、顔をわずかに顰めた。


「……それは災難でしたね」

「んで、こけた時にココが足を軽く挫いたらしくて、オレも一緒に鍵を探すことになったんだよ」


 まだ1ヶ月前のことのはずなのに、咲はどこか懐かしむように口を動かし続ける。


「同じ制服のやつとか結構通りがかったんだけどさ、4月とはいえ川の水って結構冷たいし、明らかな面倒ごとだから皆見て見ぬ振りをして通り過ぎて行って誰も手伝おうとしてくれなかったんだよなー」

「……あ、ではそこに日向くんが……?」

「そ。たまたまその場を通った晃晴が手を貸してくれたってわけ」

「……日向くんなら、そうするでしょうね」


 晃晴が困っている咲と心鳴を助けている場面が容易に想像出来て、侑がくすりと笑う。


(だからこそ、あの優しい晃晴くんがヒーローになるのを諦めないといけなかったのかが余計に分からないのですが……いえ……)


 このことについて自分がいくら考えても仕方ない上、憶測して勝手に分かったつもりにはなりたくない。


 いつか晃晴が自分に話してくれることを信じて待つ。


 侑は思考を軽く頭を振って打ち消した。


「どうかした?」

「いえ、なんでもありません。お話の続きをお願いしてもいいですか?」

「ん、おっけ。で、鍵なんだけど、緩やかな流れの川とはいえ流されたのか、中々見つからなくてさ。このままじゃ遅刻するから晃晴にはもう手伝わなくていいから先に行ってくれって言ったんだけど……」

「断られたのですよね」

「大正解。あいつ、このままお前ら放っていったら気がかりすぎて入学式どころじゃないだろ、って残ってくれたんだよ」


 生粋のお人好しの晃晴が困っている人間に手を差し出しておいて、途中で投げ出したりするわけがない。


「まあ、それから結構探して、ギリギリどうにか鍵は見つかったんだけどさ。ココのやつが盛大に足滑らせて転んだんだよ。それもオレらを巻き込んで」


 足を軽く挫いていた上に、川の中の苔で足を滑らせた心鳴が晃晴と咲を巻き込み、不必要にずぶ濡れになり、結果遅刻までしてしまうという結末に落ち着いたというわけだった。


「なんとか先生には分かってもらえたけど、まさか初日から大目玉食うことになるとは思ってもなかったよ」

「……でもそのご縁のお陰で若槻くんたちは日向くんと仲良くなれたというわけですね」

「ま、そういうこと。けど、付き合いを続けてるのはあいつがいいやつだからだよ」


 咲がふっと口角を上げる。


「自分が遅刻するかもしれないのによく知らないやつを助けるメリットってあんまないじゃん? オレももし同じ立場になったらまず周りと同じように見て見ぬ振りを選ぶかもしれないし」

「……そうですね」

「けど、あいつはそうじゃない。それで自分が損することになっても、動くことを選べるやつだ」


 咲の言葉に、侑は無言で頷くことで同意してみせる。


「晃晴は1人でこっちに引越してきたばかりだったけど、ここでそうまでして恩を売って友達とか知り合いを作ろうとするほど苦労するメリットもない」

「……はい。私もそう思います」


 最初に晃晴に助けられた時、また異性が自分に恩を売ろうとしている、と警戒していたことを思い出す。


 しかし、晃晴はただ助けてくれただけで、なにも求めてこなかった。


 メリットもデメリットも抜きにして、ただただ自分に手を差し伸べてくれたのだ。


 日向晃晴とは侑からしても咲や心鳴からしてみてもそういう人間だった。


「けど、あいつは助けてくれた。そんなやつ絶対いいやつに決まってるだろ? だから、オレたちは今でもあいつとつるんでるんだよ」

「……そうだったのですか」


 話を聞き終えた侑は、納得したと頷き、微笑んだ。


 晃晴がどこにいても、相手が誰であろうと変わらない優しい人間だということが分かって、友達として、まるで自分のことのように誇らしかった。


「お話ししてくれてありがとうございました」


 頭をぺこりと軽く下げた侑に咲が「いいっていいって」と笑いながらひらりと手を振ってみせる。


「ま、それだけじゃなくてさ。オレらが積極的に絡みに行かないと、あいつ絶対距離置いて1人になろうとするからな」


 浮かべていた笑みを引っ込めて、咲がまた口を動かし始める。


「晃晴ってさ、自分のことになると極端に自信がなくなるだろ?」

「……そう、ですね」


 咲の言うことに、侑も心当たりがあった。


 こと人助けしている時や、普段普通に会話をしている時は自信の無さそうな素振りは全く見せない。


 だが、自分の容姿や能力が絡んだ話になると、途端に自信無さそうに、自嘲気味な笑みをこぼすことが多いことは侑も気がついていた。


「あいつの過去になにがあったかは知らないけど、あいつが自分を過小評価して、周りに完全に気を許そうとせずに距離を置こうとしてるってことは、付き合いの短いオレとココでもなんとなく分かるんだよ」


 無言で耳を傾ける侑に対し、咲はまたニッと笑う。


「でもさ、あんないいやつが1人になろうとするなんて、もったいないじゃん! だからオレらは晃晴を1人にしたくなくて、友達やってるってわけ」


 照れ隠しなのか、最後の方は急くように頬をかきながらやや早口だった。


 そんな咲に侑は一瞬ぽかんとしたものの、くすりと笑みを零す。


「なんか、結果として晃晴が出かけてくれて助かった。こんな恥ずかしい話、本人の前じゃ口に出来ねえし」

「そんなことないですよ。とても素敵な理由だと思います」


 さっきの一言で、侑の中の咲への警戒心はかなり低くなった。


 晃晴相手とまではいかないものの、少し柔らかくなったように雰囲気が変わった笑みに、今度は咲が呆気に取られたようにぽかんと口を開ける。


「たっだいまー!」


 そのタイミングで、がちゃんと大きく扉が開く音と共に、心鳴がリビングに入ってきた。


「お、おお、おかえり」

「……なにきょどってるんだよ。なんか余計な話までしてたんじゃないだろうな」


 慌てて口を開いた咲を訝しむように睨み付けながら、晃晴もリビングに入ってくる。


「してないって。な、浅宮さん」

「はい。日向くんが心配するようなお話はなにも」

「……ならいいけど。ほら、アイス」


 晃晴が袋ごとローテーブルに置く。


「で、考えたんだけどさ。浅宮さん、もしよかったらあたしたちと一緒に勉強会しない?」

「……え? で、ですが急に参加してご迷惑じゃないですか?」

「ぜんっぜん! むしろ勉強教えてください!」


 侑がチラリと困り顔でこっちを見上げてくるので、晃晴はため息をついた。


「こいつマジでヤバいらしいから、俺からも頼む」

「……分かりました、そういうことなら」


 侑が「勉強道具を取りに戻ります」と立ち上がったのを、3人がそれぞれ返事をしながら見送ったのだった。

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